第105話 刻み込む
全く伸びない。
その1週間は、血と殺戮の1週間だった。
「各員、生きてまた会おう」
ノイマンの号令の元、各分隊はアトラの街を中心に薬物を取り扱う組織を潰して回った。
ギルド経由ではクエストが発注できない事情があり、任務はカナンの警察機構の中でもごく一部、特務警邏とレイフォード家が個人的に組織した特殊配達課で実行された。
任務の内容はシンプル、今までに調べ上げた敵の拠点を潰し、関係者を追跡し、主要な人物は捕縛、それ以外は皆殺しにするというものだ。
事ここに至るまでに、この惨劇を回避する道筋はいくらでもあった。
政治的に解決を図ったり、利害関係を確立して均衡を保ったり、市場を縮小してお目こぼしを期待したり、いくつもあった生存の道を一つ一つ、丁寧に潰していった結果実力行使に出ることになった。
相手にはギルドの上層部や貴族、それらの庇護を受けた組織など多くの人間が関わっている。
もはや当然のように検挙するには頭数が足りず、それなりに事情に詳しいもの以外は粛清することになったのだ。
こうして極秘裏に開始された大規模な粛清劇、その口火を切ったのはアラタだった。
場所は術師通り、魔道具を多く取り扱う店舗の集まるこのエリアで、ひときわ大きな店舗を構え品揃え豊富な『イカー商会本部』だ。
ガラス張りの高級なショーウィンドーにはこれまた高級なポーションや魔道具の数々、オーダーメイドの特殊魔道具などが展示されている。
その店の四方を4名の黒装束が取り囲み、正面玄関から分隊長であるクリスが特務警邏2名を伴って入店した。
おとなしくお縄につくのなら手荒なことをせずに済む、そう言い放つクリスの隣をすり抜ける影が1つあったのだ。
当然彼女はそれに気づいていた、特務警邏2名もだ。
それは明確な敵対もしくは逃亡の意思、となれば彼女たちの仕事はそれを殺すことではなく、それらを一人残らず殺しつくすことになる。
「作戦開始!」
B分隊行動開始、音もなく開いた正面玄関の扉、そして透明な何かがアラタの横を通り抜けようとして、
「ギャァァァァァァアアアアアア!!!」
上半身と下半身、二つの肉塊を生成し、その片方から紡ぎだされた断末魔が開戦を合図した。
臓物をぶちまけ、息絶えた元人間だったそれを見つめる双眸、彼はその目に、その光景の先に何を見たのだろうか。
ゴミを見るような眼で死体を見つめ、死亡確認をすると刀に付いた血を拭い、再度持ち場にて待機する。
彼の顔に感情は浮かび上がらなかった。
心を鎧で覆い隠せ、その指導の通りにアラタは本音を鋼の奥底にしまい込み、特配課のB5として任務を遂行する。
「全員突入!」
B2、ルカの号令で建物内部に突入したB分隊、彼らが侵入した時には既に1階以上の掃除は完了し、残るは逃げ道の無い地下だけとなっていた。
地下への入り口は一箇所、本来そんな設計はあり得ないのだが、もう一つの出入り口はつい先日埋めて起き、土属性の魔術で掘り返されないように細工をしておいたばかりだ。
細く狭い一本道を通り抜け、あるはずの逃げ道に向かってひた走る店主イカー。
彼は儲かっている魔道具店のオーナーと言うだけあって、ジャラジャラと下品に宝石類をこれでもかと身に着け、歯には金歯が数本埋め込まれていた。
でっぷりと太った額には脂汗が滝のように湧き出ていて、悪徳商人の見本として図鑑に載せてもいいくらいだ。
護衛は一名、こちらは彼のように不摂生ではないようで、すらっとした肉体だが鍛えられているのがよくわかる。
明かりもほとんどなく、細く天井も高くない非常通路、天井の低さに目を瞑れば先行するのはもちろん彼だ。
スキル【暗視】を持ち、戦闘力も申し分ない彼、アラタが放ったのは土属性魔術、石弾だった。
アラタが踏みしめた地面と足の接地点から、魔力は大地を流れ回路を構築し、もとからある土を操作することで攻撃する。
1,2,3……全部で5つの石と遜色ないレベルで固められた土の弾は数個撃ち落とされ、残りは敵を捉えることなく通過していくと奥の壁にぶつかった。
護衛が石弾を撃ち落とし、攻撃に転じようかと言う時、真っ暗な奥からバチバチという破裂音と共に何かが飛んできた。
……刺突。
紫電清霜、雷を纏い鋭く研ぎ澄まされた突きは護衛の首元を捉え、勢い余って首の左半分を引き裂いてしまう。
思い通りに攻撃を通すことが出来なかったアラタは舌打ちをすると、死体を蹴飛ばし、護衛の陰に隠れていた店主イカーに護衛の死体をぶつけた。
「うぅ、重い! 誰か! 誰かおらぬのか! タブ・イカーを助ければ恩賞は思いのままぞ!」
暗く、冷たい地下通路。
灯りの無い漆黒の闇の中では彼の宝石、貴金属類も光ることはできない。
アラタは刀を突き付け、これ以上の抵抗はないと判断すると仲間が追い付いてくるのを待って捕縛する。
これにてまず一件、いくつもある摘発先の一つを潰し、店主を捕縛することが出来た。
「よくやった。B5はZ1,2、警邏の方々とこいつを連行しろ。次の合流地点に集合次第動く」
黒装束たちは頷くと、縄の端をアラタが握り、イカーは警邏本部へと連行されていく。
物々しい雰囲気は市民たちに不安を与え、その不安はイカーの断罪と共に喜びと信頼に変わるのだろう。
白い仮面の下のもう一つの仮面を被った青年の手によって、タブ・イカーは麻薬密造及び販売などに関わった罪によって逮捕された。
イカーを警邏に引き渡すと、アラタは次の合流地点、アトラ北門へと向かうべく走り始めた。
警邏の建物を出て、北へ向かおうとする彼を呼び止める聞きなれた声、
「B5、それでいい。感情を殺せ、敵に興味を持つな」
「はい」
「期待している。行け」
真の絶望に出会った時、どんな人間でも生身では耐え切れない。
今のうちにこの世の不条理に心を壊されない術を身につけろ。
この戦いが終わった時、B5、アラタ、お前は何枚の仮面を身につけている?
