傍観者
栗木がいじめを受けているかもしれない。俺はある1人の人物に疑惑をもちつつ、自分の席に着く。そして、給食の時間。この日の給食当番の中に栗木がいた。栗木はカレーを器によそう担当だった。順番に並び、ご飯やお漬物、牛乳などをトレイに乗せていく。カレーの番になり、栗木の前に立つ俺。
栗木「……(無言で器にカレーをよそう)」
空翔「……(一点を見つめ、いじめの事を考えている)」
栗木「…あ…あの…」
空翔「…?」
栗木「…よそったけど…」
空翔「あ…」
いじめのことを考えていた俺は、カレーがよそい終わっていることに気付かなかった。
俺の次に並んでいるクラスの女子「早くどいてよ」
空翔「…あぁごめん」
俺は、トレイを持って自分の席に着く。そして、みんなの「いただきます」の掛け声で給食を食べ始めた。
しばらくすると、お腹を満たした担任の奥田が満足げに教室から出て行く。だが、これはいつもこと。というのも、奥田は俺たち生徒より先に給食を食べ始める。だから、1人だけ食べ終わるのが早い。そして、食べ終わると1人でさっさと教室を出て行くのである。(職員室かどこかで煙草を吸っているんだろう)
気にせず給食を食べていると、俺はおかしなことに気付く。なぜか、カレーにだけ手を付けていない生徒が多いのだ。これまで給食でカレーは何度も出てきている。だが、こんな光景は今まで見たことがない。そこで俺は、栗木がカレーの当番だったことを思い出した。
空翔「……まさか」
嫌な予感がした。しかし、それはすぐに現実のものとなった。
空翔「(カレーを食べていない他の班の男子生徒の席に行き)なんでカレー食わないの?」
男子生徒「い、いや、今日は食欲がなくて…」
空翔「(同じように他の女子生徒の席に行き)なんでカレー食わないの?」
女子生徒「わ、わたし今ダイエット中だから…」
栗木「……」
その様子を栗木が悲しそうな目で見ていた。
空翔「じゃ俺、もらっていい?」
女子生徒「……え?」
クラス「……(シーンとしている)」
そういって、俺はカレーを残している生徒の席を回り、無言で食べていく。だが、大食いではない俺。やがてお腹が苦しくなってくる。限界に近づいてきたその時。俺と同じ行動をとる男がいた。タカオだった。
孝雄「バクバク…(無言でカレーを残している生徒の席に行き食べる)」
栗木「……」
栗木は目に涙を浮かべ、俺らを見ていた。タカオの気持ちにも打たれた俺。抑えていた怒りがふつふつと込み上げ爆発した。
空翔「何でカレー食わねーヤツ多いの?おかしくね?(クラスの全員に向かって)」
クラス「………(下を向いて黙り込んでいる)」
少しの沈黙が続いた後、1人の男子生徒が重い口を開く。クラスで1番成績優秀な高井だった。
高井「…栗木さんは放射線を浴びてるって噂だから…。その…感染したら…」
嫌な予感は的中した。女子バレー部だけに留まらず、クラスにまで栗木の悪い噂が流れ始めていた。
空翔「………」
クラス「………(静寂に包まれる)」
空翔「高井…お前医者か?」
高井「…え?」
空翔「栗木から「被ばく反応が見つかった」なんて診察結果でもあんの?」
栗木「…(黙ってこちらを見ている)」
孝雄「…(黙々とカレーを食べている)」
高井「…い…いや…それは…」
クラス「……(シーンと静まっている)」
俺は高井だけでなく、クラスのみんなに向けて話を始める。
空翔「…お前らさ「魔女狩り」って知ってるか?16世紀から18世紀に欧米で起こった黒歴史で、ある日突然「お前は魔女だ!」って言いがかりつけてよ。証拠もないのに3万5000人から10万人以上の人が無実の罪で殺された」
クラス「………」
空翔「一方的に「被ばく者」ってレッテル貼って証拠もないのにいじめる。同じじゃねーか?今のオメーらがやってることも」
クラス「………」
空翔「栗木がなにしたんだよ?まだ来て間もないのに一生懸命やってンじゃねーか。みんな嫌がるトイレ掃除だって黒板の掃除だってゴミ掃除だって…」
栗木「……(悲しい顔で俯いている)」
クラス「………」
空翔「なのに放射線が感染する?箸にも棒にもかからねーよ…」
高井「……」
空翔「「みんな言ってるから」「みんなやってるから」「自分には関係ないし」。付和雷同、見て見ぬふり、保身だけの一生「モブ」。あ~アホくさ」
クラス「………」
空翔「楽しいか、こんな人生?人生ってオメーら1人1人が「主人公」なンじゃねーのかよ?」
クラス「………」
しばしの沈黙。続けて俺はこう口を開く。
空翔「まだくだらねーことするヤツいる?」
クラス「………」
空翔「いたら今すぐ俺が相手してやるよ…。ただ、俺は暴力には暴力で対抗させてもらう。遠慮なくブン殴らせてもらうけど(ニヤリと笑いながら)」
高井「…それは違くないか?」
ここで再び優等生の高井が口を開く。
空翔「…?」
高井「確かに栗木さんの噂については僕も謝るところはある。証拠もなく信じちゃったのは申し訳ないとも思う。でも、大和君が言う「ブン殴る」っていうのは間違っている。暴力は暴力しか生まない」
