第1話 少年は縁に巡り会う
初投稿になります。もぶと申します。
どうか一先ず生易しい目で見ていただけたら幸いです。
もうちょっと、優しい目でお願いします……
高校2年、4月。
ようやく違う階の教室に慣れたかな、というタイミングでお爺ちゃんが入院した。
検査入院とのことだったが本人はすっかり意気消沈。
「孫に会いたい」という意思を汲み取り、現在その病院にいる。
「やぁ大志、よく来たね」
「大丈夫? お爺ちゃん。具合はどうなの?」
「大志に会えて絶好調だ」
嬉しそうに笑うお爺ちゃん。今年で70になるが今だがっしりとした体は本当に絶好調なんだろう。
少なくとも病人には見えない。ボディービルの大会老人の部があれば優勝できそうだ。
お爺ちゃんの趣味は山登り。というかロッククライミングだ。しかも実際の岩壁を登る。元気な70歳だ。
今回の検査入院もクライミング中の転落事故が原因だ。骨折などはなかったがお婆ちゃんがなかば無理矢理病院に連れていった。本人が「頭は打ってない」と言ったところで歳は歳。周りが不安がったのだ。
そんな周りの心配する声に感化されてかお爺ちゃんは少し不安そうだ。年齢を考えれば体に異常があってもおかしくない。検査はしっかりと受けたそうだ。
「大志や、高校は楽しいかい?」
「授業にはついていけてるよ。
仲の良い友達も同じクラスになれたし、楽しいっていえば楽しいかな」
「そうかそうか」
好好爺然として笑うお爺ちゃんはふと寂しそうな表情になる。
「なぁ大志。ゲームは好きだったかね」
「んー、あんまりやってないけど、VRのは前にお婆ちゃんから貰ったよ」
VRがゲーム業界の主流になって結構経つ。物心ついたときからVRでオンラインなゲームは人気を泊している。もちろん年齢制限はあったからほのぼのとした育成ゲームしかできていないが。
去年、高校の入学祝いにお婆ちゃんから最新のVRゲーム機をもらった。でもあんまり遊べていない。その事だろうか。
お爺ちゃんから出た言葉は意外なものだった。
「それじゃあ、大志。これをやろう」
病室に備え付けの枕元の棚からお爺ちゃんが取り出したのはなんの変哲もない紙袋だ。
とりあえず受けとる。
「これって……?」
「それはまだ発売前のゲームだよ」
「え!?」
なんかすごいこと言った?
「じいちゃんの友達、覚えてるか?
前に釣りにいったかな? あの時のジジイだよ」
「んー、なんとなく。
鮎を釣ってくれた人でしょ?」
本当になんとなくだが、覚えている。
5年前、鮎を友釣りだったかで連続で釣り上げていたおじいさん。ゆうぜんじいちゃんだっけ。弱る前に次の鮎を使うのがコツって言ってたかな。
爆釣という言葉はああいうことを言うんだろうな、とテレビで釣りを見るたびに思い出すくらいだ。
「そう。その遊善の孫がゲームを作っているらしくてな。その孫とも何度か会っていてワシを覚えててくれたようでな。
入院中暇になるだろうからと、くれたんだよ」
「へー、そうだったんだ。
じゃあお爺ちゃんが遊びなよ、設定とかはしてあげるから」
「いや、いいよ。それ、RPGらしくてな。そういうゲームはステータスが苦手でな。
自由に動けるならいいんだが、体と勝手が違うとなぁ……」
そういえばお爺ちゃんはステータスで動きが変わるゲームは苦手だったっけ。スポーツのプロも「現実だとできる動きがゲームだとできない」っていう理由でVRゲームを嫌煙しているらしい。
バーチャルリアリティ、その発展は著しいもので、ゲームだけでなくリハビリ施設や防災訓練でも使われるようになった。俺も小学生のときに火災現場をVRで体験させてもらった。火は本当に熱いし、棚は燃えて壊れるし、煙で噎せるし、やけに怖かった記憶がある。子供に火への忌避感を与えるために出力を高めに設定しているらしい。でもその後に食べたバーベキューはおいしかった。やっぱ火って文明の利器だな、と思った。
VRの発展と実用化が進んだ結果、常人が違和感なく体を動かせるようになった。その一方で「現実で優れている身体能力を再現する」ことが難しくなったらしい。体の柔軟さとかは特にズレが生じるって聞いた。現実で怪我をさせないよう、わざと規定を作っているから仕方ないけど。
「だから大志、代わりにやってくれんか。
