第8話 幕間であり過去話
ドリンクバーからアイスコーヒー片手に向かいの席に座ったのは棚橋大志、クラスメイトだ。重要な相談のために高校近くのファミレスに呼び出した。
目の前でガムシロップを入れたコーヒーを飲みながら「で? はやく話をしろよ、どうせ那智さんがらみだろ?」と面倒くさそうな目を向けてくる。こいつは顔に出やすいんだ。
順序も心の準備も飛ばして用件だけを待つ、ぐだぐだしている相手には辛辣なこともいうが話は聞いてくれる……そんな男だ。
まぁ、シャクだから別の話題から入るけど。
「まーまー、ゲームはどうよ?」
「どうって? ナマズに食われてデカブツに出会ってさっきザリガニに殺されたとこ」
「意味わかんねーんだけど」
「体験談なんだけど」
意味分からんってことはパッケージ版だな。ピッキングアウトはネットじゃ軽く炎上してる。俺はダウンロード版だから始まりの街スタートだったけど、どうもカートリッジのデータに細工してランダムポップになるように設定されているらしい。
同じマップでプレイヤーに会ったことからもサーバーは一緒だけどスポーン地点は別って話だ。
「那智さん、ダウンロード版だと思うか?」
「予約したって話してたの聞いてたか?
十中八九パケ版だよ」
「だよな……」
一番の問題点はそこだ。
スタート地点がバラバラだと一緒に遊ぶなんてのは無理だ。ましてやパーティを組むって話もなかったことになるだろう。
「不買運動……メール連打……」
「もう買ったもんは無理だろ。
素直に初期地点の修正を任意でできるようお願いすれば?」
「掲示板荒れてるし同じような有志募るか……。
ん? 任意って? 全員でいいだろ」
「ふざけんな。俺はあのデカブツ倒すのが目標なんだ。
おあずけくらってたまるか」
久しぶりだ。棚橋がその顔をしてるの。
そのデカブツが何なのかは知らないけど、楽しそうに語る棚橋の顔は……一種の狂気すら感じた。
その顔はあのときの、俺が棚橋を知るきっかけになったときの顔と同じだった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
1年前の6月。高校入学後、クラスメイトの何人かの顔と名前が一致しないくらいの時期。うちの学校では球技大会があった。棚橋とは同じクラスだったけど最初に軽く自己紹介したくらいだった。
球技大会でも俺はサッカーだったし、棚橋はサッカーに手を挙げていたけど、人数不足からテニスに移った。一緒に練習したわけでもないし、本当に知らない奴だった。
知ることになったのはテニスの決勝戦。
俺はサッカーが一回戦負けだったから時間もあったし、テニス部二人とソフトテニス経験者がいたうちのクラスは十分勝ちを狙えた。まぁ応援というよりは、負ける試合を見るよりかはいい、くらいの心持ちだった。
決勝戦の相手は2年生のクラス。ただダブルスを2つ取ってシングルスにテニス部を残していたうちはほぼ勝ち確だった。
棚橋が出たのはそのシングルス3。勝てば優勝、負けても問題ない……そんな試合。それに相手は現役テニス部の先輩で、負け試合になるだろうってクラスメイトは皆思ってたし、棚橋も「人数合わせだし完璧な采配じゃん」と語っていたらしい。
試合は終始テニス部の先輩が圧倒していた……と見ていた俺は思ったものの、シングルスを待つクラスメート(テニス部)は棚橋に驚いていた。あの二年生は去年インターハイにも出場した所謂エースで、かなり厳しいコースを狙われている、それをラケットに当てて返すだけでもすごい、と話してくれた。
棚橋はテニスの経験はなく、体育の授業での練習や持ち前の運動神経で食らいついていた。
試合が大きく動いたと感じたのは2セット目終盤、エースの意地か、しつこい棚橋に苛立ったのか、先輩はボディ狙いに切り替えた。と言ってもそれはクラスメイトの見方であって、俺には棚橋がネットに近付いたからだと思った。何回かボールが棚橋目掛けて向かっていたこともあったけど、棚橋はなんとか打ち返していた。
そして3セット目、棚橋の肩にボールが当たった。結構な勢いがあったようにも見えたけど、怪我には繋がらなかった。先輩も謝っていたし、俺にはただの事故にしか見えなかったし、他の人たちもそうだったと思う。
