AYAKASHI✰︎ハプニング
町外れの小さな神社。
ここは自然に囲まれ、心を休ませたい、と思う者が立ち寄る場所である。
だが、変な噂も広がっている。
ー人ではない何かが居る、と…ー
夏の暑い日。
町外れの神社は昼間でも、木が日陰となりあまり暑さを感じられなかった。
そこに1人の少年がやって来た。
転入してきてなかなか馴染めず、引き寄せられるように来た場所がこの神社であった。
ザッザッー
境内に近付くにつれ、箒で履く音が聞こえてくる。
掃除をしている人物は女の人だ。
長い髪を後ろで一つにくくり、白い巫女の服を着ていた。
女の人は少年の気配に気付いたのか、履いていた手を止めゆっくりと振り返った。
そして少年と目が合うと微笑みながら口を開いた。
「こんにちは」
これが少年と女の人との出会いだった…。
ある晴れた日、神社の境内を掃除している1人の女の人がいる。
そこに少年は小走りで嬉しそうな顔をしながら近づいて行く。
「天音さん!」
天音と呼ばれた女の人は少年の声に気付き顔を上げた。
「こんにちは、有也君。今日はもう学校は終わったのですか?」
有也と呼ばれた少年は女の人の前に立つと嬉しそうに「うん!」と答えた。
女の人の名前は沼神天音。
神社の巫女である。
この神社には何故か天音1人しか居ない。
天音の年齢は大体19歳ぐらいだろうか。
神主さんも居らず何故ここに1人で居るのか、その答えは分からない。
少年の名前は市沢有也。
約1ヶ月前に初めてこの神社に来て、天音に一目惚れをして以来毎日のように来ている。
有也は高校2年生で、近くの高校に通っている。
「毎日この神社に来て楽しいですか?あなたの歳なら同級生と遊びたいとしごろじゃないのですか?」
「んー…でも俺の、天音さんといる方が楽しいし、面白いものばっかり見せてくれるし、あの子達にも会いたいしね」
「そうですか?嬉しい事を言ってくれますね」
天音が裾で口元を隠しながら笑う様子を隣で見ていた有也は、頬が赤くなるのが分かった。
「今日もさ、会わせてくれるんでしょ?」
赤くなる頬を隠すように話を逸らすと、天音は小さな溜息をつきながら苦笑した。
「あの子達に会っても怖がらないのはあなただけでしょうね」
苦笑しながら地面に何か文字と陣みたいなものを書き込んだ。
そして自らの腕にも文字と陣を書き込み、思いっきり両手を叩いた。
すると腕に書き込んでいた文字が一瞬にして八方へと飛び散り、結界が張られた。
この結界が張られている間は周りから神社が見えなくなり、ある者達が現れる。
「ゆうやだー!」
空から幼い何者かの声が聞こえ、有也は素早く反応した。
そしてそのまま落ちてきたモノを受け止めた。
「きょうはくるのおそかったね!」
「おれたちさみしかったんだぞ!」
「ごめんごめん、今日は掃除当番だったんだ」
「そうじとうばん?」
落ちてきたモノとは、人の形をしているが背中から羽の生えている男女の双子の子供だった。
この2人以外にも変わったモノが沢山いる。
そう、これらのモノは世でいう『妖』というものだ。
人前に出ると驚かれるので普段は姿を隠して生活をしている。
「掃除当番はねー」
首を傾げて問う双子に有也は分かりやすく説明をした。
双子は鳥の妖で名前は燕と宙。
まだ小さな子供のわりに妖の力は強い。
楽しそうに話す3人を見て、天音は微笑ましそうに見ていた。
「あんた、また今日も来ているのかい。飽きないねー」
木の上から声が聞こえてきた。
声の主を知っているからか、4人は笑顔になった。
「飛龍さん!」
「ひりゅうさまー!」
燕と宙は有也の元から離れ、飛龍の元へと行った。
