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第六番廃都市  作者: よこぎハル
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ひとりぼっち二人の旅路

砂煙。焦げたプラスチック、融けた鉄くず。 悪路にも関わらず、黒ずんだ錆の地面を沢山の人影が蠢いている。人間を半分模したような兵器たちの編隊だ。二足歩行、折れ曲がった関節、のっぺりとした金属の顔面。比較的製造番号が新しいらしく、塗装は半分残り銀色がちらちらと光っていた。量産型参タイプ。備え付けの武器を持たない、雑魚中の雑魚。初めて外に出る前の格好の訓練相手。地上最後の探索者、通称ウォーカーならそう判断して相手にもしないはずだ。

ひとつの兵器が、警戒音を唸らせて首を捻る。それに続き、他の兵器たちも一切に振り向いた。製造レーン自体が劣化しているのか、半音下がったビープ音が飛び交う。反対側には、これまた異形の兵器があった。蜘蛛のような平たい胴体に、中空に伸びる太い脚。薄い円柱の側面から、無数の目がぎょろりと動く。識別コードは互いに敵だと認識できるものらしかった。

連隊がてんでばらばらに光線銃を構える。幾千の光に脚を焦がされても、蜘蛛はびくともしない。微細な光を薙ぎ払うように、細長い脚を振り回す。金属の脚は空気を切り裂いて兵器たちごと大地を割った。粉々になり散らばるがらくたと、運悪く押しつぶされ黒い粉を跡に砕け散った鉄くず。まるで潰された羽虫のようだった。新たな警告音。蜘蛛は次の獲物へと、巨体をゆっくりと動かしていく。がしゃりと沢山の兵器の死骸でできた大地の上を闊歩する。更に大きな、或いは製造クラスの高い兵器に、その道の一部に作り替えられるまでは。

遥か上空で新しく交戦し始めた兵器たちに見向きもせず、色の抜けた白い生き物達は餌を奪い合い潰されたばかりの残骸を蹴飛ばす。身体は溶け、毛は抜け、奇数の目玉が並ぶような異形のものにはなっていたが、逞しく滅んだ大地に生きていた。生き物たちは姿を変えてこの環境に適応した。では、人間はどうなのか。進化という道は辿れず、絶滅するほどの幸運も持ち合わせず、実の所は千年近くひとつの巣の中に閉じこもっている。


煤けた空にそびえ立つ巨大な筒の中。立ち上る黒い煙も火の粉も粉塵も、その中までは入らない。上空の隙間から白い光が注ぎ込む。柱のいくつかは剥き出しになり、虫と文字の中間のような紋様が見えているところもあるが、それでも一応は秩序だった建物として存在していた。

文明の残滓である。まるで蟻塚だ。実際には見たことのない生き物を引き合いに出し、男は以前から馬鹿にしている。

「そいじゃ、おれは行くからな」

彼は穴とすすだらけの汚いジャケットをはらうと、傍にいた女性に歯を見せる。目頭に浅い皺を浮かせ、その下には隈が張り付き、頬は痩けている。彼は実年齢よりも幾分か老けて見える顔立ちだった。

「...どうせまた、失敗してここに戻ってくるのだろう。危険な目に会うのなら、ここに留まって平穏に生きた方が、」

彼よりもだいぶんいい身なりをした女性がそう口を挟む。体躯はよく痩せてはいないが、顔は疲弊しきっていた。人口が増えれば塔の環境は悪くなり、かと言って減れば共同体としてのシステムが維持出来ない。そんな難しい問題を抱える、首長としての宿命なのかもしれない。

「久しぶりに風が止んだんだ。...それにな、おれは人間だぞ。誰がお前らアリ共に加わるかってんだ」

量の多い亜麻色の髪が金色の瞳の上を散らばる。痩せて血管の浮いた手首が、ほつれた袖口から伸びて横に揺れた。彼は文明の名残である散らばった書類やら機械やらを踏みつけて、厳重なゲートを開けるよう指示を出す。ここの首長である彼女は諦めたようにため息をついた。その指が三種類ほどのサインを形作り、持ち場にいる人達に指示を伝える。

轟音の後に見えたそこは、地上に点在するありふれた廃都市。金属にセラミック、その他沢山のスクラップ達が荒れて黒ずんだ土地に転がっている。時折上がる炎と煙は、鉄くずたちが今日も戦いあっている証拠だ。終末戦争の前の名前、人形都市という名で呼ぶ者はもういない。

