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第五話

 六月十一日(金)

 

 リアリティ追及のため丸一日学校を休み、健太が登校したのはルーナンシアから戻ってきた翌々日。

 

 健太が登校して自分の席へ行くと、椅子に座布団が敷いてあった。ドーナツ状になっている低反発のやつだ。

 その上にはA4の紙が張ってあり、「おだいじに」と書かれていた。おそらく美羽の書いたものだろう。一文字ずつ色を変えており、変に凝るところが美羽らしいといえる。

 

 健太はそれを剥がして机にしまい、椅子に座る。

 やさしい感触だった。

 

 そこに笑顔の美羽がやってくる。その飾り気のない笑顔は人を元気にさせる力がある。だからこそ男女問わず美羽の周りには人が集まってくるのだろう。

 

 やがて健太のすぐそばまでやってくると、美羽はぐっと顔を近づけ、秘密を尋ねるようにささやく。

 

「どう? すわり心地は?」


「とってもいいよ。ありがとう」


「そっか……よかった」


 そう言いながら美羽は微笑むと、次いで「早く治るといいね」と付け加え、こらえ切れなくなったように口を押さえて笑いだした。

 

(百点だな)


 自称笑顔鑑定士の健太は、美羽のはにかんだ笑顔に満点をつけた。

 だが、その笑顔も一瞬だけのこと。美羽はまじめな表情に変え、健太のすぐ横に来て腰をかがめると、「みんなには健太を途中で見失って家に帰ったことにしたから……よろしくね」と、周りを警戒しながらささやいた。

 

「家には連絡行かなかったの?」


「ママ、スマホの電源落としてたんだって」


「なんで? 浮気でもしてたの?」


「そうなの。火曜日、ママは同窓会で高校時代に付き合ってた元カレといい感じになって、家に帰ってきたのは水曜日の昼だったらしいの」


 健太は冗談を言ったつもりが肯定され、戸惑いつつも会話をつなげる。

 

「美羽のお母さん、よく白状したね?」


「水曜日、わたしが帰宅して昨日帰らなかった理由を言おうとしたら、ママの方から先に謝ってきたのよ。それでぜんぶ話してくれた。そして最後に、秘密にしてほしい、って泣いて頼まれちゃった」


「過ちは犯したけど、美羽のお父さんのこと愛してるってことだね」


「ううん。主婦同士の熾烈なマウント合戦の中で、『旦那がパイロット』っていうのはすごい武器なんだって。絶対に手放したくない、って言うの」


「…………」


「…………」


「お父さんの方に連絡は?」


「パパの方も連絡つかなかったって……」


「それは……運がよかったのかな?」


「うん、まぁ……とにかくそういうことだからよろしくね」


 美羽の言い方は放り投げるようなものだった。その意外なほどあっさりとした調子に、健太は拍子抜けしまった。ただ、仮に重たい感じで相談されても、今の健太では内容が大人すぎて手に負えないだろう。

 

「わかった」


 健太は頷き、大人の世界から脱出する。

 

 美羽は「それじゃあ」と言いながら自分の席に戻っていった。

 

 今のところ美羽の失踪については学校からもなんのお咎めもない。それに学校は健太にまつわることについて、できるだけ触れないようにしているふしがある。かつて失踪したかわいそうな少年ということで扱いづらいのかもしれない。

 

 だがクラスメートたちからは、容赦のない嫌悪の視線が健太に向けられる。

 これは健太が切れ痔だからではなく、クラスの人気者である美羽を連れ去ったという理由からだ。美羽が自分から家に帰ったと言ったところで、健太をかばってると思う者は多いだろう。

 

 さらに健太の普段の行いが悪いのも、それに拍車をかけている。


 これまで健太は幾度となくこの学校全体に迷惑をかけてきた。健太が一年生のときには、体育祭にてリレーの最中バトンを持ったままどこかへ消え、クラスを負けに導き、ついでに全校生徒の帰宅時間も遅らせた。二年の修学旅行では唐突に姿を消し、学年全員の自由時間を奪った。

 その他も多くの迷惑をかけており、健太が全校生徒から嫌悪の視線を向けられるのは自業自得――それは健太自身よくわかっている。


 いずれもルーナンシアに飛ばされたからだが、それを説明するわけにもいかず、健太は甘んじて嫌悪の視線を受け入れている。

 それより最近は玲奈からの冷たく冴えた視線の方が気になる。皆と違って嫌悪は感じられないが、心をのぞき込んでくるような、落ち着きを失わせる力があった。

 今も刺すような視線が健太に向けられている。

 

 健太はいたたまれない気分になり、玲奈に問いかける。

 

「なにか御用でしょうか?」


「ううん、別に」


 玲奈はそう言うと、すっと前を向いた。

 

 玲奈とは初めて同じクラスになり、たまたま席が隣同士になったが、以来ずっとこんな調子である。健太は窓際の一番後ろの席であり、玲奈は外でも見ているのかと思ったこともあった。だが視線の向き、そして焦点を見るに、自分を見ているのは間違いないだろう。

 

(でも、なんでだ?)


 健太は頭をひねる。

 お読みいだだきありがとうございます。


「こういうとこ読みにくいから直したした方がいいよ」などのアドバイスがあればお気軽にコメントください。


 何でしたら、罵詈雑言でもかまいません。心が折れるまでは受け付けます。

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