飛龍は髪が長く、真っ赤だ。
元の姿は大きな龍の形をしており、この神社を守っている神だ。
「まあ、私としてはあんたが来てくれた方が楽しいけどね」
クツクツと喉の奥で笑い、ゆっくり有也の元へ降りてきた。
「今日もこの子達と遊んでやってくれるかい?」
燕と宙の頭を撫でながら有也を見ると、双子は目を輝かせた。
「ゆうやー!むこうにいこー!」
「はやく、はやく!」
双子に手を引かれながら有也は神社の裏へと消えて行ってしまった。
「あの子がここに来てから、ここに居る妖達が明るくなったように思うよ」
「そうですね、あの子達も人間が嫌いだったのに…」
「天音、あんたもだよ」
「え…?」
優しい手つきで天音の頭を撫でながら、昔の事を思い出すように言った。
「あ…私、掃除の続きをしますね」
思い出したかのように箒を持って立ち去ろうとした。
「天音、あんたもあの子達の所に行ってきな。折角有也が来ているのに1人だけ混ざらないとか可哀想だろ?」
「え、でも……いいのですか?」
眉を八の字にして聞く天音に、飛龍は微笑みながら頷いた。
それを見た瞬間、花が咲いたような笑顔になり「行って参ります!」と箒を立て掛け、有也達の方に走って行った。
「天音も可愛いんだからねぇ」
可愛い我が子達の姿に笑いながら、元いた木の上へ戻って行った。
「あ!あまねもきたー!」
「あまねー!」
双子は手に持っていた花の冠を持って、天音の方へと走って行った。
天音は自分の元へ駆け寄る双子を受け止めてやんわりと笑った。
「あのねー、これあまねにあげるー!」
花の冠を頭に乗せた。
「ありがとうございます」
嬉しそうに笑う天音を見て、有也は心が暖かくなるのを感じた。
「天音さん、俺からもプレゼント。今日誕生日って知らなくてこんなものしか用意出来なかったけど…」
「え、いいのですか?」
目を見開き驚いていると「当たり前だよ」と返事が返ってきた。
「もっと早くに知っていたらきちんとしたプレゼント送れたんだけど…。今度プレゼント用意するから今はこれで我慢してね」
そういうと花で作った首飾りを天音に掛けながら、申し訳なさそうに言った。
「いえ、これで結構です。最高のプレゼントですから…」
花の首飾りを両手でそっと包み込み、目を細めながら微笑んだ。
「あまねうれしそう!」
「よかったね!」
双子は天音の周りをくるくると回りながら言っていた。
「2人共、回りすぎると目が回って倒れるぞ」
有也が大きな声で言うが全く聞いておらずまだ回っていた。
「あ!」
とうとう目が回ってしまったのかふらつきながら横に倒れた。
ギリギリの所を有也と天音出受け止めたが、重力に負け、四人共花畑の上へ倒れてしまった。
「はは…っ」
一瞬の沈黙の後、有也が肩を震わせ笑いだした。
「あははははは!」
有也が大声で笑うと、それにつられたのか双子と天音も笑い出した。
「おやおや、仲のいい事だねぇ」
飛龍が木の上から4人を見下ろし、喉の奥で笑っている。
「ところで有也、もう外が暗いけどあんた大丈夫なのかい?」
「え?…………あー!やべっ今日姉貴が遅くなるから家事頼まれていたんだったー!」
有也は飛び起き叫ぶと、双子は耳を抑えていた。
「ゆうやうるさいー!」
「ごめんごめん!天音さん、俺今日はもう帰ります!飛龍さんありがとうございました!」
有也は頭を深く下げ、手を振りながら走って行った。
「ゆうや、あしたもくるー?」
「おう、来る来る!2人共待っとけよ!」
双子は有也の両側を飛びながらついて行った。
「やったー!」と言いながらまた回り出す双子に「程々にしないとまた倒れるぞ」とだけ言い残し境内から出ていった。