第六番廃都市。休戦協定を結べない兵器たちが、千年間戦い続ける前線である。


第六番廃都市


ずずん、と音が響く。きっと中級の自律クモ型兵器だろう。案の定、中空の細い脚を軸として浮く円盤からレーザーが飛び散った。

「うおっと!!」

壁を選ぶ。おそらくは戦車の外装だった殻によじ登って飛び込んだ。咄嗟に隠れたセラミックと強化炭素の壁はびくともしなかったが、黒い地面には穴が空く。どこからか漏れ出したオイルがこびり付いた足元。油断をするとすっ転ぶ。それは、何を意味するかというと。

「おーい、こっちこいのろま!」

兵器の後ろに男がぐるりと走る。足場にはセラミックと金属と強化ガラスが散乱しており、いい靴でもなければ容易く穴が開くだろう。

閃光。そこから後ろにいる兵器の軌道を掴む。いい頃合だ。男は急に止まると、大胆にも兵器の脚の下に入ってみせた。がちゃがちゃ、前にも後ろにも進めなくなった兵器が足踏みする。男は背面に抜けると、細い金属の関節を懐から出したナイフで叩き切った。セラミックは亀裂を深めてついには砕けたが、関節は潰された。

頃合いだったとナイフを投げ捨てる。ぐらりと傾く胴体。他の脚がリカバリーに回りつつ男を狙おうと藻掻く。その時だった。

「一丁上がりだ!」

オイル溜りに脚を突っ込む機械。前面三本が引っかかっては、流石にもう追いかけられない。闇雲にレーザーが放たれそうになる、その一瞬前。男は低くなった胴体目掛けて跳ぶと、小型のランチャーを撃つ。反動に手を痺らせ、地面を二回転がってようやく身体が止まった。

「さて」

体勢を整え、物陰に身を隠す。レーザーの数倍はひどい閃光に爆音。そろそろと影から這い出すと、陥没した装甲が見えた。あれぐらいならもう動けないだろう。男は埃をはらうと、またのそのそと前進を始める。

兵器たちの無差別な攻撃を避け、独自に探し出した道。無秩序に転がるもと壁だったもの、人のために働く機械だったもの、殺し合いに負けた兵器たちを最大限活用している。果ての砂漠まであと少し、そこまで前回は近づけていた。ひとまず、砂漠までのルートを完成させなくては。男は粉塵のかかった睫毛を撫で、またふらふらと歩き出した。

煙で空が暗い。風やみを読み違えたな、そう男は眉を下げため息をつく。

半日ほど経っただろうか。前々回の遠征でバギーを壊してしまってからというもの、ひどく長い道程に感じる。休憩地点と定めている半壊したドーム状の建物に入ると、埃っぽい大気も遮られ、少しばかり目を閉じたいような気持ちになった。星の散らばる夜空を真似たような天蓋の中、爆音も熱風も、ここまでは届かない。その時だった。

「うわっ!?、とっ」

男はほとんど反射で跳ねる。嫌な予感がした。元いた場所を見ると、強固なセラミックがどろどろに溶けている。閃光すら感じなかった。手強い敵の出現に、頭の中で手持ちの爆弾と武器の名前が一通り浮かぶ。 兵器は、珍しく人型のようだった。

まずは出方、パターンを見ようとその兵器を凝視する。まだドーム内にすら入っていない。温度探知か、そうだとしたら厄介だ。ドームの割れ目を伝い、相手のちょうど斜め上に退避する。未だ物音ひとつしない。ひたすらステルスに徹しているのか、獣脚のように二つの関節が見受けられるか細い脚。最初にその影が見えた。続いて、その実体。折れ曲がった脚、人と同じような胴体部、腕。頭は黒いシールドに覆われている。グロテスクな見た目だった。

上は人間、下は獣脚。雑魚たちとは違うのだろう、歴戦の証か塗装は全て剥げ真っ黒だ。 面倒だが、これは罠まで誘導しないといけない。男はそう判断した。音の出ない攻撃は避けるのが難しい。続いて罠までの距離を計算する。直線距離で二十メトル、実際には三十五メトルが妥当なところか。罠は無しだ。熱線は何しろ避けがたい。さて、どうするか。 男目掛けて飛ばされた熱線が、壁に当たって不快な音を立てる。じゅう、と音を立てて強化炭素とセラミックの複合体は容易く溶けた。

「賭けだなこりゃ」

男はドームの割れ目に足を掛け外に飛び出し、その半球の真上に登る。分厚い壁は、暫くなら溶けない。正確に足の下、強烈な熱波が伝わる。足元がフライパンになったみたいだ、おれをそうやって昼飯にするつもりなんだな、そう軽口を叩くだけの余裕はあった。

