第七話
その少女の名は山下舞。翔太の姉で十四歳。健太のクラスメートだ。また、翔太と同じように舞もそこそこ売れてる子役である。
身長は百四十半ばで翔太より少し高い。髪は艶やかな黒のセミロング。涼やかな目元に筋のとおった小ぶりな鼻、そして力みなく引き結ばれた口元からは怜悧な知性が宿っている。表情の一つひとつにも高い知性を感じさせるものがあり、時に威圧感さえ覚えるときがある。ただ、舞の可愛らしさそれを凌ぐ。
翔太と同じように、舞もこの学校の不備を突いて入学してきたひとり。
元々は国立中学に入る予定だったのだが、そこで行われる授業内容を調べてみると、そのほとんどがすでに頭の中に入っていることに、舞は愕然とした。
ちょうどそんなとき――。
翔太から清祥学院高校の合格通知を自慢され、舞は詳しく話を聞く。舞は自分なら高校の授業にもついていけると確信し、男と偽って入学願書を出し、合格通知を手に入れた。
学校側としては、翔太とは違って嘘をついて合格したわけであるから入学を拒否してもよかった。だが舞が優秀であることに加え、翔太のお目付け役として利用すれば学校側としても都合がいい――そう思ったらしく、入学が許可された。
「いや、舞ちゃん違うんだよ。いろいろと翔太に教えてもらってたところなんだ」
「だめですよ、健太さん。翔太の口車に乗っては……。ほかの人が騙されるのはかまいませんが、健太さんだけはわたしが守ってあげますからね」
舞はやさしく言いながら、健太の手をぎゅっと両手で握りしめる。
さすが姉弟といったところか――翔太も一癖あるが、舞もまた、一癖ある。
翔太の話によると、舞はダメ男に目がないそうだ。幼いころからダメな男の子を見つけては世話を焼きたがるのだという。
それでも最初の内は、舞のような可愛い子にかまわれて悪い気はしないものだ。だが次第にすべてを管理下に治めようと、徹底的に干渉してくるようになる――らしい。
さらに、翔太は話を続けた。
健太は他の追随を許さないほどのダメ男。少なくとも舞はそう思っており、すでに健太は首元に噛み付かれている。もう少し早くに対処していればなんとかなったかもしれないが、すでに手遅れ――翔太はそこで話を切り上げると、遠い目をしながらため息をもらした。
すべてを聞き終えた健太は、いつから気付いていたのか翔太に問うと、二ヶ月前だと答えた。
ちょうど健太と舞が同じクラスになり、初めて会話をしたころだ。
どうしてもっと早くに教えてくれなかったのか、翔太に尋ねた。
翔太は小さく笑ったあと、おもしろそうだったからと、つぶらな瞳を光らせた。
「いつもありがとう舞ちゃん。でも本当に大丈夫だから」
「でも火曜日は十一時十六分からいなくなっちゃって、本当に心配したんですよ」
「それは朝、説明したでしょ? トイレにこもってたんだよ」
舞はすっと目を伏せると、顔を健太に近づけてささやく。
「嘘でしょ? 怒らないから教えてください」
「本当に本当だよ」
健太は真剣な眼差しで舞を見つめた。しかし三秒たらずで、舞の視線の圧力に負けて目をそらしてしまう。
「そうですか……。わかりました、疑ってすみません」
舞は寂しそうに言いながら、健太の手からすっと両手を放した。
健太は小さく、「うん」とつぶやく。「心配したんですよ」という舞の言葉に嘘はない――それは焦燥した舞の顔つきから、嫌でも読み取れた。健太の胸は、締め付けられるように、痛かった。
「ところで今度の土日も家族で過ごすんですか?」
「うん、土日を家族で過ごすのは家のルールみたいなもんだからね」
土日はルーナンシアで過ごすため、表向きはそういうことにしている。
「そうですか……じゃあわたし次の授業の予習をしますので失礼します」
舞はぺこりと頭を下げ、一番前にある自分の席へ戻っていった。
そこに――「ちっ」という舌打ちが聞こえてくる。翔太ではなく、周りの女子たちからだ。
若冠十四歳でありながら学年トップの成績をとっていることや、自分が芸能界の人間だと鼻にかける舞の言動が、普段から周囲のやっかみを買っている。さらに今回はいいところを邪魔されたことが、女子たちの不満を煽ってしまったのだろう。
「翔太、おまえなんとかしてやれよ」
「いやー、そういうのに男が入っていくとややこしくなるでしょ」
「翔太は男カテゴリーじゃなくて子供カテゴリーだろ?」
「そのあたりは難しいところなんです」
翔太は唇をゆがませながら頭をかく。
「都合よく使い分けてるだけじゃないの?」
「そうとも言います」
「翔太のそういう正直なとこ好きだぞ」
「僕も健太さんのそういう素直なところ好きですよ」
「少し馬鹿にされてる気がしないでもないが、ありがとう」
「それじゃあ、このまま別れるのもあれなんで……握手でもしましょうか」
「そうだな」
ふたりは握手をし、それぞれの席に戻った。
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