第三話
「じゃあ、この部屋。自由に使っていいから」
ケンタは客室に美羽を案内した。
ケンタはこれから領地の見回りなどをせねばならず、美羽とは一緒に過ごせない。
「うん、ありがと。ところで、なんでリシーナさんとマイラさんは人に知られると殺されちゃうような……危ないことに手を貸してくれてるの?」
「リシーナは自分の知識欲や好奇心から手伝ってくれた」
そこでいったん、ケンタは話を切る。マイラについてどう説明していいのか整理が必要だったからだ。
「マイラさんは妹……だから?」
「うん……俺がこの世界に飛ばされてきたころ、天候不良や戦争で飢饉が起きていてね。俺も飢えて死にそうになったとき、運よくマイラの母親に拾われたんだ。それ以来、マイラの家で三人の生活がはじまって……。それ以来、マイラとは本当の家族のような信頼関係が続いているんだ」
「そうだったんだ……ケンタも苦労したんだね」
「まあね。こっちに飛ばされてすぐのころは死に物狂いだったよ。ハハハ」
ケンタは乾いた笑い声を上げる。
それを聞いて美羽はうつむき、次第に目を潤ませていった。
そして――。
「なんか……当時のこと思い出しちゃった」
美羽はか細い声で言ったあと、不器用に笑った。
そのあと二人は長いこと黙り込んでいたが、おもむろに美羽は顔を上げると、さっぱりした口調でケンタに言う。
「マイラさん待ってるんでしょ? 行って」
「うん。日暮れまでには戻れると思うから」
ケンタはそう言うと、美羽に背中を向けて駆けだす。
それから簡単に身支度を整えたあと、玄関を通り抜けて屋敷の外に出る。
ぱっと広がる視界。
あたり一面に広がる草原に、太陽からの日差しが照りつけ、あまりの眩しさにケンタは眼を細める。
それから左右に眼を振りながら、「やっぱいいな……」と、ルーナンシアに来た実感を噛みしめていると、マイラが近寄ってきて馬の手綱を手渡してくれた。
ケンタはさっそく馬にまたがる。
「ケンタさま、どちらから?」
「まずは西の方から見ていこう」
ケンタは答えると同時に手綱を振って馬を走らせはじめた。
ルフェルト男爵家の領地は西に深い森が広がっており、そこを抜けると海が広がっている。
その他は草原が大部分を占め、土地は肥沃。
人口は七千から八千の間。その五割が農耕、二割が狩猟採集を生業としている。残りの三割は農耕をしながら狩猟採集も行う、いわゆる兼業だ。
気質としては勇敢で荒々しく、兵として優秀。スレーン王国内でも最強の呼び声が高い。
ただ、そのぶん争いごとも多く、その仲裁の仲立ちこそがケンタの仕事の多くを占めている。
本来、領主ゆえに仲裁の権限もあるのだが、この地を治めて半年のケンタには不可能。領民はケンタのことを木っ端役人程度にしか見ておらず、権限はあっても誰も言うことを聞いてはくれない。
いつか領民に信頼されることを期待して地道にこなしていくしかない――そう考え、健太はじっと耐えている。
健太たちは村を一つひとつまわって仕事をこなしていき、やがて夕日に顔を染めながら、マイラが目を細めて言う。
「健太さま。本日は以上になります」
まぶしくて目を細めているのか、微笑んでいるのかわからなかったが、「マイラもおつかれさま」と言いながら健太は微笑んだ。
やがて健太は屋敷に戻るが、そのころにはとうに日が暮れ、あたりは真っ暗闇になっていた。
マイラに馬を預け、健太は急いで屋敷に入る。
(日暮れ前には帰るって言ったのに……)
胸の中でつぶやきながら、健太は美羽の部屋へと急ぐ。
美羽は怒ってはいないだろうが、きっと心細かったに違いない。だが美羽は部屋におらず、居間でリシーナとダンスをしていた。しかも赤いドレスに身を包み、実に楽しそうだ。
「健太どう? 綺麗でしょう?」
健太を見つけた美羽は、恥かしそうにしながらもその場でクルリと回り、ドレスをふわりと舞い上げた。
「そのドレス、どうしたの?」
「これは先代の奥様のものです。小柄な方だったらしく、美羽さんが着れそうなドレスがたくさんありました。少し手直しすれば、より素敵になるでしょう」
先代の妻は健太が養子になる前に死んだらしく、会ったことはない。だが小柄だったと聞き、意外な気がした。なんせ先代のルフェルト男爵は身長が二メートルを越え、お腹まわりが百五十近くある巨漢だったからだ。
「そう……ところで、なんでダンスを踊ってたの?」
「練習よ。パーティーって踊るんでしょう? わたしも行ってみたい。そういうの憧れてたんだよね」
美羽は照れくさそうに笑った。
「美羽って踊ったことあったっけ?」
「リシーナさんが下手でも問題ないって。それに、まだ一週間以上あるんでしょ? なんとかなるでしょ」
美羽は楽天的な性格だがここまで度胸がある方ではなかった。やはり魔力でテンションがおかしくなっている可能性が高い。健太自身、覚えのあることだからよくわかる。
そんな風に考えていると、より大事な疑問が健太の中に浮かび上がってきた。