ただ棚橋は違った。
4セット目、棚橋はネット際にボールを集めていた。2年生の先輩はそれを拾っていたし、無理なボールは取らずに諦めて、見逃していた。優勢だったから、余裕があったんだろう。
でも棚橋はそれこそ執拗に短く返していた。先輩もその狙いに気付いたのか前に出て攻めるようになった。そして、
「くそっ!」
棚橋が高く上げたボールを取りに後ろに急いで下がった先輩が足を滑らせて転んだ。返ってきたボールをどこに打っても決まるという状況で棚橋は先輩のほうをじっと見ていた。まるで狙いを定めるように。
「ひっ!」
先輩が身を縮める。見ていた全員が棚橋はボールを当てる気だと思った。それくらい殺意というか敵意というか、棚橋から滲み出ていたものは悪意に違いなかった。
だが結果はネットをゆっくりと越える弱いショット。唖然とする先輩。そして棚橋はというと。
「大丈夫ですか? 先輩」
と何事もなかったかのように声をかけていた。
さっきまでの怒りも恨みも、敵意さえも何もなかったかのように振る舞う棚橋。正直恐ろしかった。
その後、結果は1-6で棚橋は負けた。
だが終わる前に、棚橋は先輩の脚に思い切りボールを当てていた。完全に狙ってたし、「すいませんすいません」と謝っていたが頭は下げていなかった。
面白いやつだと思った。
全ては仕込み。絶対的なチャンスは棒に振ってでも、油断した先輩に当てたかったんだろう。
負けたにも関わらず奴は楽しそうだった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
楽しそうな表情の中に潜む野心。
笑っているのに闘争心を熱く燃やすその顔は、野性的でありながら見るものを惹き付ける。
こいつは何かやるんじゃないかと、思わせてくれる。
その後『いやー、やっぱ強かったね』と笑顔で言いはなった棚橋は先輩が睨み付けていたにも関わらず平然としていた。なんなら欠伸してた。
試合中はかなり笑顔だったんだけどな。別人かと思うほど普段は力を抜いているんだ。
そんな棚橋がピッキングアウトをプレイしている。早く帰りたいっていう思いが顔に出ている。
執着するだけの何かに出会った。そのデカブツを倒そうとしていると。
レベル1で高ステータス、高レベルのモンスターを倒すことはゲームではほぼ無理だ。ゲームのなかにはコンボやルールで倒すことはできるが、ピッキングアウトなんかのRPGでは難しい。
「なんか仕様とか分かんないことあれば教えてやろうか?
またはスターテイルで調べてやるけど」
「あー……じゃあ状態異常【泡沫】と、メッセージのレベル差が開きすぎていてデスペナルティがないのはどのくらいの差があるのか、とか」
「【泡沫】は分かんないな。泡ってこと?」
「全身泡まみれにされた」
「オッケー、図書館で調べてみる」
『図書館あるんだ、文明じゃん……』とか小声で呟いてるけどお前は今どこにいるんだよ。
「レベル差は確か通常エネミーだと80で、レイドボスの場合は誰でも付く。爆弾特効をさせないためだろうし、寄生対策だと思う」
「徘徊型ボスは?」
「徘徊型ボス? あー、EEC採用してるもんな。でもデスペナが無いのは共通で80だったはず」
「なるほど……」
「アイテムとか集めてないのか? 価値なら調べてやるけど」
「落ち葉と木の棒くらいしか鑑定できてない」
「じゃあ無理か」
「ところで高城」
「ん?」
「那智さんと連絡先交換したんだから、メッセージ送れば?」
「あ」
すっかり忘れてた……。
「今何してるか聞いてみればいいんじゃ?」
「催促してるみたいになるじゃん」
「はぁ、どちらにせよ、開始地点の変更はお願いしなきゃだけどな」
運営マジ許さねぇ……。
その後は那智さんに送るメッセージの内容を相談した。面倒くさそうだったが最後まで付き合う辺りいいやつではあるな。
解散して帰路につく。16時を過ぎたくらいだ。昨日の雨もあって少し気温は低い。
那智さんとパーティを組むのは無理そうだけど、久しぶりに楽しそうな棚橋が見れた。
レベル1でその無理難題に対して、何をやってくれるのか楽しみだな。