01.捨て子
真夜中、満月が明るく眩しい竹林に、高速で低空飛行する直径二メートルほどの水の塊があった。その中には巫女服を着た糸目でおかっぱの女性が一人、腕に竹ぼうきを抱えて直立していて、まるで乗り物に乗っているかのように気を抜いているようだった。
「今日は所用が多くてあまり勉強が進まなかったな」
ぼそりと呟いた。どうやら彼女は何か用事から帰宅する最中だったようで、少し疲れ気味だった。
「コホモロジー論はすごいわ。コホモロジー群が有限次元ベクトル空間になっていて、あらゆる消滅定理を利用することでほしい次元の情報が得られるなんて」
巫女は何か専門的な用語を呟いた次の瞬間、竹林の中に何かを見つけた。いつもは見ない何かが置いてある。彼女は早く帰りたいとも思ったけれども、それが何なのか確認しにいかない訳にはいかなかった。
水の塊はスススと滑らかに減速すると、方向を切り替えてその何かの元へ向かった。何かの目の前に来ると、水は彼女に触れないように、まるで丸い空気の層に沿って流れ落ちるようにして巫女服の振袖の中へと吸い込まれていった。
そして着陸した彼女はそこにあるのがカゴに入れられた二人の獣人の赤ん坊であることに気が付いた。黒髪で猫耳のついた女の獣人の赤ん坊と、茶髪で垂れた犬耳の付いた男の獣人の赤ん坊であった。
「捨て子かしら…」
この竹林は人なるらざる物が高い確率でひしめいていたため、このまま放っておけばこの赤ん坊らの命は無いに等しかった。
巫女はその赤ん坊らの額に手を添えた。すると添えた手は両方とも同時に光り輝き、巫女はとても驚いた様子だった。
「この子らを救えとおっしゃいますか、アリトモス様。」
すると彼女は赤ん坊二人を抱えて、再び振袖から水流を出すと巫女の周りを囲った。巫女がぴょんと小さく跳ねると水流は足元に滑り込み、水の塊に包まれた巫女は、また竹林の中へと戻っていった。