貰っておいて遊ばないのも忍びないしの」
「そういうことなら貰っちゃうけど……。
いつ発売のゲームなの?」
「ゴールデンウィーク前日だから来週か。
シリアルナンバーで管理されとる関係者用だそうだから、売ってはいかんぞ」
「売らないって。
ありがと、お爺ちゃん」
「いいんだいいんだ。
またいつ会えるか分からないからの」
そう言うお爺ちゃんの顔は少し寂しそうで……俺は何も言えなかった。
その後、高校での話などをしているといい時間になった。少し寂しいが、また来ればいいさ。
「またね、お爺ちゃん」
「ああ、気をつけて帰るんだぞ」
「分かってるって」
病室を出てエレベーターに乗る。
ナースセンターの前を通ると話し声が聞こえてきた。
「403号室のお爺ちゃん、スゴい筋肉。見た?」
「見た見た。腹筋もバキバキだし肌も瑞々しいのよね。
私、朝の体拭きが楽しみだもの」
「顔もダンディーでカッコいいですよね!」
おばさん二人の声と、一人若い人がいるのかな。
403号室はさっき俺がいた病室だ。
「あのお爺ちゃん検査入院らしいんだけど、ほとんど異常が見られなかったらしいわよ」
「内臓も健康そのものだって聞いたわ。ただ足の骨にヒビが入ってたから入院させとくって先生が言ってた」
「でもギプスしてないですよね?」
「奥様が頼んだんですって。骨にヒビくらいじゃ、すぐに山登りするからって。
実際、隠れて腕立て伏せしてたけど」
「安静にしてれば2週間で治るらしいけど……。
今でも落ち着いてるほうらしいわ。私も腹筋してるとこ見たけど」
「元気なお爺ちゃんですね!」
「どこが悪いってはっきり言うと運動を始めるからこのまま入院させとくらしいわ。
奥様から病室が空いてるならお願いしますって言われたそうよ」
「奥様も大変ね」
お爺ちゃん……あんなにしんみりしてたのに隠れて筋トレしてたんかい。
重症じゃなくて良かったけどさ。足の骨にヒビって。
落ちたの10メートルくらいの高さって聞いたんだけど? 頑丈過ぎない?
そりゃあお婆ちゃんも入院させるって。安静にさせるには怪我のことを言わない。なんて効果的だろうか。残念ながら安静にはしてないようだけど。
お婆ちゃんはしっかり検査結果を聞いた上で神妙な顔でお爺ちゃんに嘘を伝えたんだろうに……。
ちなみにお婆ちゃんは今年70歳、勤めていた会社を円満に退社した大株主です。そしてその会社は大型家電量販店です。
アグレッシブなお爺ちゃんとの出会いは若いときにランニングマシンを買いに来たお爺ちゃんに一目惚れしたそうです。筋肉は愛を育む……。
ベタ惚れだからなぁ、お婆ちゃん。生まれてこの方風邪とかもなかったお爺ちゃん相手に看病したかったって思いも多分にあるんじゃないかなと、孫は邪推します。
少し晴れやかな笑顔で帰路につく。
足取りも軽い。いやほんと何も心配いらない。「どうせ無事」って言ってたけど実の娘なわけだし、母さんにも伝えた方がいいのかな?
まぁ、色々置いといて。
気軽にゲームができそうで何よりです。
少しだけゴールデンウィークが楽しみになった。
ゲーム楽しむからね、お爺ちゃん。
◇ ◇ ◇
お爺ちゃんのお見舞いに行ってから数日後。木曜日。
今年のゴールデンウィークは世間的には12日間らしく、今日と明日を乗りきれば突入することになる。まぁ学生なので土日挟んだら2日通うけど。有給ってないの?
お爺ちゃんからもらったゲームは明日、金曜に配信される。まぁ17時からだし学生的には何も問題ない。
待ち遠しいせいか、授業が長く感じる木曜日だ。
先生、αとxは区別が付くように書いてください。ほぼ同じですそれ……。
しかも5なのか6なのか分かりません!
「5xy=6αβ、これを鈴木くん、解いてみて」
いや文字のクセが強過ぎて読めん!
「なぁ棚橋! ゲームやろうぜ!」
数学という暗号解読が長々と続いた後の休み時間、前の席の高城が振り向き様に大声を出す。午後1の授業だから睡魔の呪文でもあった……やるな先生……。
そして皆の注目が集まったんだけど。やめてくれ高城ぃ。
「なんだよ急に」
「これだよこれ!」
「ん?」
高城が見せてきたのはスマホの画面。どうやらゲームの公式サイトのようだ。わくわく顔でこっち見るな、今読むから。何々……?
