第108話 能ある鷹は爪を隠す
「隊長、あとどれくらいで到着しますか? 俺もうケツ痛くって」
「口を開くな。舌を噛むぞ」
「いや、そうは言いますけど、噛んだ奴なんて今まで見たガチッ」
ドルフって実は本当に馬鹿なんじゃ?
隣を馬で並走しながら悶えている彼を見て、アラタは同僚の知能の低さが心配になってきた。
ウル帝国へと続く街道を走り抜ける9頭の馬、街道と言ってもコンクリートや石畳で舗装されているのではなく、単に草が抜かれ、通行人によって踏み固められた道があるだけだ。
それによって馬の蹄は保護され、こうして走り抜けることが出来る。
情報ではイーデンはアトラから最低でも100km以上離れた場所にいると予測されていて、そこまで追いつくためには何度も馬を変えなければならない。
手配は抜かりなく済んでいるため、足が足りなくなることは無いがそれでも長時間長距離の移動は体力を使う。
乗り換え以外休息を一度も取らず、協力者たちの情報を頼りに敵を追い続けること丸1日。
一行はカナン公国サタロニアの地、ドラールの町で馬に乗ることを止めた。
ここの協力者の話では、イーデン・トレス達はまだこの街におり、すぐに動く様子もないとのことだ。
「武装を確認しろ。会敵後即戦闘に移行する」
各分隊は別れて行動、イーデンを見つけても仕掛けず、2分隊が集まった時点で攻撃を開始する。
アラタはB2、ルカと町の出口を見張り、人や物資の出入りを監視する。
もし相手が強行突破を試みた場合、他の戦力が到着するまで彼らを足止めしなくてはならない。
「B2、暇だな」
「そうだな。のどかな場所だ」
ドラールは一言で言えば田舎、だった。
ウル帝国へと繋がる道ではあるが、別段交通の要衝という訳でもなく、人や物資は素通りし、特産品も特にない街。
町の外には見渡す限りの畑が広がっていて、収穫を終え、次の季節に向けた小麦の種まきが行われた後だ。
他にも様々な作物が栽培され、家畜を放牧し、それらを自分たちで消費しつつ金に換え日々の生活を送る。
今まで忙しく忙しなく生きてきたアラタにとって、この街に流れる時間は随分とゆっくりとしたものに感じられた。
2人で暮らすならこんな場所もいいのかもしれないな。
アラタの脳内には、将来の伴侶と共にゆっくりとした時間の中を楽しく過ごす姿がある。
実現する可能性は低く、恐らくエリザベスは誰かやんごとなき身分の人と結婚するのだろう。
それは彼とて分かっていたが、この街の空気感はそんな想像を掻き立てるほど良いものだったのだ。
だが、夢は必ず醒める。
束の間の夢から覚めた時、目の前には4人組の怪しげな集団。
確認するまでもなく、声をかけるまでもなくイーデン・トレスとその護衛達だ。
「B2、合図を」
「もうやっている」
ルカがガラス玉を砕くと、それとセットになっているガラス玉も壊れる。
これを利用して分隊員に合図を送ると、2人は通せんぼをしてゆく手を阻む。
通せんぼ、両手を広げて通行不可である旨を示すだけの生易しいものではない。
刀と短剣、ここから先に進みたくば力づくで通り抜けてみよ、そう言った通せんぼだ。
速やかにその場を離れる住人達。
まるで映画のセットのように、演者以外誰もいない舞台が出来上がる。
「そこをどきたまえアラタ君。私はこれから行くところがあるのでね」
「B2、時間は?」
「あと5分はかかる」
「了解」
正体を看破されたアラタ、しかし彼に動揺する様子はなく、ルカに部隊集結までの時間を聞くと、刀を収めてイーデンに向けて話し始めた。
「元ギルド支部長イーデン・トレス。薬物の密造密売、及びアトラの治安を著しく乱した咎で粛清する。覚悟は良いな?」
「君が猟犬にいることを知ったらノエル嬢やリーゼ嬢はどんな顔をするのだろうね。私から伝えておこうか?」
イーデンは余裕の笑みを崩さない。
