1-10 迎えた次の日
「つ、疲れた。まさか家に帰ってから2時間も怒られるとは」
「今日は今までで1番怒ってた。当然といえば当然」
家の前で魔法を使っただけならば、ここまで怒っていなかっただろう。問題はその後に話した命懸けの戦いの方だろう。最初は黙って聞いていたシスターだが、話が進んでいく毎に顔を引き攣らせていった。最終的には角が生えていた気がする。
普段、あんまり怒られないルナも今回は半泣きになるまで怒られていた。普段怒られないからこそかもしれないが。
「ねえ、ルナ?私達はどうしたらよかったんだと思う?」
隣に寝ているルナに話しかける。確かに疲れてはいるが、とてもじゃないが寝れる気分ではなかった。
「あんな誰もいない所にいかない。……でも求めてる答えは違う」
「戦いになって私は全然動けなかった。あいつらが怖かったから。ルナは怖くなかったの?」
あの場面で足を引っ張っていたのはエマだ。ルナはエマを守る為に魔法を使っていたが、エマは何もしていない。ただ怯えて、その場から一歩も動けなかった。距離を取ったり、魔術を使ったりと出来る事はあったというのに。
「私だって怖かった。途中まで私も動けなかった」
「でも動いていたじゃない。私を守ってくれてた」
「それは咄嗟に。姉さんが死ぬと思ったから、守らないとって」
それでもルナは動いた。エマだってルナを、妹を守りたいという気持ちはあった。気持ちだけでは誰も守れない、救えない。
「姉さんはどこか勘違いしている。私達はまだ子供、出来ない事ばかり。だからそんな落ち込む必要は、ない」
ルナはそう言って隣に寝ているエマに手を伸ばし、頭を撫でる。その手はとても心地よく、不安な気持ちが消えていく。
「ルナ、魔法を使った?『ステイブル』とか」
「そうかもしれない。落ち着いたなら今の内に寝ると良い」
「寝る前に、こっちに手を出して。ほら、はやく」
ルナの言う通りなら、エマと同じようにルナも不安を抱えているはず。エマだけ不安を取り除かれたままでは不公平だ。そこでエマは2人の不安をいっぺんに取り除く方法を示す。
エマが手を差し出した所に、ルナも手を差し出す。おずおずと差し出されたその手をエマは強く握りしめる。
「姉さん、ちょっと痛いよ」
「ごめんごめん。でもこうすれば2人で安心、でしょ?」
「ん、そうかもしれない」
そう言い、ルナは目を瞑る。ルナからエマに与えたほどの安心を与える事は出来ないと思っていたが、一応満足はしてもらえたらしい。それな合わせてエマも寝に入る。
「おやすみ、ルナ。私、貴方を守れる、貴方が誇れるお姉ちゃんになるからね。それじゃ、おやすみ」
聞こえているのかいないのか、ルナは目を瞑っているので判断がつかない。今の今まで起きていたので、そんなすぐに寝ているとは思えないが。しかし反応はないのでエマも目を瞑る。手から温もりを感じ、意識は余計に早く遠のいていく。
「…………」
意識を手放す前、ルナが何かをボソッと呟いた気がするが、眠気が勝りエマは意識を手放した。
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次の日、さっそく警備隊はやってきた。今回は最初に会った時と同じように、全身フル装備なので顔を見る事は出来ない。声もこもって聞こえるので、昨日会った人と同じ人かの判別がつかない。エルナーも今日はいないようだ。
昨日、ある程度の話はエマが寝ている間にもルナがしてくれたらしいが、まだその程度の情報では満足していないらしい。
教会に多くある長机の1つに、シスターとエマとルナ、反対側に警備隊2人と鎧をつけていない肌黒の男。
「朝から押しかけてしまい、申し訳ありません。ですが今回の事件は大事ですので理解していただきたい」
「それは別に良いですけど、事件のあらましについてはエマとルナが話したと聞いたのですか?」
「勿論、お伺いしました。ですが私達が知りたいのはエマさんが男に使った魔法についてです」
魔術を使っ後、エマは気絶してしまっていたので、話を聞けていないのは確かだ。ルナにも魔術について詳しくは教えていないので、適当にあしらうしかなかったのだろう。
エマが起きていたとしても詳しく話すつもりはなかった。スマホが元勇者の物で勝手に使っているだけでも不味いが、中身が万能の遺物なので正直に話せば取り上げられかねない。
しかし、ここでシスターにも話していなかった事が裏目に出る。
「エマは魔法を使えないはずです。何かの見間違いでは?」
「そんなはずは……エマさんの左手から魔法陣が出ていたと報告書にも上がっています」
この言いようからして、あの場にいた警備隊ではないのだろう。これなら上手く誤魔化せるかもしれない。
「そうです。私は魔法が使えません。皆さんが型落ちと呼んでいる存在です。ですので私は何も」
