1-13 敗北濃厚
「遅いですわー!すぐにこいと言ったはずですわ!」
「荷解きしてたら止まらなくなって、全部終わらしてきました」
「何ゆっくりしていますの!観客の方々もお待ちになっていますわよ」
決闘場所である体育場には、闘技場を模した建物がある。観客の収容人数も、千人規模で入れるように設計されている。流石に入学式当日なのと急な開催だったので、観客は多くないが、それでも半分程度は埋まっている。新入生同士、さっそくの決闘という事で暇になった新入生はもちろん、元々暇をしていた在学生が多いようだ。
闘技場の下から観る景色は壮観で、エマが姿を見せた瞬間のざわつきは凄かった。応援する者、懐疑の念を抱く者など人により反応は様々だった。応援よりも訝しむ声の方が多く聞こえたのは気のせいだろうか。
「では先生、決闘のルールを教えて頂けますか?」
「初日からなんて、毎年血の気が多い生徒は多いわね。おほん、ではルールを説明します」
そこから決闘についての説明が始まったが、要約すると相手を殺したら負け、新入生は上級以上の魔法は使用禁止、前もっての仕込み禁止が主なルールだ。
武器を使う場合は闘技場にある木剣や木製の槍など、殺傷性の低いものに限り、使う事ができる。だが今回は両者共に武器を持っていない。
「ルール説明は以上です。何か質問はありますか?」
「怪我をした時は治して貰えるのでしょうか。痛いのは嫌なんですが」
「そんなもの私が治して差し上げますわ!ちゃんと負かした後にですけどね」
お嬢様でありながらリヴィエラは血の気が多いのか、目をギラつかせている。最早、家を馬鹿にされたというよりも戦いたいという気持ちの方が多そうだ。エマからすればいい迷惑で、退学を回避出来れば良いとしか思えない。
「では、始めます。賭ける願いは「負けた方の退学」。両者、構えて」
エマはスマホを取り出し、魔導書を開く。魔法陣を押せば最初の魔術を発動できる状況だ。一方のリヴィエラは、両手に何も持っていない素手の状態で、姿勢だけを変える。
(まさか、素手?それは魔導具の補佐なしで魔法が使えるから?それとも素手を得意にしている?)
「……始め!」
先に動いたのはエマだ。さっそく魔法陣を押し、魔術を発動させる。発動した魔術は「閃光」。発動すると魔術は待機状態になり、任意のタイミングで魔法陣を展開した部分から強烈な光を出す魔術だ。
場合によっては網膜が焼きつき、一定の間こちらを視認できなくなる。隙をついて無力化するには、1番手っ取り早い方法だ。
問題はどうやって光を当てるかだ。待機状態から解放状態にする時間は早い。しかし光るのは解放した一瞬のみ。完全に当てる事はタイミングを相当狙わなければいけない。
「私との炎舞、楽しんでいただきましょう!」
(演舞?踊る事で発動する魔法?だけどリヴィエラが得意な魔法は治癒のはず。踊って回復されたところで目を潰せば問題ない!)
エマは魔術が発動したのを確認してから、リヴィエラに向かって走り出す。遠距離魔術を撃っても良かったが、魔法との撃ち合いになれば発動速度や連射力の差から確実に押し負ける。
走る速度は遅いので、魔法を放たれれば避ける事は難しい。しかし、『閃光』にはもう1つ効果がある。それは1度だけ、目にも止まらぬ速さで短時間動く事ができる。
なので初撃を対応しながら距離を詰める事ができる。距離を詰めさえすれば、後は殴りかかるだけだ。
(お嬢様相手なら殴り勝てる可能性が……多分ある!)
そこでエマは気づくべきだった。そこまで寄せ付けておきながら、魔法を1つも使わなかった事に。
「まんまと近づいてきて、甘いですわ!」
リヴィエラが1回、2回とその場で回転すると足元から火花が散る。そして3回目で辺りに炎が燃え広がる。リヴィエラの長い赤髪も相まって、炎でできた花のようになっていた。
『気功・炎竜脚』
炎を纏ったリヴィエラの足が竜と化す。ドレスのスカート部分も一緒に燃えているので、少し挙げている片足全部が、竜形の炎になっている状態だ。
(まずっ!次、一歩踏み出したら蹴られる。けどもう止まれない。なら!)
