1-1 1人の少女
魔法がある世界、それは便利な世界であることに間違いはない。しかし魔法は誰にでも使えるものではない。これは転移される異世界を描いた物語。
魔法と呼ばれている奇跡が私の世界には存在している。それは体内や大気中にある魔力を用いて不可能を可能にする理を超越したもの。魔法で発展してきた世界において優劣は魔法の才能1つで決まる。けれど、生まれた時点で勝敗が決まっているこんな理不尽な世界は……本当に必要なの?
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鬱蒼と木々が生い茂る山の麓にある古びた教会の庭で、朝日に晒され光り輝くエメラルドグリーンの髪を揺らす少女が杖を掲げ詠う。
少女が両手で握っている杖は少女の身長とほとんど変わらない大きさだ。形状はシンプルな木の杖で、先端に輝く小さな宝石のような物が付いている。
"水霊よ、僅かに清めの力を分け与えたまえ" 『クリアウォーター』
木で出来ている桶の上に、魔法陣とその上に球状の白い小さな塊が現れる。塊は段々と大きくなっていき、拳ほどの塊にまで成長したかと思うと、「パンッ!」という破裂音が隅々まで手入れされている庭に鳴り響く。
衝撃に驚いて閉じてしまった目を開けると、集まっていた拳サイズの光と魔法陣は消えていた。残っていたのは桶と中にたっぷりと入っている今朝洗濯に使われた水のみだ。
桶の中に入っている濁った水に変化はない。つまり今発動しかけていた超常現象、"魔法"の失敗を意味している。そう、桶の前でしゃがみ込む少女は魔法を1つも使うことの出来ない欠陥人間だ。
この世界には魔法がある。魔法は元素である火・水・土・風の4つに反元素とされる光と闇と空間を加えた7つの神に対応した属性を司っている。
生物は1つ以上の属性適性を生まれた時に神から授かる、とされている。どれだけ努力しようとも後天的に増やす事は出来ない。適性が無ければその属性の魔法を発動する事は出来ないので、才能で決まる世界とはそういう事である。しかし何事にも例外はある。
例えば天使や悪魔、精霊などの高位的存在に加護として付与される事がある。しかし、それは勇者や英雄などと評されるような存在にのみ限った話で、一般的ではない話だ。
そして逆の場合による例外。適性を持たず生まれてきた魔法世界の異物。稀にしか現れない為、正式な名前はつけられてはいないが陰ではこう呼ばれている。
『型落ち』と。
「発動はしている訳だから手順を間違えている訳じゃないよね?」
地面に置かれている魔法参考書と桶を交互に見る。これで何度目の失敗だろうか。魔法は発動に失敗したとしても魔力は消費する。昨日から回復しきっていない魔力の低下と幾度とない魔法の発動失敗による心へのダメージで、まだ1日は始まったばかりだというのに途方もない脱力感に苛まれていた。
「汚れた水を綺麗な水にするだけの下位魔法ですら1度も成功しないって事は、やっぱり私には水の適性すらないのね」
予想はついていた、というよりも一縷の望みに賭けていたという方が正しい。属性適性を検査する魔導具が各教会にはある。6歳になると子供は全員、大まかな魔力量と属性適性を調べる事になっている。
形は手のひらサイズの玉状で、普段は透明だが、魔力を通した時は属性色に光る機能がある。6年前にこれで魔力適性を測った訳だが、いざ魔力を通してみると玉は透明のまま光っただけだった。
(つまり私には属性適性が1つもないという事の証明。当時、シスターは道具の故障だと言っていた。だけど6年間色々な属性の魔法を試してみてわかった。私は何の役にも立たない……)
そこまで考え、思考を止めた。思い切りため息を吐いた後、一気に息を吸い込み思考を切り替える。卑屈になりすぎるのも体に良くないと考え、杖を上に思い切り振りかぶる。
「やっぱり魔法に! 頼る道は! 諦めた方が! 良さそうね!」
杖を思い切り地面に何度も刺す。地面は昨日、雨が降っていたので柔らかい。そのせいもあり、杖は3分の1ほど埋まってしまった。シスターに見られでもすればお叱りは免れないだろう。
「エマ、また失敗したの?」
「ひっ!シスター……いつから見ていたの?」
教会の裏口からエマを覗く銀髪の女性が現れる。彼女はこの教会に唯一居るシスターで、中央にある協会の本部から教会の管理を任されているという名誉ある仕事らしい。こんな田舎なのだから左遷という訳では無いのだろうか。
朝から私服の代わりとして律儀に纏っている容姿端麗な修道服姿は、朝焼けを受け輝いて見える。正に神々しいとはこの事だろう。
「水霊よ、の辺りからね!とても綺麗な爆発だったわ!」
シスターはお茶目な顔をしながらこちらへと近いてくる。
「殆ど最初からじゃない!何で声を掛けてくれなかったのよ!」
「私が出て行ったら練習の邪魔になると思って……ね?」
それっぽく取り繕ってはいるが、シスターはただ私の事を観察していたかっただけだろう。シスターでありながら趣味が人間観察なのは聖職者としてどうなのだろうか。
「私がどれだけ練習しても魔法を使えないの知ってて言ってるよね!」
「まあまあ、落ち着いて?」
シスターはそう言い手を向ける。すると手の先に魔法陣が現れ、黄金色に光りだす。
下位光属性魔法「ステイブル」掛けた対象の精神を安定させる魔法。これが不発ではない本当の魔法だ。
「どう?落ち着いた?」
「……気分は最悪だけどね」
魔法で強制的に沈静化させられるのは決して良い気分ではない。というより気持ち悪い。
それに魔法を使えないで傷心している相手を魔法で治癒するなんて、シスターに人の心はあるのだろうか。こんなのが聖女なんて呼ばれているのは本当にどうかしている。
「私には時間がないのシスターも知っているでしょ?」
「知っているけれど本当に受験するつもりなの?アールレイ中央学院を」
「当たり前よ。例え魔法が使えなかったとしても私は合格してみせる」
アールレイ中央学院はこの世界と同じ「魔法至上主義」だ。そんな所に魔法も使えない人間が合格出来るかと言われれば不可能だろう。しかしエマの様に魔法を使えない人間が過去合格した事はないかと言えばそうではない。
つまり可能性は0ではないという事だ。
「何も学校に通うだけが正解じゃないわ。ここで今と同じように私と一緒に働いていてもいいのよ?」
エマとシスターが働いている教会は常に人が足りていない。稀に中央からシスターの友達が手伝いにやってくる時以外は、シスターがほぼ1人で教会業務を切り盛りしている。エマ達も実務の方を少し手伝ってはいるが、それでも大半の業務はシスターが行なっている。
なのでここに居て働き続けると言うのも悪くはない。どの道魔法の使えないエマは碌な職業に就けないのだから。それならば確実に職がある教会の方がエマの為になると言える。
「悪いけれどシスター、私には目的があるの」
(私に属性を失う呪いをかけた奴を見つけ出して……その後は…………殺してやるわ)