不意打ちは避けられない奴が悪い
木々を右へ左へと避け走る。小川を飛び越え直走る。それでも奴らは追ってくる。
崖を飛び降り、丘を越る、太陽が傾き月と並ぶ。もう少ししたら2つ目の月も出てくるだろう。夜は近い。
それでも奴らは追ってくる。大声を上げ武器をかざしながらつかず離れずの距離を保っている。
―恐らくこちらが疲弊するのを待っているのでしょう.ですが無意味です.この肉体は文字通り鋼の肉体です.この程度の運動で疲労することはありません.業を煮やして襲ってきたとしても再び撃退できます.このまま逃げ続けるよりも止まって迎撃が最善かと.
「あの程度のことで撃退なんて騒ぎ立てていたらキリがないだろ。簡単に人を殺せるだけ力を持ってる俺たちがそんな考えなしでどうする。」
またこれだ。日常生活では問題なかった支障がここにきて露呈した。アキマルとイクサが共有している体は恐ろしほど頑丈で高い身体能力を有する。だがその力の代償としてあらゆる感覚が鈍感になっている。
疲労をしない体は眠気をも要さず、毒を受け付けない体は味覚を要さず、傷つかぬ体は痛覚を要しない。
失われた感覚と記憶の中の感覚の差異にずいぶんと苦しい思いをした。
そして最後の戦いの際に致命的な損傷を受け秋丸はその機能を停止した。
我々は損傷程度では死なない。長い時間をかけ再生された秋丸は再起動した。
秋丸の戦前の記憶は失われていた。でも問題はなかったイクサが記憶を保存していたから。
目覚めた秋丸に記憶をインストールすればなにも問題はない。
すべてうまくいった。はずだった。記憶とはデータのみではなく感じた感情、身体の積み重なった経験などの総合によって形成されてされているものだ。イクサにはそれが唯一理解できていなかった。
記憶された五感の経験が欠落した。
失われた記憶に五感の経験が振り込まれないのがここまで障害をきたすとは誰も思わなかった。
眠れない夜に苦しむことはなくなった。歪ながらに感じる味に満足できた。痛みを忘れた。
戦前のように五感の差異に苦しむことはなくなった。代わりに彼の基準が致命的にズレた。
ナイフに刺される、超大型犬に噛まれるがその程度であってたまるか。
どちらも常人には十分に致命になりうる攻撃だ反撃に値する。だがアキマルには小突かれた程度の感覚でしかない。異常なのは本人も理解している。でも理性が邪魔する。
アキマルの感覚に照らし合わせるとイクサの提案は子どもに喧嘩を売られ本気で蹴り返せと言われてるようなものなのだろう。どうしようもなく大人げなく感じてしまう。
そんなアキマルが人道に沿いできる行動は結局、逃げるである。
―前方70mに追跡してくる犬種と同種と思われる生物を捕捉.マーキングします. 接敵まで3.2.1.
赤くマーキングされた木陰から犬に乗ってるゴブリンが勢いよく飛び出してくる。
カウントに合わせて前転で回避する。
『イクサアイ』が発動する。イクサと共有された視野情報は独自に解析されイクサの独断によりアキマルに反映される。イクサの処理能力を持ってすれば敵は丸見え同然である。かつて夜の公園で不審者がいるといちゃつくカップルをマーキングしたのはここだけの話。
攻撃を避けられたゴブリンたちは体勢を立て直しながらすぐに仲間と合流しアキマルたちを追いかける。
ゴブリンが仲間を呼んだ。このまま逃げ続ければまだまだ増えるかもしれない。
―前方60m.木の上.弓をつがえた人影を捕捉.マーキングします.
また増えた。戦いたくないなんてもう言っていられない。
深緑のマント羽織っているイクサがいなければきっと見落としていた。
走りながらイクサのマーキングした人影に目をやる。すでに弓を引き絞り今にも射らんとしている。
―前方70m.草陰.斧を構えた人影と杖を構えた人影を捕捉、マーキング.