「...溶けた!!」

半歩退いた瞬間、足場は崩れ落ちた。予想した通り、機械はたった今空いた穴の真下にいる。そこにランチャーを撃ち込む。反響音、どうやら地上二メトル付近...恐らく頭での着弾だ。ひどい反動と残留した熱気にふらつくが、なんとかドームの上に留まった。 頭のシールドに弾が直撃。それだけではない。再度攻撃を仕掛けようとした兵器の頭部に、激しい閃光が炸裂する。

「おー、当たった」

小型爆弾、けれどもそのサイズの中では最強の威力を持つものだ。兵器は姿勢を崩す。縮まっていた歩行補助装置が作動するも遅かったようだ。目視する限り、シールドには大きな亀裂が入っている。二層構造なんかじゃない限り、もうあの兵器は終了する。そうだとばかり、男は思っていた。 シールドを外そうともがく腕。もしかして、と男は思う。あれはシールドじゃない。ヘルメットだ。

「退散!!!」

一目散に走る。ヘルメットの位置がずれ、目標を認識出来ない、その程度だとしたら。今度こそ勝ち目は無い、上手いこと罠にでもはまってくれない限り。脱兎のごとく男は走った。ぜえぜえと息を切らせ、かなり戻ったところでふと後ろを振り向く。

...着いてきてる。

遥か彼方にその影が見えた。あ、ひょっとして怒ってる?自分を鼓舞するための軽口も、最早ここまでと零しかけていた。いやいや駄目だろ。逃げるっつったってまあ、限界があるわけで。中央塔に逃げるのは御法度だ。あそこにはまだ沢山の人が細々と生きている。あいつなら一夜でそれを破壊し尽くしてしまうだろう。対人用戦闘機械だとしたら、というか執拗に自分を追いかけてくるあたりどうやらそのようだが...それは、破滅だ。それだけはするな、そう首長から求められていた。

「さてと、どうすっかなあ」

もう一度同じ手を使うか?それにしてはドームから離れすぎてしまっている。周りに高い建造物も無い。罠は大型機械を見据えたもので、人型には危機回避が作動してしまう恐れがあった。そうこうしている間にも機械は迫ってくる。熱源型爆弾も利かないだろうか、いや、熱を感知して一瞬でも混乱させれば…

成功の可能性が一ミリでも見えるのなら。男の武器はその判断力だった。近づいてきた黒が見える。爆弾のピンを五つ同時に外す。一時の方向、三時の方向、十一時の方向、九時の方向!

実弾以外の弾は反動が激しい。びりびりと痺れる腕をなんとか下半身で支えた。着弾、次第に遠くに蜃気楼が発生する。軌道を読まれないための時間設定だったが、それは仇となったようだ。がちん。男の唇が、ジャムった、と呟く。

引きつった腕の筋肉が反射のように銃を投げる。熱くなり出していた爆弾は銃ごと吹っ飛び熱線を弧のように描いた。おれの改造銃、と少し残念がる声が上がる。 兵器は確かに混乱していた。けれどその後、一つだけ遅れた熱線を追って...男の間際に、近づいてくる。


「...あれ?」

一つ、おかしな所があった。兵器は自ら熱線を放つことは止めている。そして、ヘルメットが取れ剥き出しになった頭部は、明らかに人間のものだった。それに、敵意はもう感じられない。

「...アンドロイド?」

元々は都市の産業だったのだが、今はめっきり珍しくなってしまったアンドロイド。別名、人形。その存在に男は少しばかり好奇心を抱く。機械は男の顔を見ると、首を少し傾げた。照準の円越しに見ても、相当な美人だ。人工繊維の黒髪はところどころ焼けてしまっているが、黒い睫毛は長く目元を縁取り、その双眸も澄み渡った青色に揺らめいていた。距離はもう十数歩と言ったところか。弾を撃ちでもして、再び攻撃対象となってしまったら、そんなことを考えて銃を下ろす。高い鼻筋。儚く開いた小さな唇。細く尖った顎。本当によく出来てるんだなと思う。あどけない表情は庇護欲を感じさせる、ような。機械は不思議そうな顔をしたまま更に近づいてくる。しかし、そこで男は一歩退いた。

「...お前、でかい、な」

二メトルはあるだろう長身。かなり高いところにあるその美しい顔に、男は頬を引き攣らせる。人間の顔に、人間というよりかは爬虫類の筋肉に近い胸筋から腹部、獣のような関節二本の脚。改造の結果なのだろう。転がったアンドロイドを見る機会なら男にもあった。頭だけはチョサクケンだか何だかで弄れないらしく、首だけが転がっているのもありふれた話だった。おそらくこいつもそうだろう。アンドロイドを無理やり兵器に仕立てあげた結果、このようなアンバランスな人形が生まれてしまったのだ。