有也の姿が見えなくなるまで天音は寂しそうにその姿を見ていた。
飛龍はどこか嬉しそうに微笑みながらそんな2人の様子を後ろから見ていた。
「有也ー!」
市沢家に女の人の声が響き渡った。
「あんた、今日は私遅くなるから家事しといてって頼んでたわよね?どうして私の方が先に帰っているのよ!」
「い、いたっ…ちょっと待って、姉貴!」
「うるさい!今まで何をしていたの、あんたは!」
有也の姉、雪野が近くにあったクッションで有也を叩いていた。
「ちょっと神社に行ってたんだよー」
「神社…?」
”神社”と聞こえた瞬間、雪野の手が止まった。
「神社って…町外れの…?」
「うん。俺、毎日行ってるよ?」
平然と言う有也に雪野は顔を青白くさせた。
「あ、あんた…その神社に変な噂あるの知らないの?」
「変な噂?」
少し声を震わせて言う雪野の有也は首を傾げた。
「人じゃないモノが住んでいるとか、夜近くを通ると小さな子供の笑い声が聞こえるとか、真っ赤な長い髪の人が夜な夜な龍の姿に変わっているとか…。あそこには巫女が1人しか居ないのも不思議だし、1人しか居ないのに何者かの気配を感じたり…他にも沢山話は聞くよ?」
ー燕と宙と飛龍さんと天音さんの事だ…ー
顔を青白くさせて言う雪野とは反対に、有也は遠い目をしていた。
「とにかく、変な生き物が住んでいると言われている神社なのよ。神隠しにでもあったらどうするの」
「へー…でも変な生き物じゃないと思うんだけどなー…うん…」
「…何でそんな、あの神社を庇うような事を言うの?神社にいる巫女に何か言われた?何かされた?」
雪野が震える手で有也の肩を掴み、質問をしてきた。
「…あの神社にはもう行かないで…。お願い、有也の事が心配なのよ…。唯一の肉親であるあんたまで居なくなると……もう……」
「俺の事は大丈夫。心配ないよ。でも…」
雪野がどれだけ有也の事を心配しているのか痛いぐらい伝わってくる。
それもそうだ。
2人には両親が居なく、唯一の肉親はお互いしか居ないのだから。
だけど…。
「天音さんのこと!あの子達の事…神社の事を悪く言わないで…」
やっぱり自分が好きな人達や場所を悪く言われては、有也でもいい気はしない。有也は静かに言うと、姉の横を通り過ぎ自分の部屋へと行ってしまった。
「あの子達…?」
ただ1人、その場に残された雪野はポツリと呟いたが、誰にも聞かれることがなく消えていった。
「…そんな事を言われていたのかい」
有也は次の日もまた神社に来て、昨日姉に言われた事を飛龍に話していた。
「何も知らないのに、悪く言われるのが嫌なんです…」
俯いて、膝の上に拳を作りながら歯を噛み締めていう有也に、飛龍は「そうかい」と言って手を顎へと持っていった。
「でもあんたはここに来てもいいのかい?あんたも悪く言われるんじゃないのかい?」
「俺はいいんです。俺を悪く言うのはいいいんです。けど…飛龍さんや天音さん、燕や宙、それに神社の事を悪く言われるのは許さないんです……。それに…」
有也は俯いていた顔を上げ、はにかんだ様な顔で笑いながら言った。
「燕と宙に”明日も来る”って約束しましたしね」
「…そうかい」
飛龍は嬉しそうな顔で笑い、大きな手で有也の頭を撫でた。
「ゆうやー!」
いきなり後ろから飛びつかれた有也は前に倒れてしまった。
「おやおや」
「ゆうや、これあまねにもらったのー!」
飛び付いてきた燕と宙は、有也の上に乗ったまま真っ白な花を見せた。
「2人共、上から降りてあげな。苦しそうにしているよ」
「ご、こめんねー!」
「ぐへっ」
慌てて降りたのはいいが、足に力を入れてしまい有也を思いっ切り踏んでしまった。
