第六話
昼休みに入ると、健太は校内放送で教頭に呼ばれる。
(昨日のことか? 美羽のことか?)
不安を胸に健太は第三号棟四階の教頭室に向かった。
「失礼します」
できるだけ真面目を装いつつ、健太は教頭室へ入る。
教頭はほがらかに笑っており、「切れ痔に関して君にアドバイスがしたい」と健太に言った。
健太は胸をなでおろす。
教頭は五十台後半。骨張った体と金縁メガネがチャームポイント。趣味はランニングとベルマーク集め、そして穴掘り。出身大学を聞くと、「駅弁大学」と答え、「どこの駅弁大学ですか?」と問うと、教頭は少しはにかみながら、「ウラジオストック大学」と答えた。
健太は「どんなアドバイスですか?」と聞くと、教頭は腕のいい医者を紹介してあげると言い、病院の連絡先が書かれた紙と自分が飼っている猫の写真を健太に渡してくれた。
健太は写真を見ながら、「かわいいですね。名前は何て言うんですか?」と聞くと、「ゴードン」と教頭は答えた。
「強そうな名前ですね」と健太が言うと、痔になるのは血行が悪いのが原因だからと言い、一緒にランニングしないかと誘われた。
健太は断った。
教頭は少し残念そうな表情を浮かべたあと、「気が向いたらいつでも連絡してきていいからな」と微笑んだ。
そして最後に、「あせりは禁物だぞ」と、健太の目を見つめてきた。
教頭とは生まれて初めて話したが、いい人だなと思うと同時に、健太は罪悪感にさいなまれはじめた。
「教頭先生、あ、あの……」
次第に健太は罪悪感に押しつぶされそうになり、真実を告げようと声を出した。
しかし喉の奥がつまり、それ以上の声が出ず、代わりに涙があふれでてきた。
教頭は健太の肩に手を置くと、「何も言うな。先生わかってるから……」と言って、一緒に泣いてくれた。
健太は思いを伝えることの難しさを、学んだ。
教頭と抱き合いながら、おいおいと泣いたあと、健太は教室に戻った。
泣きはらした健太を見て、クラスメートは不審そうな目を向けてきた。
そんな視線をかいくぐるようにやってきたのは山下翔太、十一歳。
翔太は小さいながらも高校の制服をきっちりと着こなし、やわらかそうな髪を歩くたびにぴょんぴょんとゆらしていた。
なぜ十一歳の少年が高校の教室にいるのかといえば、健太のクラスメートだからなのだが、そうなる経緯を説明する必要があるだろう。
この清祥学院高校は三年前、男女共学をしようとしたのだが男子生徒が集まらず断念した。そこで翌年、ある奇策を行った。
それは、男子生徒が入学願書を申し込んだ際、合格通知を一緒に送りつける、というものであった。また、インターネット出願をした場合、自動プログラムが添付ファイルという形で合格通知を送りつけてくる。
この発想自体はよかった? ――のかもしれないが、本人確認などのチェックが杜撰であり、当時九歳だった翔太も合格通知を受け取ってしまう。
当時、大きな波紋を呼んだ事件となった。校長は連日マスコミに追い回され、文部科学大臣までがこの件について言及する事態となる。
だが決着は意外にあっけないものだった。テレビカメラの前で高校に行きたいと涙ながらに訴えたことが世論の同情を引き、翔太はめでたく高校入学と相成った。
翔太はそれをきっかけに子役としてテレビドラマなどに出演するようになり、現在CM二本に出ている。
「健太さん、どうしたんですか?」
翔太が心配そうに眉をひそめて聞いてきた。
「翔太、また点数稼ぎに来たのか?」
「健太さん、声が大きすぎますよ」
健太のそでを引いてかがませ、みずからは背伸びしながら翔太はささやく。
この一見、無垢な少年にしか見えない翔太であるが、かなりの腹黒である。普段から健太を利用して自分の好感度アップに利用しているのだ。友達の少ない健太にかまうことで、やさしい健気な少年を演出しているのだろう。
「もう、俺を利用するのやめてくれないか? 翔太の好感度が上がると同時に俺の好感度が落ちていくように思うんだよね」
「それは健太さんのやり方がまずいんですよ。僕を邪険に扱うから……」
「じゃあ教えてくれよ。これ以上、好感度を下げたくないからさぁ」
「わかりました。今回は健太さんに花を持たせましょう。まずはしゃがみ込んで僕と視線を合わせてください」
「わかった」
翔太の言うとおり健太はしゃがみ込み、そして目を合わせる。
「なんか、照れますね」
翔太はニコニコと子供らしい笑みを浮かべる。
「こうしてみると、やっぱり子供だな」
「当たり前じゃないですか。それより今いい感じですよ。さりげなく周りを見てみてください」
健太は焦点を変え、周囲のクラスメートをぼんやりと眺める。およそ半分がこちらを見ているようだ。特に女子に至っては、およそ八割といったところだろう。
「注目されてるのはわかった」
「それでいいんです。じゃあ次は一発大逆転の技として僕をぎゅっと抱きしめるっていうのがあるんですが、まだ時期尚早でしょう。今は少し余韻を残すようにした方がいいでしょうね」
「翔太はなんでそんなことがわかるんだ?」
「毎日、女の子に囲まれていればわかりますよ」
「そういうもんか……。じゃあ次を教えてくれ」
「次はやさしい笑顔をしながら、僕の頭をなでてください。健太さんは見た目はいいんですから、いい絵になるはずです」
「わかった、やさしい笑顔だな」
健太が頷きながら言い、笑顔をしようとした、そのとき――「また健太さんにちょっかいかけて、ダメでしょ!」と、ひとりの少女が割って入る。
お読みいだだきありがとうございます。
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