第一話
羽山健太は男子トイレに逃げ込む。
だが息つく暇もなく、立花美羽が堂々と男子トイレに駆け込んできた。美羽は健太の幼馴染であり、高校のクラスメートだ。
「もうあきらめなさい。教室に戻るわよ」
「頼むから近寄らないでくれ」
健太は両手を合わせて頼むが美羽は無視。今にも飛び掛かろうとすり寄ってくる。
健太は「あ、UFOだ」と窓を指さしながら個室に逃げ込むが、そんな幼稚な手にかかる美羽ではない。「逃げるな!」と言いながら健太の手をつかみ、引っ張りだそうとした。
「やばい、時間が……」
健太は、やむなく決断する。美羽の手をつかんで個室に引っ張り込み、鍵を閉めた――その瞬間、二人は光に包まれ、消えた。
◇
二十平米ほどの広さの石造りの部屋――「転移の間」に、健太と美羽はいた。
床には半径三メートルほどの魔方陣が描かれており、二人は素っ裸でその上に立っている。
部屋に窓はないが、ロウソクの炎で照らされおり、いろいろ見える。美羽の体もいろいろ見える。
健太の身長は百七十センチ後半。一方、美羽の身長は百五十センチ前半。健太は見下ろす形で美羽の体を眺めることになった。
髪はかすかに茶色がかったショートカット。大きな瞳が印象的な可愛らしい顔だち。痩せてはいるが豊かな胸。
健太はじっと眺めたあと、我に返り、あわてて体を反転させた。
そこにいたのは、中世の騎士のような格好をした女性――マイラと、白いローブを着た女性――リシーナ。
マイラは十六歳。肌は淡い褐色で、髪は肩先までのびた艶のある赤。身長は百六十センチ後半で、細くしなやかな体つき。顔立ちはあどけなさの残る美しい顔だちで、黒く大きな瞳からは芯の強さを、引き結ばれた唇からは気の強さが伺える。
リシーナは二十四歳。肌は陶器のように白く、髪は薄い青。身長は百六十センチほど。ローブが波立つほどの豊満なめりはりのある体つき。額の広い美麗な顔にはいつも理知的な微笑を浮かばせているのだが、今は困惑しているせいか微笑にも陰りが見られる。
「この子は友人なんだ。巻き込んじゃったんだ」
美羽を指さしながら、健太は二人に説明する。
だが二人は何も答えない。難しい顔をしながら、じっと黙っていた。
(やっぱ、怒るよなぁ……)
健太は二人の顔色に怯えながら、美羽へと視線を向ける。
美羽は自分が全裸であると気づいていないのだろう。突っ立ったまま、呆けた顔で視線を漂わせていた。
「美羽、大丈夫?」
「なに? いったいなんなの? ここどこ?」
「説明するからちょっと待って。マイラ、彼女が着れそうな服を用意して」
健太は自分の服を着ながらマイラに指示を出す。
「承知しました」
そこでようやく美羽は自分が全裸であることを知り、胸を隠しながらしゃがみ込んだ。
健太はその姿を横目でチラ見しながら、「逆にエロいな……」と小さくつぶやく。
やがてマイラが服を持ってくると、美羽は「ありがとうございます」と丁寧に礼を言い、急いで服を着はじめる。
「美羽、服を着ながらでいいから聞いて」
そう言うと、健太は事情の説明をはじめる。
「ここは異世界――ルーナンシア。魔方陣を使えば俺たちの世界とルーナンシアを行き来できるようになってるんだ。いつもは金曜の夜に呼び出しがあって土日をこっちで過ごすようにしてる。ただ、『急用があったらいつでも呼んでいい』と言ってあるから今回みたいに授業中に呼び出されることもあるんだ」
「…………」
美羽は何も言葉を発しなかった。やはり混乱しているのだろう。
健太は時間を与えた方がよさそうだなと思い、リシーナに歩み寄って今回呼び出された理由を聞く。
「何かあった?」
「まずはこちらのお嬢さんを落ち着かせてからにしましょう。それくらいの時間はありますので」
「わかった。居間は使える?」
「はい。使用人たちには今日一日、暇を取らせました」
健太は頷くと、美羽を見ないようにしながら静かに語りかける。
「どう? 服はもう着れた?」
「なんでわたしまで、その……異世界に来ちゃったの?」
「魔方陣に呼びだしを行うと、その五分後くらいに転移がはじまる。その時、俺の半径三メートル以内にいる人間も一緒に転送されるらしい」
「だから近づくなって言ったのね」
「うん。ホント悪いと思ってる」
「…………」
「もう服は着た?」
「うん」
「ここは少し寒いから居間で話そう。美羽、ついてきて」
「ところで……帰れるんだよね?」
美羽の声は震えていた。
「大丈夫。魔方陣の魔力が蓄えられるまで、まる一日……時間がかかっちゃうけどね」
「魔力?」
「ほら」
健太は手の平から火を出した。
「…………」
美羽は拍子抜けするほど驚かなかった。理解が追いつかないのだろう。
「じゃあ、居間に行こう。他にも説明することがあるから」
健太が歩きながら言うと、美羽は「うん」とつぶやき後ろをついてきた。
四人は狭い通路を通って階段を上る。それから隠し扉をくぐると執務室に出る。
執務室は三十平米ほどの空間に、使い込まれた大きな飴色の机が一つと、中央に小さな丸机と椅子が二つ。壁には大きな本棚があり、黒や茶の背表紙が部屋の格式を高めていた。
健太は室内を見渡しながら美羽に説明する。
「ここが俺の仕事部屋。ここで政治的な決定を下したりしてる」
「健太がそんな大それたことして大丈夫なの?」
「問題ございません」
そう答えたのはリシーナ。彼女はさらに話を続ける。
「健太さまは政治的なことに関してあまり興味がないようなので、わたしがフォローさせて頂いております」
「はあ、なるほど……」
と、美羽は納得したようすで頷いたのち、「ご迷惑をおかけします」と言いながらリシーナに頭を下げた。
「いえ、おかげで好き勝手させてもらってます」
実際のところ、内政についてはリシーナにすべて任せているといっても過言ではない。単に頭がいいだけではなく、ずるさも兼ね備えており、安心して任せておける人物だ。
それから四人は執務室を出てさらに進み、やがて居間へと到着する。
居間は三十平米の広さ。
ソファが対面で二つ置いてあり、その間に白いテーブルが一つあるだけの簡素な部屋である。いちおう壁には風景画が架けられているのだが、いろどりを添えるまでには至らない。
健太と美羽は向かい合ってソファに座り、リシーナとマイラは健太の後ろに立った。
健太は両手を膝の上で組むと、「さて」と切りだし、説明を開始した。
お読みいだだきありがとうございます。
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