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典型的な世界で生きていく  作者: 糸島荘
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1-5 エマの受難

 どう見ても怪しい3人組、極め付けに3人全員が形の違うナイフを所持している。形状からして、あのナイフもスマホや杖と同じ魔導具の1つだろう。杖に比べて、刀類は加工時に歪な形になりやすい、と教会に来た冒険者が話していた。


「ルナ!これやばいよ!あいつらナイフ持ってる!」


「落ち着いて。ちゃんと相手を見て」


 どうしてルナはそんなに落ち着いていられるのだろうか。年齢はエマと変わらないはずだと言うのに冷静だ。一方エマは言葉に出ている以上に、焦りに焦っていた。


(こいつら、昨日シスターがうっすらと言っていた受験生を狙った追い剥ぎか!ここは私がルナを守らないと!)


 焦った結果、エマはルナの前に飛び出した。足がもつれてしまい、予想していた数歩前に出ながらのファイティングポーズを取っている姿は、見方によっては好戦的と捉えられるほどに。


 それを開戦の合図と受け取ったのか、手前にいた男がナイフを持っている手を振り上げながら踏み込んでくる。踏み込み速度は速く、男の一歩は3メートルを優に超えていた。


「は、速い!」


 言っている間にも距離はつまり、目と鼻の先、つまりナイフの届く距離まで男は移動する。男はそのまま体を捻らせ、エマを斬り裂こうと試みる。


 対してエマは辛うじて目で追えてはいたものの、スマホで魔術を発動する事も出来ず、避ける事すら間に合わない。目の前に迫る死に対して、彼女が出来たのは少しでも痛みがマシであれという祈りと、目を瞑る事で斬られる瞬間から目を逸らす事だけである。


(……あれ?痛みがない。外したの?)


 恐る恐ると閉じていた目を開けると、変わらずそこにはナイフを振り下ろす男の姿があった。ただ一つ異変があるとすれば、男が振り下ろしたナイフはエマの目の前、まるで透明な壁に阻まれているような、不自然な位置で停止していた。


「姉さん、速く下がって!」


 どうやらルナが魔法で助けてくれたらしく、前に突き出された杖は緑色の光を帯びていた。顔も普段と違い、額には汗が滲んでいて焦りが目に見えてわかる。


 下がれと言われたエマだが、完全にビビってしまっていて一歩も動ける状況ではなかった。しかし代わりに空中でとどまっていた男がエマを守っていた壁を蹴り、後ろに控えていた男2人の前まで戻っていた。


「風の壁……か。下位魔法とは言え、よくあの一瞬で発動出来たな」


「どうしやすか?こいつら出来る奴らかもしれませんぜ」


「リーダーの初撃を防げた辺り、ただのガキではありませんぜ」


 何やら3人で話しているようだが、思い切り声が筒抜けである。わかった上で隠す気がないのか、もしくはただの間抜けなのか判断はつかないが後者である事を望む。


 ビビってしまい手が震えている。それを悟られない為、呆然と開いていた右手に強く力を込める。反対の左手は発動できるようスマホに手を添えていた。


「お、おい!急に斬りかかってきて、私達に何の用だ!」


 まるで小物のような言い草だが、盗賊相手に声が震えたり、裏返ったりしなかっただけ自分を褒めてあげたいくらいだ。


 声をかけられた3人組は会話を辞め、こちらに視線を向ける。フードで顔が半分程度隠れているので、顔の動きでしか判断出来ないが。


「私達を拐うつもりだったんじゃないのか!」


「お嬢ちゃん、君みたいなガキの体には興味がないんだよ」


「……私達を襲っておいてそれを言うの?」


「俺達はね、君達のような受験生が身につけている魔導具の方を標的にしているんだよ」


 シスターに聞かされていたので知ってはいたが、やはり最低な奴等だった。まだ幼い受験生を裏路地のような人の目につかない場所で襲い、金品を奪う。受験で人が多いので満足に警備も行き届いていない今、犯罪を行うにはうってつけなのだろう。