アラタという冒険者が感情的な男であることは知っており、こうして煽れば冷静さを欠いて攻撃してくるだろうという計算があった。
何故だかは知らないが、貴族の令嬢のお気に入りである彼のことだ、2人の話を出せば心に隙が生まれると踏んでいる。
ただまあ、それはそれとして、今のアラタは元仲間よりも重いものを背負おうとしている。
背負えるように、彼女の隣に立つにふさわしい男になる事を第一としている。
「これなんだ?」
アラタ、B5は仮面を被ったまま茶色の紙袋を取り出し、ヒラヒラと見せびらかす。
スマートフォンくらいの大きさの紙袋、お年玉袋くらいのサイズのそれを見て、イーデンの手が震えだす。
実はあの中には彼の悪行が記録された書類が封入されていて、それをアラタが押さえている、そんな大仰なことではない。
薬物取引の総合的で包括的な殲滅作戦の最中、歯車の一つに過ぎない支部長に対してそこまでのリソースを割く合理的理由はないのだ。
袋の中身は単純、薬物である。
アトラの街を汚染し、多くの人間を虜にする快楽の元、イーデンも作る側、流通させる側でありながらこの薬の愛用者だ。
手元にあったストックは底をつき、追われる身でろくに調達もできない数日間。
水よりも、食料よりも欲しいものが目の前にぶら下げられ、それを求めずにいられるほど薬物の依存性は低くない。
「そ、それを……ふぅ、それを渡してくれれば2人に君のことを話すのは止めよう。だから……それを」
「これビデオ撮影しておけば、教育的コンテンツになるかな」
「あっ! あぁ……ぁ…………」
口を開けたまま袋を逆さにひっくり返し、大地に注がれた白い粉。
それを見つめるイーデンは本当にがっかりした顔で、更にそれを見ているアラタは心底満足気な表情を見せている。
「薬物、ダメ、絶対。っとそろそろ時間だ」
空の袋を振り、中のゴミをばらまき終えると、ポケットに袋をしまい、再度刀を手に取る。
「別にあいつらに報告する分にはいいけど、4人ともここで死ぬんだ、意味ないと思うけどね」
「調子に乗るなよ若造が! 叩き殺してやる!」
魔術攻撃、先制しろ、ね。
土棘、石弾、並列5。
足からも魔術を起動できるアラタ、しかし操作精度を鑑みて掌を地面につけて土属性の魔術を仕掛ける。
魔力は地中を流れ、敵の足元から鋭い棘で攻撃する土棘、高速の石の塊を射出して敵を討つ石弾。
魔術攻撃が迫り、イーデンは剣でそれを捌き、護衛もそれに従い魔術を展開したり武器で叩き落とそうと試みる。
「なっ!」
まず一人、棘がかすり倒れ込む魔術師。
次点は結界で防ごうとしたが起動せず、やむを得ないのでギリギリで躱した槍使い。
「はい、まず二人」
「ぐぁあっ!」
「うぐっ! かはっ」
気配遮断を使うまでもなく、黒装束の効果で潜伏し、急襲したD3,D4、ロンとサイの手でまず二人、天に召された。
背後から心臓を一突き、その場に崩れ落ちるイーデンの護衛はもう死んでいる。
アラタの魔術攻撃を魔術を使って捌こうとして、A2フレディの力で魔術阻害を受けた2人は真っ先に落とされたのだ。
D2の代わりにA2を借りてきて良かった、そう思ったのも束の間、今度はアラタに白刃が迫る。
「よくも仲間を!」
上段から斬り下ろしてきた攻撃に対し、斜めに受けることで威力をいなしつつ反撃に転じる。
左袈裟に斬りつけた一振りは斬り返した右手一本の剣で止められ、お互いに両手で武器を握り鍔迫り合いになだれ込む。
「仲間を死地に追いやったのはあんただよ。イーデン・トレス」
「よくも! よくも!」
土棘。
足元から魔力の揺らぎ、それに素早く反応したイーデンは引きながら一太刀振りぬき、それをアラタが防いだことで両者に距離が空く。
雷撃、アレンジ。
刀に雷属性の魔力を流し、軽く振ると魔力の残滓がいつもより大きく零れ落ちる。
