1-4 案外、仲の良い2人
「エマ、ルナ、忘れ物はない?」
試験当日、いつも通りに起床し、少しだけ単語を詰め込んでおいた。正直、緊張しているが3回は持ち物をチェックした為、忘れ物はないはずだ。
ルナは相も変わらずの無表情で、奇麗な顔立ちは変わっていない。だが、髪の毛が少し乱れているような気がする。完璧人間に見えるルナも案外、色々なところが抜けている。
ルナの髪の毛を手で押さえる。手で押さえた程度ではどうにもならないだろうが、多少はマシになるだろう。
「なに、姉さん?私の髪に何かついてる?」
「奇麗な金色の髪の毛がはねてるよ、お寝坊さん」
「姉さんも起きた時間は一緒。証拠にほら?姉さんも髪が乱れている」
美少女姉妹が互いの髪を撫で合う絵は様になっていただろう。悲しいことに観客はシスターしかいないのだが。
2人で少しの間、互いの髪を撫で合った後、シスターが微妙な表情でこちらを見ていることに気づく。
「2人は仲が良いのか悪いのか。時々わからなくなるわね」
「私達はいつだって仲良しよ」
「そう、私達は仲が良い」
「じゃあ2人で仲良く手を繋いで、アールレイまで行ってきなさい。頑張ってね」
幾らなんでも12歳にもなって、手を繋いで学校に行くのは恥ずかしい。それも受験の日なので色んな人に見られる可能性がある。
しかし、そう思っているのはエマだけの様で、ルナは髪に置いていた手を離し、勢いよくエマの右手を掴む。
「姉さん、行くよ。時間短縮、しっかり捕まって」
「え?」
疑問を伝え終わる前にルナが片手で持っていた杖の先端にある魔石を光らせ、魔法を発動する。魔石の色は緑、発動した魔法は風属性魔法の1つだろう。
周囲に風が巻き起こり、一気に2人の身体を押し上げる。スピードは結構なもので、全力で走った時よりも全然はやい。
「ちょっと!速すぎて怖い!それに街で魔法を使うのは」
「大丈夫。見つからなければ、問題ない」
「そういう問題じゃないでしょ!うわああああ」
ルナが言った通り、手を離さなければ落ちる事はない。だがそれでも怖いものは怖い。多分、手汗はびしょびしょだ。幸い高い建物はないので、ぶつかるとしたら木々くらいだろう。
魔法は周囲の安全の為、決まった場所や申請のない者の行使は極力控えるようにとされている。警備隊に見つかると罰金を受ける可能性もある。
当然、ルナが申請してる筈もなく無許可での魔法行使だ。どうしてシスターは笑顔で手を振っていたのだろうか。無理矢理にでも止める事は可能だっただろうに。というか無理矢理にでも止めてくれ。
「一体、どこまで飛んでいくつもりなの?アールレイ近くは人目につくかも知れないけど!」
「少し遠いけど通りの裏路地に降りる。あそこなら多分見つからない。多分」
アールレイ学院に繋がる大通りは受験の事もあり、いつもよりも賑わいがある。普段から服や食品、魔導具の店が多く立ち並んでいる通りなので人が多い。しかし今日はそれを大きく凌ぐ量の人混みだ。
こんな所で着地すれば騒ぎになる事間違いない。故に選ばれたのが裏路地なのだろう。華やかな表通りに比べて、少し進んだ所にある裏通りはお世辞にも治安が良いとは言えない。
貧富の差が顕著に現れている場所であり、碌な人間が居ない。故に普通の人は避けて通るので人目につき難い。見られたとしてもチンピラとかだろう。
「多分って……良いけどさ。それで今日の試験、大丈夫そう?」
「そっくりそのまま返す」
「私は……スマホを見ずとも魔術を一応使えるようにはした」
「それは……凄い?」
「うるさい!案外難しいんだよ!?」
発動したい魔術が載っているページにある、半径3cmほどの魔法陣を押す難しさはきっと伝わらないのだろう。現にルナの顔は納得がいっていない顔だ。
「とりあえず実技は置いといて、座学の方は?」
「置いとかれた……悩むような問題はなかったから、余程の事がなければ大丈夫」
「姉さん、実技はからきしだけど頭はそれなりに良いから」
「それなりって、ルナより絶対点数とってやるわ!」
「楽しみにしてる。実技もバレないように頑張って」
魔法ではなく、魔導具の力を借りて魔術を使うのは黒よりのグレーだ。本人の力を測る為の試験なのだから、道具の力を使うのはよろしくない。
しかし完全な黒ではない理由もある。それは杖や水晶などの魔導具に、魔術が刻印されているのはよくある事だからである。
魔力を通すだけで発動するこれらを自身の力だと言い張るのは無理がある。だが自身の為になる道具を集める、と言うのも1つの力であるという考えもある。なので基本的に黙認の姿勢である。加点は少ないだろうが。
「ルナこそ、余裕を見せていたら足元を掬われるわよ」
「私はそのくらいの方が面白い」
なんとも傲慢な言い草である。しかしルナは本当にそれを望んでいるように遠くを見ていた。いつも大抵の事は無表情だと言うのに、好戦的な笑顔を浮かべて。
「そろそろ着地する。準備して」
気がつけばすぐそこに、アールレイ魔法学院のシンボルである時計塔が見えている。敷地は広く、広さだけで言えば王城と同程度と言えるだろう。
やはり学院の中と周り、表通りを含めて人は多く、祭りが行われているのかと錯覚するほどだ。実際、表通りはいつもと違い出店が多く並んでおり、1つの祭りと化している。
こんな所で魔法を使えば、人目につく所か大騒ぎになる事間違いない。家より少し高い程度で飛んでいるのだから見つかる可能性は大いにあるのだが。
「そこのお前達、降りてきなさい!」
「ちょっと!警備隊に見つかってますけど!」
「あれだけの人混み、絶対追ってこれない」
鎧を着た人物がこちらに向かって叫んではいるが、人混みに抗えずエマ達との距離はどんどん離れていく。あの感じだと応援が呼ばれたとしてもそう追い付かれる事はないだろう。
「あそこ、あのパン屋の裏に着地する」
「顔見られてないかな?大丈夫かな?」
「姉さん、ごちゃごちゃ言ってないで降りるよ」
風属性魔法を上手く利用して、負荷がかからない程度に減速していく。周囲を見渡す限り人影はなく、散らばっているゴミが目立つイメージ通りの裏道だ。建物と建物の間なので朝日が差し込まず、辺りは薄暗い。
「繁華街の裏手でもうちの近くとそんな変わらないんだね」
「そう、家の近くなら追い剥ぎが現れるところ」
「それフラグじゃない?」
それを合図に複数の足音が通りの奥から響いてくる。上から見た時は見えなかったので魔法で姿を隠していたのか、ただ黒いローブを被っているので目立たなかったのか。
人数は見えている範囲で3人、全員黒いローブにフードを被っているので顔がよく見えない。見えている腕は細く、手には全員ナイフを持っている。
「うちの近くにいるチンピラとは姿が全然違うのだけど!」