変な声が出たと思ったら有也は動かなくなってしまった。
「ゆうやー!しんじゃやだー!」
「ゆうやー!」
双子はこれ程かと言うほど身体を揺すぶりながら泣いていた。
「し……しぬ……」
「あんた達、もう止めておかないと本当に有也が死んでしまうよ」
有也の口から半分魂が抜けているように感じる。
パコンッパコンッー
乾いた音が聞こえたと思ったらハリセンを片手に持った天音が立っていた。
「あまねいたいー」
「もう、いい加減にしなさい!有也君が白目向いているでしょ!」
双子はは天音に叩かれた所を抑えながらバッと一気に有也を見た。
天音の言う通り白目を向きながら仰向けで倒れていた。
「ゆうやもどってきてー!」
「しんじゃやだー!」
「こら!」
また飛びつこうとする双子に天音は慌てて捕まえようとしたが、伸ばした手は空気を掴んだ。
「あんた達は本当に落ち着きがないねぇ、それだと立派な妖になれないよ」
少し離れて見ていた飛龍は有也にに近付こうとする双子を片手で意図も簡単に捕まえた。
「ひりゅうさまー…」
眉を八の字に下げて見てくる双子に、飛龍は微笑んだ。
「ほら有也、あんたももう起きな」
「ん…」
小さく唸ったと思うと、一気に覚醒したのか起き上がった。
「俺は何を…」
頭を抑えながら今起きたことを思い出そうとしていた。
「ゆうやがいきてた!」
「やったー!」
双子は飛龍の腕からするりと抜け出すと、有也の周りをくるくると回っていた。
中心にいる人物は訳もわからず頭に?を浮かべていたが。
そんな有也を見て、飛龍と天音は笑っていた。
「あんたは本当に面白いねぇ」
「わ、笑わないでくださいよ!」
「本当に…あんたがいると退屈しないですむよ…」
クツクツと喉の奥で笑って、小さな声で呟いた。
気が付くと辺りは暗くなり、静寂に包まれていた。
「あ、俺そろそろ帰らないと…」
有也は空を見上げ、ポツリと呟いた。
「早く帰らないとあんたの姉が心配するんじゃないのかい?」
「そうですね…俺、今日は帰ります」
すくりと立ち上がると天音が口を開いた。
「あの、有也君…」
「なぁに天音さん?」
「明日…明日もまた来てくださいますか?」
申し訳なさそうに小さな声で問いかける天音に有也は鼓動が跳ねるのが分かった。
「うん!勿論!」
今までで1番の笑顔を見せて笑う有也に天音はホッとしたような顔になり微笑んだ。
「じゃ、じゃあまた明日!」
有也は真っ赤になった顔を隠すように背を向けて走って行ってしまった。
「可愛いねぇ」
木の上から見ていた飛龍は微笑みながらポツリと呟いた。
「や、ばい…。天音さんのあの顔反則すぎ…」
家に帰ってもまだ顔の熱は収まらず、赤く染まったままだった。
「ただいまー…ってあんた凄い顔赤いじゃない」
帰宅してきた雪野が有也に気付き、近付いてきた。
「何かあったの?風邪?」
「何にも…ない!」
「…そう?」
どこか様子が可笑しかったが、雪野はこれ以上何も聞いてこなかった。
次の日の授業中、有也は昨日の事を思い出す度頬が緩んでいた。
それを隠すように机に肘を置き、手で口元を覆っていた。
ー早く…神社に行きたいな…ー
チラリと外を見て、木の間から少しだけ見える神社を見た。
放課後になり、有也は鞄を持ち急ぐように教室を慌ただしく出て行った。
校門に行くと、見慣れた人物が立っていた。
「姉貴…」
「有也、やっと来たわね」
雪野は有也に気付くと近付いてきた。
「何でこんな所に来てるんだよ」
「可愛い弟と一緒に帰ろうと思ってね」
「仕事はどうしたんだよ…」
「今日は早く仕事が終わったの。姉弟水入らずで一緒に帰りましょ?」