囲まれた。もうダメかもしれない。1歩ごとに敵が増える。
草陰の隙間からイクサが2人発見した。肉眼ではほぼ見えない。
斧を構えこちらがくるのを待ち構えているようだ。杖の持ち主はブツブツ何かを呟いているらしい。
「もうやるしかない。イクサ迎撃するサポートしてくれ!!痛い目でも見て頭を冷やせ!要望『ノーダメージで攻略する』。」覚悟を決めた。
―了解.敵対勢力を迎撃します.使命『ノーダメージで攻略する』を受諾.敵戦力の解析...完了.イージーです.シュミレートを開始します.
イクサは常に多種多様な事柄にリソースを分割して使用している。『要望』することによりイクサが『使命』として内容に対してより多くのリソースを割いてくれる。内容と情報次第では未来予知に近い演算までこなしてみせる。かつて面白半分で今夜の夕飯を『要望』してみたらノ―タイムで『―あなたはすべてのものをリソースとして分解できます.今のあなたにおすすめの夕飯は土です.』と言われたのはここだけの話。
―まもなく矢が射られます.ですが回避不要です当たりません走り続けてください.矢の通過後、草陰を抜け斧持ちを強襲してください.斧を奪い取り犬Aに投げつけましょう.そのままゴブリンAを無力化しゴブリンB群を撃退しましょう.杖持ちの戦闘力低と推測.処理は最後でよろしいかと.
予測通り矢が射られる。
とっさに腕を十字に顔の前で構える。もし目に当たると痛いから。
ギャイっ!??
矢は予想通りアキマルのに当たることはなく横を抜けていった。そして後ろの犬1匹の頭に命中する。
短い悲鳴と共に犬は体勢を崩し転倒する。ゴブリンは背から投げ出され地面を転がりながら草の陰に消えた。
思わず振り返る。イクサが言うところのゴブリンB群が矢に射られ倒れ伏している。
―前を向いてください.斧持ちに強襲を仕掛けましょう!敵はまだ攻撃姿勢を崩していません。
イクサに言われ前を向く。
草陰に飛び込む。敵の容姿は見えないがマーキングに目掛け直進する。
アキマルは右拳を固める。特大の不意打ちをくれてやる!と息巻きながら拳を振りかぶる。
「不意打ちは避けれないほうがわるいよなぁ!! えっ?!」
草を抜けるとすぐそこに斧持ちがいる。容姿がはっきりする。ゴブリンじゃない人間だ!
皮で作られた頑丈そうな鎧を着た青年がいた。
あの不気味なニヤケ顔に1発!と体重を乗せ振りかぶった拳は行く当て失い強引に止めたことにより足も止まる。
ゴブリンだと思い込んでいたアキマルにまだ人間を殴る覚悟はできていなかった。
「―――、/|√!!!」
なにを言っているかわからない。聞いたことのない言葉だ。声のほうを向く。
イクサが杖持ちと言っていた人影が立っている。青年が屈んだ。視野が少し広がる。
白いフードのついたローブを着ている。声のトーン的に女性だろうか。
その前には人の拳ほどの石が回転しながら浮いている。
―理解不能.はてな?計測できないエネルギーにより物質が圧縮?空中に停滞?回転?エネルギーを発生させる機材は?
イクサは不思議な石に興味津々だ。
「―――、カガ√!。!?――」
怒鳴る青年に胸倉をグイッと引かれ倒されそうになる。だがその程度の力ではアキマルは倒せない。
バン!と破裂音が聞こえた。向くと目の前に女性の前で浮いてた不思議な石がすぐ近くにあった。
凄まじい音がして世界が一瞬で真っ白になる。
「キャァぁーー!!?」
「ギャァーー!!?」
青年と女性の声が聞こえた。今のはイクサに翻訳されなくてもわかる悲鳴だ。
「久々の感覚だ。とても痛い。。。」
長らく感じなかった痛みを味わう。この痛みは忘れないだろう。石が当たったとこが妙に温かい。
―攻撃判定C+.人体に軽度な損傷.一時的な機能低下の及ぶ可能性.イレギュラー発生.使命『ノーダメージで攻略する』を失敗.すいません私のそうt――
音が遠くなる。頭の中で語りかけいるはずのイクサの声もどこか遠く感じる。
これも長らく忘れていた感覚だ。懐かしさすら感じる。抗えない。
意識が泥に沈んで溶けていくような感覚。
アキマルは目の前が真っ暗になった。
10日以内の投稿がんばります。