「あ、こらこらこら、着いてくんなって」

危害が無いのならと踵を返した男の後ろ、当然のようによたよたとついてくる機械。馬鹿でかい犬のようだった。

「一瞬女型のヒューマノイドかと思ったんだが...どっちみちこんなでかいと遊びようが無いしなあ」

ちらりと美しい無表情を仰ぎ見る。下世話な話、男のいた都市にはヒューマノイドと呼ばれる、更に人間に近しい機械たちが集められた花街もあった。起動しているものはほとんどいないのだが、それにしても綺麗な肌が柔い肉体を包んでいた、ような気がした。目線の高さにある胸部を眺める。胸筋を模したような真っ黒な金属。顔にあるような人工皮膚は見当たらない。見上げた顎、そこから先は肌色であり辛うじて人間に見える。

「なんかなあ、髪が長かったみたいだし、女型のような気もすんだけどなあ...」

機械は男の視線の先、自分の胸部の装甲を見た。腕と脚は完全に後付けだな、そう結論づけると男はくるりと踵を返す。何事もなかったかのように、そのまま歩き始めた。機械は当然のようにその後を着いてくる。

「だーから、着いてくんなって!!あっ、くそ、またか!!」

男は本日三度目の敵に遭遇した。流石にここまで来ると不運と言えよう。一旦退くべきか、いや、それもあんなことを言ってしまった手前好ましくない。四足歩行型の兵器が近づいてくる。とりあえずはこいつの始末だ。男が二丁目の銃を構えた、その時であった。

兵器の四肢が、曲がる。

関節の曲がるべき方向、その逆側に。

そのまま倒れ、どうやら胴体部も損傷を受けたらしい兵器は直後に爆発した。男はにわかには信じられなかった。射程距離にもいない敵を、いったい誰がどうやって?その丁度反対は、隣の機械の手のひらの穴だ。

「...お前...すごいやつなんだな?」

機械は再度、首を傾げる。構えられた手のひらの中央には煙を立てる深い穴。指の先も全て四角く穴を開けている。どうやら製造クラスはかなり高いらしい。男はにやりと薄く笑った。

「こいつはもしや、おれは便利な装備を手に入れた...ってわけか?」

彼はそのまま歩き始めた。その後にはやはり機械がついて行く。もう男は追い払わなかった。動けるバギーを見つけた時並の幸運だ。便利な便利な盾。そう思っておけばいい。彼にしてはひどく短絡的な思想だった。


「しっかし、まあ...」

立ち上る煙。舞い上がった粉塵。ぎぎぎ、と音を立てて胴体を失った脚が傾く。心臓部である円盤は落ちたあとも足掻くようにコードを垂れ流していた。もう攻撃に値しない、そう判断したであろう機械は横を素通りする。

「お前、予想外にできる奴だったんだな」

遭遇したのは、超巨大型八肢兵器。クモ型の格上で、いつもなら撤退を待つか拠点まで戻るクラスの危機だった。それが、全ての足を破壊され、太く平たい胴体は地面で沈黙している。目検では十メトルほどの相手を、たかだか二メトルのこいつは三十秒でのしてしまった。一切の無駄が無い動きで、このタイプの弱点である、関節を全て潰して。涼しい顔をして自分の後ろに戻る黒い機械は、男には死神のようにも思えた。

アンドロイドは千年前、終末戦争の前に製造が終了されている。その千年間を、こいつはお得意の『学習能力』で生き延びてきたはずだ。おれには勿体無いくらいかもな、そう彼は零したし、事実そうでもあった。


巨大砲台、撃破時間二分半。汎用人型兵器の中隊、撃破時間四十秒。超巨大百足型兵器、撃破時間きっかり三分。

歩き始めて丸一日か、ずっとそんな調子である。全く爆弾も銃弾も使わないまま、全部、突然現れたこの機械が終わらせてしまった。

「ここまで来たら、出来すぎだとしか言えねえなあ」

いささか出来すぎた話のような、男は頭をかく。機械は相も変わらずの無表情で着いてきていた。陽の粒が完全に地平線に消えると、男はぴたりと足を止める。

「...しょうがねえな、お前も入るか?」

話通じるか分かんねえけどな、そう彼は零して道の真ん中にある鉄板を持ち上げた。狭い入口にかけた罠を外し、その下の空洞に足を踏み入れる。地下へ続くその穴に、機械も苦戦しながら身体をねじ込んだ。