「またこっちの世界に来る、つもり?」
「うん、健太のこと心配だし……。あと、リシーナさんが孤児院の手伝いをしてほしいんですって。わたし子供好きだからやってみたい。いいでしょ?」
リシーナの思惑はなんとなくわかる。美羽を味方につけたいのだろう。
しかし、ルフェルト男爵領の民は領主に対して武力蜂起することがめずらしくない。先々代はそれで住民たちに血祭りにあげられた。さらに他国と国境線を接しており、小競り合いも頻繁に起きる。
つまり、ルーナンシアにおける健太の周囲は決して安全ではない。
美羽の身を思い、健太は反対意見を述べる。
「ここは危険な世界なんだ。場合によっては命だって落とすかもしれないんだよ」
「どの世界にいたとしても危険はつきものです。美羽さんがこの世界に来るかどうかは美羽さんの自由意志に任せるべきなのではないでしょうか? それに、ルーナンシアはすばらしい世界です。その世界を勝手に見せておいて、もう来るなというのは残酷すぎます」
リシーナが舌鋒鋭くまくしたてた。
「残酷って……」
「ものすごく残酷です」
「美羽も同じ意見?」
「うん。わたしはもっとこの世界を見てみたい。わたし、絶対に無茶なことしないからお願い」
美羽は両手を合わせて健太を見つめてくる。
「お父さんお母さんにも心配かけることになるよ」
「パパは滅多に帰ってこないし、ママはわたしのこと信じてるから大丈夫」
美羽の父はパイロットであり、週に一回ほどしか帰ってこないらしい。
美羽は「それに――」と言って、続けて話しだす。
「心配だっていうなら、わたしだって健太のこと心配なんだよ。知っちゃったからにはこれまでどおりとはいかないよ……」
美羽は言葉をかすれさせ、話し終えると同時にうつむいた。
どうやら現段階で説得するのは難しそうだ。もう少しようすを見るか……。
「じゃあパーティーは一緒に行こう。そのあとのことはまた考えよう」
「うん。ありがとう」
「よかったですね美羽さん」
リシーナは柔らかな声で言いながら、親しげに美羽の肩に手をかけた。
「リシーナさんもありがとう」
「じゃあもう少し練習するね」
美羽は晴れやかな顔でリシーナとダンスの練習をはじめた。
◇
翌朝、ダルトが屋敷にやってくる。
ダルトは四十台前半の男。身長は百八十センチほど。髪は栗色で温和な顔だち。少し太り気味だがそこそこ腕が立ち、人をまとめる力もある。戦いの場においては健太が最も信頼している人間だ。
数週間前、西の森に魔物の集団を見つけた者がいた。
その情報の真偽をダルトに探らせていたが、ついに確証を得たらしい。ダルトから話を聞いた上で、ケンタは具体的な方策を練る必要がある。
これが今回、ケンタがこの世界に呼ばれた目的である。
ケンタは執務室でダルトと対面する。
挨拶もそこそこにダルトは話しを切りだす。
「オークを中心とした群れでした。オークだけでも数は五十以上。それ以外も含めると百を越えるでしょう」
オークとは豚の顔をした、ピンク色の肌をした人型の魔物。身長はおよそ百七十から百九十センチほどで、分厚い肉体を持つがゆえに耐久性が高い。
「やっかいだな……それで場所はどこですか?」
「このあたりです」
ダルトは地図を指さす。そこは森の奥へ約一キロメートル入ったところ。
かなり浅い場所だ。いつ森の中から飛びだして村を襲いだすとも限らない。かといって討伐隊を送るのも危険。森の中では組織だって行動することが難しく、被害が大きくなる可能性が高い。
「森の外へ引っ張りだす方法はあるでしょうか?」
「狩猟採集民たちと相談するつもりです」
狩猟採集民とは、狩猟採集のみで生計を立てている者たちのこと。その多くは森の中に小規模の集落を作って生活している。
「わかった、俺も考えておきます。とりあえずは見張りを立ててください」
「承知しました」
「それにしても、またお金がかかりそうですね。リシーナの険しい顔が目に浮かびます」
「オークの魔石はいい値段で売れますから、そこまで心配せずとも大丈夫では?」
魔石とは魔力を内包した石のこと。エネルギー源として様々な用途に使われている。
「だといいんですけど……」
その後も二人は話し合い、様々な事柄を決めていった。一番大事なのは領民の命である――そのことを念頭にケンタは決断していく。
気づくと日が高く昇っており、ケンタは焦る。
美羽だけを帰すことはできない。あの魔方陣はケンタの血で描かれたもの。ケンタが一緒でないと転移は不可能。
健太は焦る気持ちを抑えながら話し合いを進め、最後にダルトに告げる。
「あとは任せます」
「お任せください」
ダルトは特に気負いもなく答えた。
(必要ともなればリシーナが呼びだすだろう)
健太はそう考えながら、「転移の間」へ向かう。
お読みいだだきありがとうございます。
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