「焼け落ちなさい!せいっ!」
『解放』
発動していた魔術を解放し、エマの体が一瞬の間、うっすらと白く光る。そして蹴り上げられた炎の左足を、一気に加速して横にかわしながら、リヴィエラの背後に回る。
そのままの勢いを殺さず、加速した状態でリヴィエラに、スマホを持っていない左手で殴りかかろうとする。しかし、リヴィエラを取り囲む炎の渦が壁となり、逆にエマの左手が傷を負う。
「あっつ。まさか火を使ってくるなんて、思ってもいなかったよ」
「驚かれまして?私の炎舞は攻防一体。貴女のパンチ程度、食らうはずもないですわ!」
エマはまだジンジンと痛みを感じる焼けた手を振り、走って距離を置く。リヴィエラは追撃をしてくる様子はなく、逃げた先だ状況を整理する。
(リヴィエラは近接格闘を得意としてそうね。炎舞相手に殴りかかるのは無理か)
近接戦を諦めるなら遠距離戦という事になるが、水属性の魔術にはあまり詳しくない。そしてリヴィエラの言から察するに、並大抵の魔術では炎の壁を抜くことはできないのだろう。
魔導書のページを水属性にし、壁を抜けられそうな魔術を探す。スマホを見ながらチラッとリヴィエラの方を見るが、どうやらあちらから攻撃をしてくる気はないらしい。
「貴女のそれ、一体なんですの?初めてみる魔導具ですわね。じっと見てますけど、なにか映ってますの?」
「あー、いや、なにかと言われると困るな」
「ふーん、まあいいですわ。手が動くならそろそろ再開してもよろしくて?」
どうやら手の火傷を心配してくれていたようで、攻撃を止めてくれていたらしい。それは実力が開いているが故の余裕なのか、心根は優しい人だからなのかはわからない。
だが、どちらにせよ悪い人ではやはりないように思える。どうにかして和解してもらい、この戦いを無効にしてもらうのが最善だ。しかし、それが無理だという事はエマでもいい加減わかる。
(上位魔術が使えない以上、一撃ではどの道仕留められない。なら、下位魔術を撃ち続ける!)
『水刃』
手の平に展開された魔法陣から、縦1メートルほどの水でできたブーメラン型状の物を、リヴィエラの方へと飛ばす。それをリヴィエラは、くるんとその場で1回転する事で起こった火の壁で防ぐ。水の刃は服にすら当たらず、完全に火の壁で消されていた。
しかし、そこでエマは諦めない。同じ魔術ならば、魔法陣を一々触らなくても再展開可能だ。そこで止まって魔術を放つのではなく、リヴィエラの周りを走りながら色々な箇所から水刃を当ててみる作戦にでる。
そうすれば防御の薄い場所を見つけられる可能性があると思ったからだ。1発、また1発と撃ち込むが、リヴィエラはその度に回るばかりで変化は見られない。
「くそっ!弱点はないの、この魔法は!」
「甘いですわね。その程度の実力でよく入学試験を突破できたものです」
そう言われてエマは動く事も魔術を放つ事も止める。エマが受けている誤解を解けば、この決闘が終わるかもしれないから。
「そんな事を言われても、私は受験してないもの!」
ここで初めて、歓声以外の声が辺りに広がる。「まさか」や「あいつが?」などと懐疑的な声が多く聞こえる。それもそのはずだろう。受験以外の合格となれば、誰かからの推薦しかあり得ない。つまり、固有魔法などの特別ななにかを持っている可能性が高いのだ。
といっても固有魔法の使い手は貴族が多い分、それ以外の魔法の練度も高い。
「それならば、余計に力をご披露されればよろしいのではなくて?それとも戦闘向きじゃないんですの?」
「そ、そうなの!だからこの試合は無効に」
「駄目ですわ。もしそうなら申し訳ないと思います。ですが見せられない力を除いてその程度なら、誇り高きアールレイの門を潜らせませんわ!」
止まっていたエマに向かって炎を纏ったリヴィエラが突撃する。どうやら時間切れらしく、一瞬で距離を詰められる。
『気功・火拳』
蹴りではなく、今度は伸びる火の拳がエマを襲う。魔導書は水刃を開いていたので、閃光を発動する事はできない。閃光がなければ、リヴィエラの攻撃を完全に避けるのは難しい。
だが、ここでなにもせず負ける訳にはいかない。
『水刃』
右フックと水刃がぶつかり合い、軽い爆発音と小規模な爆発と共に煙が起こる。エマは近距離で水刃を放った為、左手が爆発に巻き込まれる。すでに左手は負傷していたので、思っていたよりも痛みはない。というよりも左手の感覚がそもそもなくなった。
動かなくなった左手を見ると、赤黒い手がむき出しとなっており、思わず自分の手でありながら吐き気を催す。
「貴女、思っていたよりも覚悟がありますわね。まさか自分の手を犠牲にするとは思いませんでしたわ」
煙の中から現れたドレスの少女は、鎮火はしていたがドレスが多少汚れている以外に外傷は見られない。どうやら爆発に巻き込まれたのはエマだけらしい。
(火で爆発から身を守った?火が消えたのはいいけど、これじゃ釣り合いが取れてないね)
「そんな手ではもう戦えないのではなくて?今、潔く降参すれば私が治して差し上げますわよ」
「退学は取り下げてくれます?」
「それはそれですわ。覚悟はあっても実力がなければやっていけませんことよ」
ならば、戦うしかない訳だが、正直これ以上戦える状況ではない。魔術自体は一応、どこからでも展開する事ができる。しかし、片腕が死んでしまったのは大幅な枷だ。元より勝ち筋が見えていなかったにも関わらずでだ。
「これはもう自爆するしかないかな」