足音が静かに響く広い人工的な空洞、足元に二本の細いレール。人が来たことを感知し、運良く生き残った光子灯がいくつか遠くを照らす。

地下空間、そこは八番という名のついた拠点だ。拠点、とはいっても元からある地下道の壁にいくつかの罠と仕掛けをかけただけのものである。旧世代に作られた兵器の殆どは熱感知、まれに赤外線であったり電波反響であったり空気振動であったりする。ようは、地下ならば防げてしまうのだ。崩落箇所もあり安全とは言いきれないが、それでも地上にいるよりマシだった。地面を這う金属の線はその道が無くなるまで続いている。他の地下道も同じように線が伸びていたし、どうやら直線上に繋がっていることから、男はこれが元は「都市直通の輸送路」だったのでは無いかと推測している。 ここの拠点は、骨の残骸のようなものが端に固まっていた。焼け焦げ横転した金属の箱は、なぜだか柔らかい椅子が列を成して張り付いている。それを外して椅子、ないしは寝台として男は利用していた。

彼は義体の整備をする機械を尻目に、火を起こして獣の皮を剥ぐ。夕暮れ、攻撃価値のない生き物を追いかける男を機械は全く手伝わなかった。そのくせ稀に見える青空のような目で、不思議そうにこちらを眺めている。

今日の獲物は、先程捕まえた滑り兎だ。白くて常時ぬめついた体液を分泌させている、緑の目が左右合計八つのクリーチャー。ぬるつく皮を何とか剥がすと、細く黒い骨にへばりついた緑の肉と真っ白な内臓が残る。綺麗に内臓を削ぎ落とし適当な串に刺して火にかけた。肉の色味が緑から白に変わると、掴んですぐ男はばりばりと頬張る。歯ごたえのある骨は美味い。これが溶けてしまっている個体もあるのだから、今日は当たりだ。常人なら悲鳴をあげて逃げ出しそうな光景を、機械はまだじっと見つめていた。

「なんだあ?お前、食べたいのか?」

口元に持っていってやると、しばらく小首を傾げ観察し、ふんふんと匂いを嗅ぐかのように鼻を近づける。青の奥、小さな音を立てて円が回っているのがこの距離だと見えた。焼けたビニールの様な匂いに少々眉根を寄せ、無言で顔を遠ざける。

「ははは。まるで…」

男は突然、喋りかけて開いた口を閉じ目をそらした。機械は不思議がるようにそれを覗き込む。乾いた喉を水で潤すと、男はようやく話を続けた。

「...いや。なんでもない」

ますます疑問符を浮かべるような機械。生き物にはありえない、純透明を湛えた青い瞳が動く。白い瞳孔が形を変える。

「...気になるのか?そうだなあ...」

食い下がる機械に根負けしたらしく、男は再度目を合わせた。火を消す。このペースならもう一つ先まで進めるだろうと、ここの拠点での就寝を諦め地上に戻る。

「ああ、あんな感じの。あれがお前に似てんだよ」

彼の指差しの先にあった、水銀獣、四本脚に尾と長めの首を持つ生き物。哀れにもそいつは、その瞬間消し炭と化した。

何を勘違いしたのか機械はそれを彼のためにと屠ったらしい。夜闇の中、消えかけの炎が揺らめく。何処と無く嬉しそうな瞳の無表情でそれを持ってくると、男のナイフをぎこちなく握った。そしてそれは、生き物の骨だとか筋肉だとかを無視して力任せに両断される。呆然としていた彼はようやく正気に戻り、何をしてくれようとしてくれたのか何となく察した。

「...振舞ってくれようとしてんのか!?いや、そいつはな、体液が水銀だから処理が面倒...というか、ほぼ炭だろうそれ...」

言葉は分かっていないのか、そう男は結論づけた。せっかく人の形をしているのに、学習能力はあるのに、喋らせないことに何か意味はあるのか。それとも、兵器用にと改造されているからなのか。


どちらでもいい。

盾に、そんな機能は求めない。


半分に割れた炭を手渡され、彼は考えるのを止めた。機械は男の真似のように炭を口に入れ顎を動かす。壊れてもしらねえぞ、男は横目でそれを笑った。

「いや、今おれは腹が空いてないんだ。あとで食う」

食材を口にしない男を、機械は訝しむように首を傾げる。麻袋にそれが仕舞われたのを見届けると、満足げにふらりと立ち上がった。

「どうやら、知性はありそうなんだけどなあ」

男はそう呟く。拠点を九、十と継いで、そこからまた二日行軍は続いた。

その気を出せば端までは一日もあれば辿り着ける。しかし、迂回に迂回を重ねる安全なルートだと、沢山休憩をいれることも重なり数日間はかかるのだった。あと一日、そう零すと男は次の拠点の入り口を示す布切れを見つける。

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