「…」
有也は黙って下を向いてしまった。
「どうしたの?」
「俺…行きたい所があるから姉貴は先に帰っていてくれ」
「もしかして…神社?」
眉間に皺を寄せて聞く雪野に、有也は黙って頷いた。
「だめよ!前にも言ったじゃない!」
「でも!どうしても行きたいんだ!あの神社には待っている人達がいるから」
「人達って誰?あの神社には1人しか居ないじゃない!」
「…姉貴には分からないよ…」
歯をかみ締めて言った後、有也は走って行ってしまった。
「有也!」
少し前を走って行ってしまった有也を慌てて追い掛けて行った。
「天音さん!」
境内を掃除していた天音を見付けると、そのまま抱き着いた。
いきなりの事に驚いた天音は、顔を赤くさせ口をぱくぱくしていた。
「有也、今日は何だか大胆だねぇ。天音が魚みたいになっているよ」
木の上からするりと降りて来て、飛龍は2人の横へとやって来た。
「こんにちは、飛龍さん。天音さん、すみません」
名残惜しそうに離れると、天音は顔を赤くして黙ったまま顔を思いっ切り横に振った。
「あまねだけずるいー!」
「ゆうや、だっこ!」
双子が上から落ちてきて有也に抱き着いた。
「はいはい」
苦笑しながら抱き上げると双子は嬉しそうに首に抱き着いた。
そんな時だった…ー
「誰かここに入って来たねぇ…」
飛龍は入口の方を見ていた。
目が金色に光り、鋭い目付きで睨んでいる。
「あんた、誰だい?」
人の姿が見えた瞬間、飛龍は冷たく言い放った。
有也は固まり、目を見開いている。
「有也…」
神社に入って来た人物…雪野は有也の名前を呼んだ。
有也の名前を聞いた瞬間、天音は傷付いた様な表情になり、2人を交互に見ていた。
一歩、一歩と近付く雪乃は、有也しか見えていない様だった。
「何で…ここに…」
驚く有也の前に飛龍が立ちはだかり、これ以上近付かないように雪野の前に立った。
「…あなたは…誰ですか…?」
立ちはだかる飛龍の目を見ながら雪野は尋ねた。
「その前に、あんたとこの子の関係は何だい?何で入って来れたんだい?」
「私は…有也の姉の雪野です。入って来られたって…どういう意味ですか?」
有也の姉と聞いた瞬間、天音の顔は安心しきった顔になった。
「…姉弟の血、という事か…」
飛龍は顎に手を当ててポツリと呟いた。
「それで…あなたは誰なんですか?」
「私かい?私はここに住んでいるモノだよ。この子達とこの神社を守っている神…かねぇ」
「え?」
神、と聞いた瞬間雪野は信じられないような顔で眉間に皺を寄せた。
「私のこの姿は仮の姿だよ。本当は龍さ。まぁ、あんたが信じてくれたらの話何だけどねぇ」
「わたしは、つばめー」
「ぼくは、そら」
いつの間にか有也の腕の中から抜け出したのか、急に雪野の両側に現れた双子に雪野は驚いて一歩下がってしまった。
よく見ると2人は浮いている。
「ななな…っ!」
雪野は訳が分からず尻餅をついてしまった。
「この子達は”鳥”の妖なんだよ」
飛龍は尻餅をついて指を差している雪野に可笑しそうに笑いながら言った。
「姉貴、大丈夫?」
有也は雪野の目の前に立ち、手を差し伸べた。
「え、ええ。ありがとう」
手を取り立ち上がるが、まだ信じられないようでふらついている。
「ゆうや、むこうであそぼー!」
「はやくいこー!」
双子は早く有也と遊びたいのか両手を握り、引っ張っている。
「ちょ、待って!」
雪野の言葉は虚しく、有也は神社の奥へと消えて行ってしまった。
「おやおや、あの子達は話も聞かないで…。すまないねぇ」
チラリと雪野を見ると、顔を青白くさせ、有也の消えて行った方を見ている。
「あんた、大丈夫かい?顔色が悪いよ」
