第八話
「おい健太」
健太が次の授業の準備をしていると、声に合わせて後ろから蹴りを入れられる。
とっさに健太が振り向くと、そこにいたのは藤井里緒菜。健太の天敵である。
里緒菜はちょうど足を下ろすところで、かすかに黄色いパンツが覗き見え、健太はとっさに目をそむける。
「いまパンツ見たでしょ?」
里緒菜が嗜虐的な笑みを浮かべながら、健太を食い入るように見つめてくる。
健太は嘘もつきたくないが、「見た」とも言いたくなく、黙り込んだ。
「あれー? どうしたんですかー? 忘れちゃったのかなー?」
里緒菜は首をかしげながら茶化すように聞いてきた。
里緒菜の後ろでは、その取り巻きであるふたりの女子が大笑いしている。ふたりとも里緒菜のような派手なメイクに派手な髪色をし、里緒菜の劣化コピーのように見えた。
里緒菜とは一年生のころからのクラスメートで、今年の四月から三年目に突入。身長は百七十前後で、きゅっとくびれた腰が印象的な大胆な体つき。派手な顔立ちをさらにメイクで派手にし、髪は限りなく白に近い金髪を腰までのばしている。玲奈の「姫」に対し、里緒菜は「女王」と呼ばれることもある。
「忘れちゃったならしょうがないねぇ。それじゃあ三択クイズを出しまーす。当たったらもう一回見せてあげるからがんばってねー」
健太が相変わらず黙っていると、里緒菜は聞こえよがしに大声を放った。
健太はそっと舞の方を見る。舞は机に向かって集中しているようだ。このタイミングで舞がからんでくると面倒なことになる。机が離れていることを健太は心から感謝する。
さらに視線を里緒菜にもどす途中、美羽の顔が視界に入る。美羽はこちらを心配そうに見守っていた。
美羽には絶対に手を出すなと言ってあり、今もそれを守ってくれているようだ。
「じゃあ出しまーす。わたしが履いているパンツは何色でしょう? 一番、赤。二番、白。三番、黒。さぁどれでしょう?」
「四番の紫」
健太は即答した。このくだりは三年になってからは初めてのことだが、二年では何度も行われたこと。ゆえにこの先の展開も読める。
なので――適当に答えた。
里緒菜はにっこりと満面を笑みを浮かべると、「だーいせーいかーい」と叫び、スカートをたくし上げる。
教室中がざわめく。噂を聞きつけた他のクラスの連中も覗きにきており、教室の外からも歓声が聞こえてくる。
「ばかばかしい……」
健太は吐き捨てるようにつぶやくと、前を向いて淡々と授業の準備をはじめる。
「ちゃんと見ろや」
健太の背中に再び蹴りが入る。今度は一発にとどまらず、二発、三発と背中に蹴りが入れられた。角度の違いからして、取り巻きの連中も蹴りを入れているのだろう。
健太はぐっとうつむいて、痛そうなふりをする。正直たいして痛くはない。だが平気な顔をしていると、もっとひどいことをされかねない。
そこに――。
タッタッタッ……
誰かがこちらに駆けてくる音が、健太の耳に届く。
(もしかして)
悪い予感を覚えつつ健太が顔を上げると、舞の横顔が視界をかすめていった。
「やめてください」
舞の鋭い声。
健太が後ろを振り向くと、里緒菜との間に立ちはだかるように、舞が両手を広げて立っていた。
健太が最も恐れていた展開となった。ここからはまったく先が読めない。
「なんだよ中坊。邪魔すんな。こっからがいいとこなんだから」
里緒菜が恫喝する。
「わたしは高校生です。それにあなたより勉強できます」
舞は臆せず反論するが、健太はそれを聞きながら、そういうこと言うから煙たがられるのに……、と頭を抱える。
「そいつがどれだけわたしたちに迷惑かけてきたか、舞だって知ってるだろ?」
「もう十分だと思います」
里緒菜の言葉に、舞は落ち着いた口調で返した。
「舞ちゃん、俺は大丈夫だから席に戻って」
舞の肩をつかむと、健太は明るく微笑みながら言う。
しかし舞はきつくかぶりを振り、「ごめんなさい、守れなくて……。でも、もう大丈夫ですよ。ここからはわたしが守ってあげますからね」と言って微笑み返してきた。
健太は不覚にも涙が出そうになり、「タイム!」と叫んで立ち上がる。そして舞を連れてその場を離れようとした。
「行き止まりでーす」
そこを里緒菜の取り巻きが通せんぼしたが、「どけっ」と健太は語気を荒げ、相手がひるんだ隙にふたりは脇を通り抜ける。
やがて廊下に出たふたりだったが、周りに人が多く、さらに注目されていて満足に話もできそうにない。
「舞ちゃん、ここじゃあ話ができないから教頭室に行こうか?」
「はい、でもその前に」
そう言って舞は健太の後ろにまわり、小さな手で、背中をなでるように払ってくれた。不器用ながらも、痛みを与えまいとする心遣いを感じ、健太は心がほどけていくような感動を覚えた。
しばらくして、舞の手が止まる。
健太は払い終わったのだと思って後ろを振り返ろうとしたが、それよりも早く、舞が次なる行動を起こす。
「痛かったでしょう?」
そう言いながら、健太の背中をさすりはじめたのだった。
さすがに健太は恥ずかしくなり、一歩まえに進んで振り返り、「ありがとう」と礼を述べた。
「どういたしまして」
舞はにっこりと笑いながら大人びた返事をし、健太は己の未熟さに苦笑する。
お読みいだだきありがとうございます。
「こういうとこ読みにくいから直したした方がいいよ」などのアドバイスがあればお気軽にコメントください。
何でしたら、罵詈雑言でもかまいません。心が折れるまでは受け付けます。