出来るだけ多く、分厚い仮面を着けろ。
いつか殿下と結ばれるその日まで、本当のお前は傷ついてはならんのだ。
期待しているぞ、俺たちの希望よ。
※※※※※※※※※※※※※※※
アトラ北門、完成間近の状態のまま工事が完遂されることなく運用されている門。
アラタが馬を駆り北門まで到着した時、現場は既に一触即発の様相を呈していた。
「B5、報告を」
「は。タブ・イカーを引き渡し完了、ここからは一般の警邏部隊も動きます」
アラタの言った通り、今までは特務警邏のみが動いていたが、これからは警察組織が総力を挙げてアトラの街を捜索する。
ノイマンはアラタの報告をわざと人前で受け取った。
関所の通行審査を厳格にし、通行人たちのフラストレーションと緊張が限界まで高まっているこの時に。
微かに揺蕩う、魔力の揺らぎ。
「かかったな」
黒装束の一団、9名からなる部隊が臨戦態勢に入る。
刀、両手剣、短剣、槍、メイス、各々個性的な武器を手に陣形を構築、魔力の揺らぎの元と対峙した。
各々の視線は数台の荷車に注がれている。
何の変哲もない、ただの商品を積んだ荷車。
関所の管理者が検査した時は何も以上は確認されず、素通りしようとしたところを特配課が呼び止めたが結果は変わらなかった。
しかし、結果は今変わったのだ。
荷台の中から一人、また一人と武装したアウトローたちが大地へと飛び降り、その数は十人以上に上る。
「荷の持ち主は?」
「食品加工会社、ポツコン食品です。ギルドとも取引があります」
「それと薬物の取引が見えない」
「コカトリス亜種の血液はクスリになります」
「なるほど。投降をお勧めしますが……まあいい。申請にある責任者のスクイズを捕縛しろ。後は殺して構わん」
火薬に引火、こうして戦いの火蓋は切られた。
若干敵の方が数が多いが、命令は殲滅、作戦はA2、フレディによる魔術回路干渉で敵の魔術戦闘を阻害、近接攻撃を得意とする攻撃手による短期決戦だ。
クリス、ルカ、ガス、アラタの4名が攻撃、残りは討ち漏らしをカバーする。
まず正面にはこれ見よがしな筋肉を引っ提げた大男が1人、この手の連中に魔術阻害は効果が薄いが、クリスとルカが2人でかかればワンセットと持たない。
たちまち頸動脈と大腿動脈を破壊され、出血性のショックで崩れ落ちる偉丈夫、その側面からワンテンポ遅れて敵が2名、クリスとルカに襲い掛かった。
こちらもザ・脳筋と言った様子で恐らく身体強化をかけているだろう速度で接近、斬撃を浴びせようと降りかかる。
2人で十分対処できるほどの使い手、だが特配課のフォーメーションは万が一を除外する。
1人の攻撃をアラタが間に割って入り捌き、もう1人は剣を振り下ろす前にガスのメイスによって頭部をハロウィンのカボチャのように粉砕された。
血しぶきが噴き上がり、隣の仲間の死に一瞬気を取られた男は次の瞬間、思考を停止した。
クリスを狙った攻撃は目の前の仮面の男に弾かれ、返す刀で首を取りに来た。
吸い込まれるように、まるで自分から刀に向かって行くように、そんな奇妙な感覚の終着で、男は頸部に金属の冷たさを感じ、そして死んだ。
瞬く間に3人が死亡、そこからは単純作業のように退屈で変化のない作業だった。
怯え、腰の引けた敵の背を斬り、逃げる敵の正面に回り込み足が止まったところを後ろから首を刎ね、何故か魔術の使えない敵の足を雷撃で止め、石弾を以て撃ち抜く。
最後にこの荷を運ぶ責任者のスクイズを捕縛、任務完了である。
まず数か所同時に粛清対象を急襲、事態に気付いた敵が逃げることを想定し東西南北各門を封鎖、集まった敵を一人残さず討ち取る。
こうして大公選に向けた治安改善活動、その初日の行程が終了した。
これが後6日、1週間続くのだ。
昼夜、場所を問わず行われる粛清劇は警邏組織の本気度を窺わせると共に、特務警邏と行動を共にする黒装束の噂を大いに広めることとなる。
悪さをすると、どこからともなく侵入してきたティンダロスの猟犬に噛み殺される、と。
いやー、やばいですね。
もうプロットが意味をなしていない。