「あの子は…あの子は殺されたりしないの?妖なんでしょう!?」
雪野は飛龍の胸元を掴みながら叫んだ。
「…あの子達が妖でも、絶対に人は殺しません。有也君はそれを分かっていて、ここに来て、あの子達と遊んでくれているのです。…何も知らないのに…そんな事言わないで、下さい…」
今まで黙っていた天音が雪野の前に立ち口を開いた。
有也と同じ事を言う天音に、飛龍は少し目を見開き驚いていた。
「天音、この子を有也達の所に連れて行ってあげな。それで納得してくれるだろう」
「分かりました。それでは私に着いて来てください」
天音は背を向けて歩き出した。
その後ろを慌てて雪野は追い掛けて行った。
「あの子にも理解してもらって…ついでに有也と天音の事も応援してくれるといいんだけどねぇ」
後ろ姿を見ながら呟き、木の上へと戻って行った。
「あなたが天音さんだったのね」
ポツリと言う雪野に、天音は「え?」と聞き返した。
「つい最近ね、有也と喧嘩をしてしまったの。ここの神社の事についてね。私、無神経な事を言っちゃって。その時にあなたの名前が出てきたの」
「そうですか…有也君が…」
「初めは驚いた事ばっかりで、世間の噂に飲まれちゃったけど、あなた達を見ていると大丈夫かもっていう気になってきちゃった」
「…」
「無神経な事言ってごめんね。ちゃんとこの目で確かめてから物事を言わないとダメね」
苦笑していう雪野に、驚きつつも嬉しくもあった。
話をしていると有也達がいる場所へと到着した。
そこは一面花で埋め尽くされた花畑だった。
「あまねだ!」
燕は天音に向かって飛んできた。
宙は有也の膝に乗ったままだ。
有也は宙を抱き上げると、天音と雪野の元へとやって来た。
「天音さん、プレゼント!」
言葉と同時に花の冠を頭の上に乗せた。
満面の笑みで言う有也に恥ずかしくなり、頬を赤くして俯いてしまった。
「どうしたの、天音さん?」
急に俯いた天音に、有也は顔を覗き込むようにして見た。
すると、先程より顔を赤くさせると、次は固まってしまった。
「有也、天音を虐めないでおくれ。これ以上近付くと倒れてしまうよ」
「ええ!大丈夫ですか、天音さん!?」
一瞬にして天音から離れた。
「あまね、かおまっかっかー」
「たこさんだー」
双子はケラケラと笑っていた。
そんな風景を見て、雪野はわらってしまった。
「有也がここに来てしまう理由、やっと分かったわ。こんなにも楽しくて、いい人や可愛い子達に囲まれて、しかも好きな子が居たら毎日でも来ちゃうわね」
「姉貴!!!」
爆弾発言をする雪野の口を慌てて塞いだ。
「仲のいい姉弟だねぇ」
飛龍は片手で口元を隠しながらクツクツ笑いながら言った。
「もう理由も分かったし、先に帰るわね。それと…」
やんわりした顔で微笑みながら全員の方を見た。
「私も時々来るわね!」
そう言うと雪野は帰って行ってしまった。
有也はまだ顔の熱が収まらず、赤い顔のままだった。
「やっぱり姉弟ですね。妖を見ても怖がらないなんて」
天音は嬉しそうに微笑みながら雪野が帰って行った方を見ていた。
「有也、有也」
飛龍がちょいちょいと手招きをしている。
有也は飛龍の元へと行き、耳を近付けた。
「あんたの気持ちをきちんと伝えないと、あの子は気付かないよ?」
「…分かっています…でも…」
「離れて行ってしまうのが怖いって?」
「はい…」
有也は双子と一緒にはしゃいでいる天音を見た。
そんな有也と天音を、飛龍は交互に見ている。
「大丈夫だと思うんだけどねぇ。どうしたものか…」
顎に手を当ててどうするか考えていた。