「ならば水晶で確かめて貰ってもよろしいですか?教会にはあるはずですよね」
「わかりました。今、お持ちしますのでここで少々お待ちください」
シスターはそう言って立ち上がり、備品が置いてある倉庫に歩いていった。場に沈黙が流れる。エマから警備隊に聞く事は特にないが、強いて言えば盗賊男の安否くらいだろう。
しかし、沈黙を崩したのは今まで黙っていた謎の肌黒男だった。
「お前がエマか。左の金髪ではないのか?」
「私がエマですが、それはどういう意味ですか?」
「いやなに、隣のやつがやったのならば、まだ納得していたのだがな」
続きに何を言おうとしているかはわかる。この男が黙っていたのは鼻から信じていなかったからなのだろう。今、浮かべている笑みも好意的なものではなく、どちらかと言えばあの男と同じ嘲笑だ。流石にあの男ほど邪悪な笑みではないが。
「まあ良い。お前自身が型落ちだと言っているのだからな。」
「ですが、実際に見た者がいます!エルナー様もその場にいたようです」
「あいつの魔法知識など役に立たん。納得いかないというなら水晶を見ていけば良いじゃないか。俺は先に戻らせてもらうがな」
帰ってくれるなら好都合だ。あまりこの男に見られていたくない。この男の眼からは何か異様な力を感じる……気がする。
「俺の名はリンウッド。リンウッド・ハイメイだ。覚えておくと良い」
リンウッドは立ち上がった瞬間、指を鳴らす。すると男の体が紫に光ったと思うと、次の瞬間には体が消えていた。紫の光から察するに転移魔法の1つだろう。転移魔法を使える人間は限られているらしいので、エルナーをぞんざいに扱えるほど立場が上なのかもしれない。
「あの人はまた勝手に。折角ですので私達は確認させてもらいますね」
(確認するまでもなく、私は型落ちなんだけど。でもこの人達真面目そうだもんね。きっと苦労してるんだろうな)
「持ってきました……って1人帰りました?」
「気にしないで下さい。っとこれが神殿だけが保有している属性感知の水晶ですか」
「久しぶりに見ました。限られた場所にしかないと聞いた事がありますね」
実際、シスターも大事な物だと散々エマとルナに言い聞かせていた。勝手に使った時は初めてこっぴどく怒られた。あの時のシスターの顔は、何時になっても忘れられない。
「では、早速初めて下さい。エマさん以外の方は少し離れていただいて。私がしっかり見させて頂きます」
そんな事を言われなくても、隠す気は更々ないのだがこれも業務の1つなのだろう。隠す気はないと言っても何回も見せたくはないので、しっかり1回で疑いを晴らすとしよう。
机の上にしっかりと置かれた水晶に向かって手をかざす。属性を調べるのは簡単だ。魔法や魔術を使う要領で、水晶に向かって魔力を注げばいい。
そうすれば自身の、魔力属性の適性が色でわかる。わかるのだがエマの場合は前と同じならば、透明に光るはずだ。少し待つと、水晶が光を放ち始める。
(ここで色が出ることを期待する自分と、出た時に巻き込まれる厄介事は避けたい自分がいるな。でもどうせなら出て欲しい!)
しかし、期待とは裏腹にやはり色は透明から変わらない。だが、以前よりも輝きは増しているような気がする。
これで魔法が使えない証明にはなったが、警備隊はどこか気になる点があるらしく、水晶が光だしてからずっと唸り続けている。
「あの、これで大丈夫ですよね?」
「ああ、ええっと、すいません。シスター、これっておかしいですよね」
「そうね、おかしいわ。そういえば前もエマの時に故障していた気がするわね」
警備隊はそう言い、水晶の方を指差している。魔導具はそもそもの性質として、そうそう壊れない。誤作動を起こす事もそうそうないが、ごく稀にはあるらしい。
シスターの言い方的に、壊れていると言っているのは水晶が透明に光った事だろう。
「私の記憶違いじゃなければ、水晶は何色かに光るか完全に光らないかのどちらかだったはずですよね」
「そうです。型落ちの方逹は普通、魔力がないので何も光りません。ですが、エマの場合は」
そこでシスターは水晶を指差す。指差された水晶は透明ではあるが、煌々と輝きを放っている。
「つまりエマさんは魔力はある。だけど属性はないので魔法は使えない、という特殊な事例……ですか」
「そうなります。エマ、自分の事なのです。何か気付いていますか?」
何かに気づいているかと言われれば、何も気づいていない。スマホで他人の状態を見る事は出来ても、自分の事を確認する事は出来ない。ただ、魔力がある分、魔術が使える事を知ることが出来た。それをシスターには話しても良いが、警備隊には言いたくない。つまり、この場で言うことは1つ。
「何も!知らないです!」
エマは元気に嘘をついた。