それはまるで空中に絵をかくように、軌跡を描いた雷は水が零れ落ち、水滴に分割されるが如く丸みを帯びて、そして撃ちだされた。
内包している魔力の量も、撃ちだされた方向もしっかりと敵を見据えており、今までアラタが使っていた雷撃の魔術と変わりない。
違う点と言えば、魔術を使うたびに柄から手を放していたこと、そして掌から一つの雷撃しか使えなかった点である。
壊れない魔道具、神から受け取った刀は適当に魔力を流しても劣化することは無く、彼が魔術を行使するための杖の代わりには最適だった。
近距離での斬り合いでは決め手に欠け、距離を取れば魔術攻撃が飛んでくる。
しかも対魔術師に起動しているはずの魔術効果減衰が効いていない。
そうしている間にも最後の仲間は倒れ、残るはイーデンただ一人。
何らかの方法で彼の手札が一枚一枚無効化されているのだが、しっかりと考察しそれに対処するには目の前の男が鬱陶しい。
「B5! 十分だ!」
「了解」
雷撃を躱された後、数合打ち合った両者は膠着状態にあったが仮面を着けた青年は仲間の指示でさらに距離を取り、陣形に取り込まれる。
「この短時間で……貴様らぁ」
B,D分隊、1名トレードして合計変わらず8名。
3:3:2、前、真ん中、後ろで役割分担した彼らが対峙しているのはたった1名、残りは3人とも殺害した。
前衛の中央に位置取るエストは左手を背に隠しサインを出す。
魔術阻害で魔術効果減衰をジャミング、後ろの2人はフォロー、ラストは先ほど打ち合わせた通りに。
「幕を引くぞ」
「冒険者を舐めるなよ!」
エストは間合いを詰め、イーデンの剣を受け止める。
クリスの見立てではスキル【間合い強化】、【深視力向上】を所持しており空間認識能力の高いイーデン、だがエストも近距離の間合いの見切りはスキルとして複数所持している。
その陰から黒装束の効果に加えて【気配遮断】を使用して不意打ちを狙うアラタ。
文字通り不意打ち耐性により阻まれるが、不意打ちなしでも彼の攻撃は片手間に捌けるものではない。
さらに反対からはドルフ、アラタとエストが空けた穴を的確に通し、まず一刺し。
続くロン、サイ、オレティス、フレディがもう一刺し。
上半身の複数個所に刀傷を負い、傷口から滴り落ちる血液は多すぎる。
ルカは最後尾からサポートするタイミングを窺うが、彼女の出番はなさそうだ。
口から血を流しているあたり、致命傷となったのだろうと巻き添えを警戒して距離を取る特配課一同。
後は緩やかに敵が死ぬのを遠巻きにして待ち、死亡確認をすることで任務完了である。
だが、相手は仮にも元Aランク冒険者、一筋縄ではいかない。
「クスリ、早くとらなければ……葉葉葉葉巻……足りない、もっとキクやつ……キマるもの……早く、ははははぁははぁぁああぁあ……」
「様子がおかしい。距離を取れ」
Aランクまで上り詰めても、ギルドの支部長にまでなっても、この人の心には穴が開いたままだ。
悲しい人、せめて最後くらいは……
「…………【自動治癒】」
薬物の副作用で意識が混濁していて、死ぬのも時間の問題と思っていた所から一転、彼が口にした言葉、それが決してハッタリではないことはその場にいる誰もが分かっていた。
「首を刎ねろ!」
アラタ、エスト、ドルフが突っ込み、一呼吸おいてオレティスとロンが仕掛けた。
……マジですか。
エストを囮にした気配遮断まで併用した背後からの一撃、完璧な連携から繰り出された決めるつもりの一突きは、まるで背中に眼が4つ位付いているのではないかという動きで回避され、お返しとばかりに刈り取るようなエルボーが炸裂、アラタの顔面を捉え10m先まで吹き飛ばす。
「隊長が能力を見誤るとはな。エクストラスキルホルダーなんて話は聞いてないぞ?」
形勢は特配課の方が圧倒的に有利なはず。
しかしその場に流れる雰囲気は真逆、彼らが窮地に立たされているかのようなものだった。




