紅い紋様
その模様は、真咲の白い肌の上に血で浮かび上がったかのように見えた。わけがわからず真咲の顔に視線を戻すと、こちらを見ていた真咲と目があった。
「君は…つがい…?」
「え?」
真咲の手が両肩に置かれ、思いのほか強い力で掴まれた。
「同じ場所に同じ紋様があるか?」
「紋様??」
「僕と同じ場所に同じ模様があるか?」
そう言って真咲はリボンに手をかけた。するりと襟元からリボンが抜かれ、ボタンを3つほど開けられると胸元を見られた。寿々のそこには、確かに真咲と同じ紅い紋様があった。今日の朝まで、むしろついさっきまで、そこには何もなかったはずなのに。
「何、これ…」
わけがわからず、寿々の口からは震える吐息のような声しか出なかった。真咲の指が触れるか触れないかの微妙なタッチで、寿々の紋様に触れた。ひくりと寿々の体が勝手に跳ねた。
「君は、僕のつがいだ…」
そこまでいうと、真咲は何かに気づいたように大きく目を開いた。
「ち、違う!っごめ、すまない!」
寿々から手を離し、みるみる真咲の顔が赤くなった。そこで寿々もはたと気がつく。今、自分は初対面の男に制服を乱され下着はつけているが、素肌を見られている。
自覚した瞬間、自分の顔にも血がのぼるのがわかった。驚きすぎて、寿々は自分がどんな顔をしたらいいかもわからないし、真咲は左手で自分の顔の下半分を覆っている。
お互いに慌てて自分の制服の乱れを直し、再び沈黙した。
「君っ、」
「あのっ」
2人の声が重なった。無言で譲り合い、真咲が先に口を開いた。
「突然、すまなかった。力任せに肩を掴んだりして申し訳ない…その制服も…」
そのまま、また真咲の顔が赤くなった。
「あ、いえ…その…怪我とかもしていませんし…大丈夫です…」
どう返していいかわからず、寿々もつられてまた赤くなった。
「あの、なんでこんな…模様?が突然…」
普段なら、寿々から初対面の人に問いかけるようなことはほとんどしないが、頭の中は混乱が続いていて、つい真咲に問いかけた。
「これは多分つがいの紋様だと思う。」
「つがいの…もんよう?」
「君はつがいについて知っているか?」
「いえほとんど…世の中に自分と対になるつがいが存在する、というくらいです。」
この世界には、ただ1人自分とつがいとなる人がいる。大半の人は、つがいと出会うことなく一生を終えていくが、お互いが出会わないだけで必ずいるといわれている。そして自分のつがいと出逢ったとき、お互いの体の同じ場所に同じ紋様が浮かび上がるという。胸だけでなく、腕や足など、頭部以外のどこかに同じ模様が浮かぶのだそうだ。そしてつがい同士はお互いにどうしようもないほど惹かれあう。そんな説明を真咲がした。
寿々にとっては初めて聴く話だ。ついこの前高校生になったばかりの寿々の世界はまだ狭いし、そんな寿々の周りにつがいとなっている人はいなかった。また親しい友人もいない寿々は他の人とそう言った話題が出ることはなかった。
「入学式の日にS1にいたね。教室に入った瞬間、甘い香りがした気がしたんだ。」
「甘い香り…私も不思議でした。今もする…」
「僕の叔父夫婦はつがい同士で、叔父はつがいなら出逢えば必ずわかるといっていた。この香りは他の人間にはわからなかったようだから、お互いだけにわかるのかもしれない。さっきふとこの香りに気づいてここに来たら君がいたんだ。」
そこでふと話が途切れる。春の温かい風が吹き、まわりの木々を揺らす音がいやに大きく聞こえた。木々の間から光がもれ、それが真咲の髪にあたり、元々薄い茶色の髪が金色に見える。その姿があまりにもきれいで、まるで外国の映画に出てくる王子様のようだ。
唐突に寿々は、上級生を立たせたまま自分がベンチに座っている自分たちの状況を思い出した。
「あ、すみません、先輩を立たせたままで…」
そう言って寿々が腰を浮かすと、今度は優しく肩を押されてベンチに戻された。
「いや、そのままでいい。むしろ僕の方がすまない。そういえば自己紹介もせず。僕は2年の東條真咲だ。」
「た、橘寿々です…」
ここで昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴るのが聞こえた。
「すみません、もう行かないと…」
寿々はあわてて立ち上がると、真咲に一礼し、彼の横をすり抜けて校舎へもどろうとした。すれ違いざま、真咲が寿々の手を掴む。驚いて真咲を見上げると、思ったよりも高い位置にあった真咲の顔はどこか困ったような不機嫌なような表情だった。
「その、君は毎日ここにいるのか?」
「いえ、人気のなさそうなところを探していたらたまたまここを見つけただけです。」
「明日また、僕がここにきてもいいだろうか。」
「わ、私の場所というわけではありませんので「そうじゃなくて」」
真咲は一つ呼吸をおいた。
「君に会いに、ここに来てもいいだろうか。」
寿々の困惑がわかったのだろう、真咲はさらに言葉を重ねた。鳶色の瞳がまっすぐに寿々の黒い瞳を射貫く。
「ほとんど初対面の男に突然つがいなどと言われて、君も驚いたと思う。だから、もっと君と話をするために、またここに君に会いにきてもいいだろうか。」
言い終わると、真咲はすいと視線を外した。耳が赤くなっている。
いつもなら断固として断るところなのだが、困惑の連続で冷静でなく、授業の時間が迫っていたため寿々は次の日の昼休みもここにくることを了承して、今度こそ教室へと戻っていった。
午後の授業ではつがいという言葉と、昼休みの出来事がぐるぐると頭の中を回っていて、全く話の内容が入ってこなかった。