第二話
健太は十七歳の高校三年生。
健太がルーナンシアに飛ばされたのはおよそ五年前。
偶然知り合ったリシーナに協力してもらいながら、元の世界に戻る方法を健太は探しつづけ、元の世界に戻る方法を見つけたのがおよそ三年前。それからは元の世界とルーナンシアを行き来しつづけている。
その最中、あるきっかけからルフェルト男爵の養子になる。そのルフェルト男爵も、今から半年ほど前に戦死。健太はルフェルト男爵家の当主となった。
ルフェルト男爵が死んで以降、健太が世界を行き来していることを知っているのはマイラとリシーナのみであった。
だが、今そこに美羽が加わった。
実のところまだ二人いる。だが美羽がすでに知っている人物でもあり、混乱させるとまずい――そう思い、知らせないことにした。
健太が話し終えたころには、美羽も精神的には落ち着きを取り戻したようだ。だが、さらに情報量が増えたせいで頭の中はこんがらがっているようす。
「養子……男爵……」
などと何度もつぶやき、美羽は頭を整理しようとしている。
健太はやさしく美羽に話しかける。
「とりあえず、ここが異世界――ルーナンシアであることだけは理解してくれればいいよ」
「うん、でもなんか慣れないね。世界そのものに名前がついてるなんて。地球や宇宙とかって言い方ならわかるけど……」
「そうだね。ルーナンシアにはいろんな世界から人がやってくるからそういう言い方が生まれたんだろうね」
「いろんな世界?」
「うん、ルーナンシアには俺らの世界以外からも人が飛ばされてくる。つまりいろんな異世界があるってことだね」
「へぇー」
美羽は軽い調子で言った。もしかすると考えるのをあきらめたのかもしれない。
「ちなみに俺たちの世界のことを『アルナンシア』って言うことに決めてるから、これは俺の造語だから他では通じないよ」
「わかった。ルーナンシアの人からしたら、わたしたちの世界が異世界になっちゃうもんね」
「そう、ややこしいんだよ……。ところで、気分はどう?」
「うん、なんか……気分いい。体も軽いし、頭もすっきりしてる」
美羽は不思議そうに手足を動かす。
「魔力で筋力が上がってるんだよ。だから体が軽く感じる。気分がいいのはそのせいだと思う。でも慣れるまでは気をつけて。自分の力がまだ把握できてないだろうから、頭をかくつもりでも頭の皮がめくれちゃう――なんてこともあるから」
「…………」
美羽は両手で口を押さえ、眉をしかめる。
「今のは少し大げさに言ったけど、まあ気をつけてよ」
「うん。気をつける」
「じゃあ、少し仕事を片付けないといけないから、そこで待ってて」
健太はそう言って席を立ち、リシーナとマイラを連れて美羽から離れる。
「リシーナ、何か問題でも?」
「森の魔物の件ですが、情報は確かだったそうです」
「そう……明日の朝、ダルトを呼んでくれる?」
ダルトは健太が抱えている騎士の一人。
騎士とは領主から土地を与えられる代わりに戦役などの義務を負う者たち。世襲の者もいれば一代限りの者もいる。一代限りの者は領地ではなく金銭契約になる場合が多い。一代では領地を治める意欲が乏しくなるからだ。
「はい。承知しました」
「緊急はそれだけ?」
「はい。他はいつものやつです」
「じゃあ、彼女を一人にしておくのは心配だから、そこで聞くよ」
健太は言いながら美羽に視線を向ける。
美羽は顎に両手をやってうつむいている。真剣に考えているときの仕草なのだが、リスが木の実を食べているように見え、健太は少し笑ってしまう。
健太は二人を従えて美羽のいるソファーへと向かう。そして美羽の正面に座り、「考えはまとまった?」と聞く。
「まとまんないっ」
美羽は怒った声を出したが、表情はやわらかい。問題はなさそうだ。
「じゃあ、もう少し仕事するね」
健太はリシーナに目で合図をする。リシーナは頷き、説明を開始する。
「近日中に処理しなければいけない決済が三件。そして、ラント伯爵家からパーティーの招待状が届いております」