「あ、ピッキングアウトじゃん」
そこに載っていたのはこの間お爺ちゃんからもらったゲームのタイトルだった。
「お? 知ってるのか?」
「お爺ちゃんが製作会社の人と知り合いらしくて名前だけは」
本当はもう持ってるけど。データ配信がされない限りはただのカートリッジだ。VRゲーム、ひいてはMMOと呼ばれるジャンルでは発売日とは配信日でもある。
カートリッジ版とネットダウンロード版があるが、俺はカートリッジ版のほうが良い。VRヘッドギア本体にインターネット設定やアカウント登録はできるから、ネットダウンロード版が悪いわけではない。
ただ、カートリッジ版のほうが特典がつくことが多い。何より若干安い。カートリッジ版もどうせインターネット経由でダウンロードするんだけどね。家電量販店のポイントカードにポイントも付くし総合的にはお得だと思う。
今回は買った訳じゃないからあんまり関係ないけど。
「だったら話は早い! 一緒にやろう!」
「VRMMOは経験ないんだけど」
「別に攻略組になりたいとかはないから大丈夫だって。こういうゲームは試行錯誤が楽しいんだ。一人より友達とやったほうが考えてる時間も楽しいんだろ?」
高城お前、俺を友達だと……。俺も友達だと思ってるけど、さすがに面と向かって言えないぞ、恥ずかしいし。
「もしかしてピッキングアウトの話!?」
「うおっ!?」
へんなこえでた。
「にゃち、那智さん! も、知ってるの!?」
「知ってるよー! もう予約もしたし初日から楽しむぜ!」
斜め前、高城の席の隣から話に入ってきたのは那智明日香さん。少しだけ毛先の跳ねたショートカットで快活な笑顔がかわいい女の子だ。身長は155cmとか言ってたっけ。うちの学年では1、2を争う美少女である。ちなみに髪はくせっ毛らしい。
そして噛んだ高城の想い人でもある。にゃちさんて。
「棚橋くんもやるの? じゃあ後1人いればパーティ組めるね!」
おっと俺がやることが決定している。ゲームはやるつもりだけどパーティですか……。
「パーティって四人からなの?」
「ピッキングアウトでは3人はトリオっていうんだって。2人だとバディ。なんか特殊なアビリティで合体技を打てるらしくて、少ない人数でも編成できるようになってるんだよ」
「へー、そうなんだ」
俺は目の前のアホこと高城に話をふったつもりだったのだがテンションが上がったのか那智さんが答えてくれる。おい、高城、会話に参加してくれ。温度差がありすぎて受け答え適当になっちゃうから。
因みにこの高城、実はイケメンで、現在進行形でモテている。本人曰く『高校デビューに成功しただけ』らしくゲームやマンガのほうが好きなんだとか。そんなこというならコンタクト取って眼鏡にすれば? まぁ今年度の始業式にそれやって『知的でかっこいい!』『え? アゴクイされたい』『俺様系眼鏡』『目付きがエロい……』と好評だったけど。整ってる顔は何やっても大丈夫ということだろうか。
しかも去年のバレンタインでは二、三年生の女子の先輩からも10以上貰うという快挙を達成していた。マジで要らん情報だな、ケッ!
「私はやっぱりパーティのほうがいいな! 合体技も興味あるけど、バランス的に前衛2人、後衛1人、ヒーラー1人は必須だと思うの。
私は絶対アタッカーやるけどね!」
ん? それなら……。
「合体技がどうなるのかは分かんないけど、バディ2組あるいは3組でパーティ組めないの?」
「パーティは6人までだけど、今公開されてるバディ技は魔法使い2人の『ロックストーム』と剣士2人の『烈閃・十文字』の2つなんだよね。
同じ職業の組み合わせしか情報がないからあんまりお薦めしないかなー?」
なるほどなるほど。事前情報からそういう読みをするのか。俺も後で公式サイト見たほうがいいかな?
「ジョブは後から変えられないんだっけ」
「ゲーム的にはできると思うよ。
それが最初のほうでできるのかは分からないけどね!」
「そっか。じゃあ俺は剣士……いや、片手剣が使えればいいか」
個人的には棒でもいい。掃除の時に箒とか振り回してしまうタイプの人間なんだ、俺は。くるくる振り回すの楽しいよね。なんでなんだろ。あれは埃が散るから新品でやるといいよ。
そして高城、お前は話に参加しろ。俺と那智さんしか話してないじゃないか。折角同じゲームで遊ぼうって話なんだから乗れ。乗ってくれないと俺が困る。
「高城くんは? 魔法使いがいい? それともタンク?」
「え、いや俺は魔法剣士ビルドにしようと思ってるけど……」
と思っていたら那智さんが話を振ってくれた。
「魔法剣士かー! それもありだよね、特化のほうが強いけどパーティだとフォローもできるし」
魔法剣士、そういうのもあるのか。
ところでパーティ組むことは確定なの?
「公開情報だと魔法ダメージの剣スキルは遠そうだし純粋な剣士は難しいかなって思ってたから。
でもパーティなら純物理剣士もいけるかも」
「いいねいいね、じゃあ私は軽戦士にして避けタンクとか? ヒーラーの神官1人と魔法使い2人、どっかにいないかな~」
そういってキョロキョロ教室を見渡す那智さん。なんだかんだ注目を集めたままだったらしく、ちらほら目を逸らす人(男子多め)が続出する。そりゃあこの流れで「ゲームを買わない」、「買うけど物理アタッカー志望」な人は目を合わせられないわ。
「あ! 渡辺さんもやるの? パーティ組まない?」
「え! いや、その……やる、けど……」
標的に直進していった那智さん。目が合ったのか、ドンマイ渡辺さん。頑張ってくれ。
席から離れて一直線に渡辺さんに向かっていった那智さんの姿を目で追いながら目の前のアホが口を開く。
「今日も話せた……」
「恋い焦がれる高城くんよ、実際そんなに話してなかったぞ」
「おはようとまたねが言えたら後は追加ボーナスみたいなもんだから」
「そんなんでパーティ組んでゲームできるのか……?」
こういう発言を聞くとただのドへたれ男なんだけどなぁ……。何故モテているんだか。
ところで、俺は気軽なソロがいいです。