 だが裏路地とはいえ、警備隊が1人もいないなんてのはおかしな話だ。表通りに人数を割いているのはわかるが、裏路地こそ巡回に来るべき場所じゃないのだろうか。


「納得、だから姉さんを殺す事に躊躇がなかった」


「物分かりが良い嬢ちゃんだ。さっきの風魔法も嬢ちゃんのだろ?」


 魔法を発動する時は幾つかの兆候がある。例えば杖の魔石が光る事もその1つだ。それ以外にも魔力の流れや魔力の色でわかると、スマホに入っている知識書に記述があった。


「答える必要はない」


「そりゃそうだ。戦いにおいて情報ってのは何よりも大切だからなぁ?」


 言葉と共に、ルナに向いていた視線がこちらに戻る。相変わらず鼻から上は見えないが、フードからみえる顔には嫌な笑顔が浮かんでいた。


「威勢よく前に出るもんだからお前が本命かと思ったがぁ、どうやらただのガキだったみたいだなぁ」


 こちらを値踏みするかの様にニタニタと笑いながら男の話は続く。


「後ろの嬢ちゃんと違って何も持っていない所を見ると、武闘家か何かかぁ?にしては細すぎるがなぁ」


 当然だ。エマは運動があまり得意ではない。水の入った桶を持ち上げるのだって、すぐに息切れを起こすほどだ。身体を鍛えようなんて微塵も思った事がない、典型的な後衛タイプである。因みにルナもどっこいの身体能力なのでパーティーとしては後衛2人なので相性が悪い。絆の方はなんとも言えないが。


 男はジロジロとエマの身体を見回す。一通り見回すと満足したのか「さて」と言い、顔から笑顔が消える。今までニタニタと笑っている顔が急に無表情になり、気味の悪さを感じる。


「ここからは提案の話だ。後ろにいる魔法使いの嬢ちゃん、俺達の仲間にならないか?」


「な、なにを言ってるの?」


 話が見えてこない。今のやりとり、いや殺りとりでどうしてそんな話になるのだろうか?確かにルナは優秀だ。それでもまだ12歳で、これからも色々な事を学校で吸収する時期だ。まだ未熟で、大人の魔法使いには敵わない筈だ。


 ちらりと振り返ると、ルナはさっきまでの焦り顔でもなく、今朝見せた笑顔でもない、いつもの感情が読み取れない無表情に戻っていた。


「後ろの嬢ちゃんは震え上がったお前と違って、優秀な魔法使いになる可能性が高いって事だ」


「でも私達はまだ12歳よ!」


「良いじゃないか!伸び代がある!」


「そんなの許せる訳ないじゃない!」


「それを決めるのはお前じゃない。それにこの提案が呑めないなら死んでもらうだけだ」


 驚くほど冷淡な声。次は殺せる自信がある故の物言い。会話を試みた結果、戻ってきていた心の平穏が再び大きく乱される。奴の一挙手一投足に全集中が向き、呼吸が自然と荒くなる。それを見てか、男の顔にまた笑顔が戻る。今度の笑顔はきっと勝ち誇った顔なのだろう。


「さぁ、どうする!?」


 ルナに姉として、家族として声を掛けたい。今すぐ駆け寄ってここから逃げ出したい。それを彼は阻み、恐怖が心を塗り潰す。


「助けて……誰か……」


「助けよう!この私が!」


 唐突にエマの真上から声が響く。よく通る元気でありつつも尊大、そんな女性の声が。


 男から視線を外せなかったエマさえも予想外の声かけに、思わず空を見上げる。そしてそこに浮かぶ姿を見て驚きの声を上げる。


「さぁさぁ!ヒーロー見参といこうか!」


 そこに浮かんでいたのはエマやルナよりも小さい、ピンク髪の少女だった。


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