リシーナは説明を終えると、懐から書簡をひとつ取りだして健太に渡す。
「男爵とか伯爵とかって……もしかして王様もいるの?」
「うんいるよ。俺が属しているのはスレーン王国。この大陸の真ん中より少し北にある国だよ」
「ここ大陸なんだ……」
美羽はつぶやきながら屋敷の中を見まわす。
その仕草がおかしく、美羽に隠れて健太は笑う。
やがて美羽も自分のしていることをおかしく思ったのか、クスクスと笑いだす。
どうやらいつもの明るい美羽に戻ったようだ。健太は安堵しつつ、仕事に取りかかることにする。
まずはパーティーの招待状から……。
「読めるの? そんな……変わった文字」
「必死だったからね。がんばって覚えたよ」
「そういえば言葉はなんで通じてるの?」
「どうやら変換されているみたい。彼女たちの口を見ていればわかるよ。口の動きと聞こえてくる音にずれがあるから。あと、こっちにない概念のものだと音だけが伝わってるみたいだね」
「そうなんだ、未来な感じだね」
「実際は中世と近世が入り混じったくらいの文明だけどね……」
魔法がある世界ゆえ比較するのは難しい。あと、この大陸以外のことがわかっておらず、漂流者が流れ着いたという噂さえ聞いたことがない。地球を基準に考えるなら、他にも大陸があると考えるのが普通だ。もしかすると文明の栄えた大陸が存在し、いずれこの大陸へやってくるのかもしれない。
「来週の土曜日か……パーティーめんどくさいなぁ」
パーティーの招待状に目を通し終えると、天を仰ぎながら健太はつぶやく。
ルフェルト男爵家とラント伯爵家はともにスレーン王国に属し、領地も接している。さらに、戦争などが起こった際はラント伯爵の指揮下に入ることが多いため、出席しておいた方が得策だ。
「ぷっ」
美羽が唐突に吹きだす。
「どうしたの?」
「ごめんごめん。健太がパーティーに出てるの想像したらおかしくなっちゃった」
「まぁ、そうだろうね。自分でも柄じゃないとは思うよ」
「健太が貴族ってのも変なのよね」
「健太さまの侮辱はやめて頂きたい」
マイラが険しい目を美羽に向ける。
「ご、ごめんなさい」
美羽は慌てて頭を下げる。
「そういえば、まだ紹介がまだだったね。彼女はマイラ。俺の近衛騎士。簡単に言えば護衛であり、側近みたいなものかな」
貴族であれば最低でも一人は近衛騎士を抱えるもの――それがこの世界の常識である。
「なんか、うまく言えないけど……本格的だね」
「まぁ本物だからね。あと、マイラはこの世界における俺の妹でもある。もちろん血のつながりはないけどね」
「いもうと……」
美羽は新たな事実に首をかしげているが、詳しい説明は後にし、健太はリシーナの紹介に移る。
「そして青い髪の女性がリシーナ。彼女は事務官で政務を手伝ってもらってる。以上二人が、ルーナンシアで俺が最も信用している人間なんだ」
「ありがとうございます」
マイラがおごそかな口調で言う。
「改めて言われると照れますね」と言ったのはリシーナ。言葉どおり少し照れている。
「それで、彼女は美羽。幼馴染で学校も一緒なんだ」
「立花美羽と言います。よろしくお願いします」
美羽は立ち上がって自己紹介をした。
「美羽に一つ大事なお願いがあるんだけど……まず座って」
「なに? なんか怖い……」
美羽は小声で言いながら、ゆっくりとソファに腰を下ろす。
「転移に関することなんだけど、絶対に秘密にしてほしい。もし誰かにばれたりしたら、みんな殺されるかもしれない。そのことを覚えといて」
「そんなに危険なことなんだ……」
「うん、事情はいずれ話すかもしれないけど、とにかく秘密にして」
「わかった。絶対に言わない」
美羽はしっかりと頷いた。
「そして最後に、この世界での俺の名前は『ケンタ・ルフェルト』になるから、よろしく」
ケンタは少し照れながら美羽に告げた。
美羽は「へぇー」と返した。
お読みいだだきありがとうございます。
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