クラス「(ザワザワし始める)」
空翔「どの口が言ってンだ?(笑)物理的な暴力以外は暴力じゃねーとでも思ってンの?」
高井「……」
空翔「栗木が今、心にどれだけ深い傷負ってるかわかってんのか?今テメーらがやってることは立派な「心の暴力」なんだよ」
栗木「…大和君(涙を浮かべ、か細い声で)」
クラス「……」
高井「で!でも「物理的な暴力」と「心の暴力」は違うじゃないか!心の傷なら話し合いやカウンセリングで癒すこともできる。でも「物理的な暴力」は消えない傷を負ってしまうことだってあるんだ!」
空翔「……(黙って高井の話しを聞いている)」
高井「……物理的な暴力は暴力しか生まない。だから「話し合い」こそが解決できる唯一の正しい方法だと僕は信じてる!」
クラス「……(そーだそーだと言わんばかりに高井の言葉に多くの生徒がうんうんと頷いている)」
自分の意見を信じて疑わない高井。俺と高井の睨み合いが続く。
空翔「じゃあ聞くけど、戦争ってなんで起きてるの?」
高井「?」
空翔「お前が言うように「話し合い」で暴力を止めることができンなら戦争なんて起きねーじゃん?でも実際起きてる」
高井「……せ、戦争といじめは違う。論点ずらしはやめろ…」
空翔「そうか?戦争ってのは暴力の究極系じゃねーか。殴るどころか命を奪い合うんだからよ?」
高井「……」
空翔「戦争の抑止論に「相互確証破壊」って考え方がある。要するに、「お前が撃つなら俺も撃つ」ってことだ」
高井「…?」
空翔「こういう「やったらやられる状態」にしておくから戦争は起きねぇ。てか正確にはできない。でも、お前(高井)が言うように「僕たちは撃たれても何もしません。だって話し合いで解決できるって信じてますモン(テヘーン♪)」なんて甘いこと言ってたら、現実はあっという間に攻め込まれて国は滅びちまう」
クラス「…た、確かに(クラスの中でも少しの生徒がカケルの意見にうんうんと頷きだす)」
高井「……クッ!」
空翔「いじめも同じだ。話し合いで解決できンならそのほうが良い。けど、現実は話しが通じねー相手だっている。俺がブン殴るのはこの「話し合いが通じない相手」に対してってことだ」
俺と高井の舌戦が続く。俺に言い負かされるのはクラスで成績1位のプライドが許さないのか、高井はそれでも反論を続ける。
高井「…でも!それでも僕は大和君の意見には反対だ!話し合いこそが平和に解決できる唯一の方法なんだ!」
空翔「ふ~ん(鼻をほじりながら)」
栗木「……(カケルを見て事の成り行きを見守る)」
高井「…下唇をギュッと噛みしめながら俺を睨み続ける」
少しの間が空き。
空翔「そこまで言うなら、お前は相手が殴りかかってきても絶対に手は出さねンだな?」
高井「フッ。僕ならそもそもそうはならない。暴力は低能な人間のすることだ。僕ならそうなることを防ぐために知恵を働かせて事前に話し合いで解決させておく」
空翔「試していい?」
高井「……は?」
空翔「話し合いで解決できンだろ?絶対に手は出さねンだよな?俺は今すぐテメーのことブッ飛ばしたくてしょーがねンだよ(ニヤリ)だから、お前が言う「話し合い」で俺を納得させて解決してみせてくれよ?」
高井「…え!?…い…!?(顔が引きつり汗をかきながら後ずさる)」
空翔「(手を重ねバキボキと指の関節を鳴らしながら)準備はいいか?いくぞコラァ!!」
高井「ちょちょ!…待っ!!」
俺は高井の懐に瞬時にダッキングして潜り込む。そして、すかさず右ボディフックから右ショートフックのコンビネーション。が、二発とも体に当たる既の所でパンチを止める。
空翔「(ニヤッ♪)」
高井「………(鼻水を垂らし呆然と固まっている)」
空翔「なに…この手?(笑)」
高井「…へ?…あ…(プルプル震えながら)」
高井は顔を殴られまいと、両手で顔を防ぐ格好をしていた。
空翔「手は出さない?出してんじゃん(笑)」
高井「こ…!これは防御だ!」
空翔「防御?おっかしーなぁ…。そもそもこうなる前に「知恵を働かせて話し合いで解決できる」ンじゃなかったっけ?だったら防御する必要もないよなぁ?」
高井「…そ…それは…(汗)」
クラス「………(シーンとしている)」
空翔「できてねーじゃん?(ニヤリ)」
高井「………(大汗)」
空翔「話し合いこそが唯一の正しい方法だ?「理想」と「現実」は違うンだよ、お花畑ヤロー!(ニヤリとしながら顔を近づけガンくれる)」
高井「……うぅ…(慄いた表情でうつむく)」
栗木「……(その様子を涙を浮かべて見ている)」
そのまま俺は、残ったカレーを持って栗木の席へ向かう。同時にタカオもやってくる。
空翔「バクバク(無言でカレーを食べる)」
孝雄「バクバク(無言でカレーを食べる)」
クラス「………(シーンとしている)」
栗木「…ヤマト君…。浜口君…(消え入りそうな声で)」
空翔・孝雄「ニィッ(満面の笑みで)」
栗木「……ありがとう…(大粒の涙を流し微笑みながら)」