「天音さん、飛龍さん、燕、宙。今日はもう帰ります。あまり遅くなると姉貴も心配すると思うし…」
辺りは暗くなっている。
「ゆうや、あしたもくるー?」
「あしたもあそんでくれる?」
「あぁ。一緒に遊ぼうな」
双子の頭を撫でながら言うと、嬉しそうに2人で腕を組んでくるくると回り出した。
「これこれ、また回っていると倒れてしまうよ」
回っている2人の頭を抑え、飛龍は困ったような顔で笑った。
「じゃあ天音さん、また明日来ますね」
「はい。待っています」
微笑みながら言うと、有也も自然と笑顔になる。
ー幸せだな…。やっぱり天音さんの事が好きだ…ー
心に秘めた思いは日に日に大きくなっていく。
「天音さんやっぱり可愛いな…」
次の日、学校で有也は天音の笑った顔を思い出し、自然と頬が緩んでいた。
「おーい、有也。さっきから何にやけてんだよー」
クラスで1番仲のいい誠人が話しかけてきた。
「何にもないよ」
「嘘ばっかり。あ、彼女出来たとか?」
面白半分で聞いてくる誠人に、有也は一瞬にして顔を赤くさせた。
予想外の答えに誠人は信じられないように震える声で問いかけた。
「じょ、冗談だよな…?俺より早く彼女が出来るなんて…」
「どういう意味だよ…。まだ彼女じゃないんだけど、今日告白するつもり」
真剣な顔をして言う有也に驚きはしたものの「頑張れよ」と微笑みながら背中を軽く叩いた。
「上手くいったら教えてくれよ!」
「おう!」
応援してくれる友に心の決心が着いたのか、頭の中でシュミレーションを何度もしていた。
有也は学校の帰り道、アクセサリーショップへと寄っていた。
男1人で入るには勇気が入りそうな可愛らしい内装の店だ。
だが、今の有也にはそんなことは関係ない。
ただ、天音に似合う物を選ぶので頭がいっぱいだった。
「どれが似合うかな…やっぱりネックレスとかの方がいいかな…」
沢山あるアクセサリーから選ぶのは大変だが、嬉しそうに笑う天音の顔を思い浮かべていると、選ぶのも楽しくなってくる。
「あ、これ天音さんに似合いそう!」
手に取ったのは赤いハートの形で、その両端に羽が付いているネックレスだった。
「ぷっ、この両端の羽、燕と宙みたいだ」
見れば見る程、燕と宙に囲まれた天音みたいに見えてくる。
「これにしよう…喜んでくれるかな…」
思ったより時間が掛かってしまったがいい物が買えて満足気だ。
「いつもお世話になってるし…飛龍さんと燕と宙にも何か買っていこう…」
またアクセサリーを見て回ると、目に入ったのは青と緑のお揃いのブローチと、細かい装飾で飾られている簪だった。
「これ…3人に似合いそう…。よし、この3つにしよう!」
レジでプレゼント用に包装してもらい、大事そうに胸に抱えながら神社へと向かった。
慣れないアクセサリー選びに時間が掛かってしまい、いつも神社へ行く時間よりだいぶ遅れてしまっていた。
神社の中に入ると、境内を掃除していつも笑顔で迎えてくれる天音の姿が見当たらない。
いつも飛んでくる燕と宙がいない。
木の上を見渡しても、いつと座って微笑みながら見守っている飛龍の姿が見えない。
有也は早くなる心臓を抑え、辺りを見渡した。
「天音さん!燕、宙、飛龍さん!何処に居るんですか!」
大声で叫んでも一向に見付からず、不安が募っていく。
皆に何かあったのか、どうして今日に限って遅くなってしまったのか、そんな事ばかりが頭の中を巡っている。
「返事をして!何処にいるの!?」
走り回り探すが辺りは静かで声がしない。
時間が経つにつれ、不安が募って行く。
奥へ奥へと進んでいく。
すると木々の間から少しだけ見える小さな家があった。
「確かあそこは…天音さんの家…。お願い、中に居て…」
