開かれたパラレルワールド
序章 幻夢世界へ誘う犬
「フランダースの犬」と聞けば有名な童話を思い描き、哀れな結末を迎える話に涙と感動を誘います。動物を題材にした事柄を、物語以外なら何を思い浮かべるでしょうか。
同一動作を繰り返しながら一つに事象を脳内に刷り込みませ、事象だけで体が反応する条件反射を実証した「パブロフの犬」が有名です。また、量子力学分野では「シュレディンガーの猫」という奇妙な現象の物理的理論があり、理論内容を簡単に説明すると、物事には必ず相反する状況が同時に存在している可能性を解いています。
仮に、蓋のある箱を用意して、中に猫を一匹入れたとします。箱の中には猫の他に、放射性物質のラジウムを一定量とガイガーカウンターを1台、青酸ガスの発生装置を1台入れておきます。もし、箱の中にあるラジウムがアルファー粒子を出すと、これをガイガーカウンターが感知するといった仕掛けです。粒子が放出されたことで、仕掛けの先に取り付けたガス発生装置が作動すれば、青酸ガスを吸った猫は死ぬことになります。しかし、ラジウムからアルファ粒子が出なければ、装置が作動しないので猫は生き残ることができます。この状態で一定時間を経過したとき、果たして猫は生きているか死んでいるか…。
少々残酷な喩えですが、人は「死んでいる」か「生きている」という2つの事柄を捉えます。仮に、粒子が放出される確率を50%だとすると、生死の確立を数値で表すなら50%になるという判断だけで済ませてしまいがちです。
だけど、箱に入った猫には(生死)二つの状況が重なり合った状態にあるという奇妙な現象も存在しているわけです。
それならば「シュレディンガーの犬」とはどのようなものかは、題材一部を「猫」から「犬」に入れ替えただけです。それだけに、大凡の見当が付いてしまうから、少々ネタバレのような虚しさを禁じ得ないかもしれませんね。
何はともあれ…どの様な展開になるかは、これからお話しする内容を知ってから判断していただければいいのですよ。
奇妙な犬
このところ、或る本の構想が固まらなくて一向に原稿が進まない。気晴らしの散歩と洒落込んで近所の公園まで足を運ぶことが日課となっていた。そして、お決まりの場所に腰を下ろすと、持参した水筒に仕込んだ温かいお茶を啜り乍ら、ただぼんやりと目の前に流れる景色を眺めている。時には行き交う人の視線を向けていても、じっと見つめていては怪しい人だと怪訝な顔をされてしまう。不審者と見間違われても困るので、さり気なく人の流れを追っながら、ひと時の安息を過ごしている。何でもない事だけど人の動きを追っていると、は其々特有の癖を持っているものだと感じていた。こうやって人間観察をすれば一人一人の個性が薄ら見えてくるから、意外と面白いものだと思い始めていた。
今日も今日とて、同じ場所に座っていると、今までは見逃がしていたのか目の前に一匹の犬が地面に伏せて眠っている。…いや!眠っている素振りだけで、尻尾を振りながら周囲の物音に対して反応しているのは明らかだった。その想像は的中しているようで、時折人の話し声に対してだけ、聞き耳を立てるかの如く耳元だけを起用に動かし反応していた。