手に持っている、先程買ったアクセサリーを握り締め、家の前へと行った。
「天音さん!中に居ますか?居たら返事をしてください!」
話しかけても返事が返ってこず、辺りは静かなままだった。
意を決して中に入ろうとドアに手を掛けた瞬間、突然ドアが開いた。
突然の事だったので有也はドアに頭をぶつけてしまった。
「あ…ゆうやだーーーー!」
「ゆうやいきてたーーー!」
中から出て来たのは、いつも通りの元気な双子の姿だった。
だが、2人は涙を流している。
「今日、あんたが来るのが遅かったから、事故か何かにあったんだろうむて言って大変だったんだよ。でもいつも通りのあんたでよかった」
双子の後ろから出て来たのは、飛龍だった。
「この子達も泣き止まないし大変だったんだよ」
そう言われ、改めて双子を見ると目を腫らして大泣きしている。
そんな双子に有也は強く抱き締めた。
「ごめんな、心配をかけたみたいで…。でももう大丈夫だからな」
そう耳元で言うと、双子は強くだきついてきた。
双子が泣き止むまで有也ら背中を摩っていた。
「飛龍さん…天音さん、天音さんはどうしたんですか!?」
少し経っても天音が出て来ない事に疑問を持ち、飛龍に問いかけた。
「あの子ならあんたの事が心配になって飛び出して行ったよ。連絡を入れたからもう少しで帰ってくるはずなんだけどねぇ」
そう言い顔を上げると、1人の少女、天音が走って来るのが見えた。
「有也君!」
名前を呼んだと同時に、有也に抱き着いた。
有也は天音が抱き着いてきたと分かった瞬間、顔を赤らめた。
「あ、天音さん」
天音の肩が少し震えている。
時々聞こえる嗚咽に天音が泣いている事が分かった。
有也は何も言わず天音を抱き締めた。
そんな2人の光景に飛龍は黙って双子を連れ、家の中へと入っていった。
「わ、たし…心配しました。有也君に、何か…あったのかと…」
「天音さん、すみません。心配してくださってありがとうございます」
隙間を埋めるようにキツく抱き締めて首筋に顔を埋めた。
「こんな時に言うのもなんですが…俺、こんなに取り乱す天音さんを見れてすげー嬉しいです」
「有也君…」
「俺……俺…天音さんの事が好きです。大好きです。この世で何よりも天音さんが大好きです」
愛しい気持ちが溢れ出し抱き締めたまま今まで溜めていた感情を吐き出すように言った。
耳元にダイレクトで伝わってくる有也の言葉に天音は鼓動が速くなるのを感じた。
”人”をこんなにも愛しいという気持ちになったのは初めてだ。
「有也君…私、私も…有也君の事が好きです。こんなに”人”を好きになったのは初めてです。好きすぎて怖いです」
「天音さん…!」
有也は嬉しさの余り天音を抱き上げてくるくると回った。
「あーーーー!!!天音さん可愛い!!!大好きだーーー!!!」
辺りに響くような大声で叫ぶと、抱き上げたまま抱き締めた。
離さないというように。
「ゆうや、あまね、おめでとー!」
「だいすきどうしだね!」
いつの間にか見ていたのか燕と宙が嬉しそうにしていた。
「もう……離しませんから覚悟していてくださいね」
「有也君こそ、覚悟していてください」
額をくっ付けながらお互い笑い合った。
町外れの小さな神社。
ここは人ならざるモノがいる。
胸元にハートの羽が付いたネックレスを付けた巫女の服を着た少女と、左右非対称の場所に青と緑のブローチを付けた羽の生えた双子の男女、長く真っ赤な髪を細かい装飾で飾られている簪で結い上げている人、そして学生服を着た男の子が今日もまた神社で笑いが絶えない日々を過ごしている。
貴方も一度行ってみてはいかがだろうか。