離れても
みんなと別れた後。帰りの方向が一緒の俺と栗木は、2人で自転車を押しながら手賀沼沿いを歩いていた。
空翔「…3日後か」
栗木「…?」
空翔「引っ越すの…」
栗木「…うん」
言葉が途切れる。しばらくお互い無言で歩いていると、空を見上げながら栗木が口を開いた。
栗木「最初…」
空翔「ん?」
栗木「大和君が話しかけてくれたとき…」
空翔「…うん」
栗木「からかわれてるのかなって思った(微笑みながら)」
空翔「なんでやねん!(大阪に引っ越すので関西弁で突っ込む)」
栗木「笑(お互い見合いながら)」
空翔「笑(お互い見合いながら)」
また少しの沈黙。
栗木「いつも元気で笑わせてくれて…」
空翔「………」
栗木「いじめられているときも、ずっと側にいてくれて…(涙を浮かべる)」
空翔「………」
栗木「自分も同じ目に遭うかもしれないのに…味方でいてくれて…」
空翔「………」
栗木「嬉しかった…本当に…(大粒の涙を流す)」
空翔「………」
サワサワサワ…(川風が吹き葦が揺れる音)
栗木「わたし…」
空翔「…?」
栗木「ここにいたい…。離れたくないよ…(俯き加減で涙を流しながら)」
再び沈黙。お互いしばらく無言のまま歩く。やがて、俺も空を見上げながら口を開いた。
空翔「好きな子がいるの、俺」
栗木「……え?(泣きながらハッとした表情になる)」
空翔「…内気で泣き虫で口数も少ないけど、家族想いで友達守るために自分が犠牲になって…。強くて優しい子なの」
栗木「……(頬を真っ赤にしながら驚いた様子で)」
空翔「(栗木に向かってニィッと笑う)」
サワサワサワ…(川風が吹き葦が揺れる音)
空翔「…だから、その子は…もう逃げない」
栗木「………(黙ってカケルを見ている)」
空翔「(満面の笑みで栗木を見る)」
栗木「……うん(瞼を閉じ微笑みながら納得の表情で大粒の涙を流す)」
それから3日が過ぎたゴールデンウィーク初日。いよいよ栗木が引っ越す当日の朝を迎えた。
アユミたちが見送りたいということで、栗木は家族とは別に電車で移動することになっていた。最寄駅のホームには、アユミ・ミエ・女子部員の5人。リキヤ・シュン・マサの計8人が集まっていた。
亜弓「短い間だったけど、あんたとは腹割って話せた気がする(微笑みながら)」
栗木「…アユミさん」
ミエ「困ったことがあったら、いつでも連絡待ってるから(微笑みながら)」
栗木「…ミエさん」
女子部員「元気でね…(微笑みながら泣いている)」
栗木「…うん」
力也「気合いが必要だ!(ガッツポーズをしながら意味不明なことを言う)」
栗木「…う…うん」
シュン・マサ「頑張れよ(笑)」
栗木「…みんな、ありがとう(微笑みながら)」
プルルルル…!(電車が発車する音)
「ドアが閉まります、ドアが閉まります、ご注意ください」(アナウンス)
プシュー、バタン!(ドアが閉まる音)
栗木を乗せた電車がゆっくりと動き出す。電車に並走して見送るアユミたち。
亜弓・ミエ・女子部員・力也・シュン・マサ「元気でなー!頑張れよー!」
ドアの向こうから微かに聞こえる声に、栗木は涙した。
栗木「(みんな…本当にありがとう…)」
その頃。マヒロ・タカオ・リュウジ・ツトムの4人は。
亜弓「吉崎。今電車でたよ(電話で)」
真尋「了解(笑)」
アユミから連絡を受けたマヒロは、栗木が乗った電車の線路沿い近くにある田んぼに待機していた。
栗木「ガタンゴトン…ガタンゴトン…(電車に揺られながらドア付近に立ち外を見ている)」
栗木を乗せた電車がやってくる。それに合わせ、マヒロは大きな文字が書かれたボードを掲げる。そこには「ズッ」という文字が書いてあった。
真尋「(栗木が乗った電車に見えるようにボードを掲げる)」
電車内にいる他の子ども「ママーあれ見て!なんかやってる(外を見て指を指しながら)」
その言葉を聞いた栗木は、ふと子供が指を差す外を眺めた。
栗木「(え!?マヒロちゃん!?)」
真尋「ニィ(笑顔でボードを掲げている)」
栗木「(「ズッ」…?)」
次の駅で電車が停まり、乗客を乗せて再び走り出す。栗木が無言で外を見ていると、今度はタカオが大きな文字の書かれたボードを掲げていた。
孝雄「(笑顔でボードを掲げている)」
栗木「ガタンゴトン…ガタンゴトン(「友」…)」
リュウジも。
龍司「(笑顔でボードを掲げている)」
栗木「ガタンゴトン…ガタンゴトン(「だ」…)」
ツトムも。
勉夢「(笑顔でボードを掲げている)」
栗木「ガタンゴトン…ガタンゴトン(「ぜ」…)」
「ズッ友だぜ」。マヒロたちが掲げたボードにはそう書かれていた。
栗木「(マヒロちゃん…浜口君…石母田君…橘高君…。みんな…忘れないよ…!(大粒の涙を流す))」
電車は次の駅に停車した。そして、再び走り出す。
栗木「(次は…大和君。…ドキドキドキドキ)」
外を眺め続ける栗木。だが、いつまで経ってもマヒロたちが掲げていたような文字は見当たらなかった。
栗木「……(俯いている)」
俺の姿が見当たらないまま電車は次の駅に近づき停車しようとする。その時、車内に一匹の蝶々が飛んでいるのに気づき、栗木の側に来る。
栗木「(ここから回想↓)」
空翔「…見て(包んでいた手のひらの隙間から栗木に見せるように)蝶々(笑)」
栗木「…その子は蛾だね(笑)」
空翔「あ、蛾か(笑)ほれ♪(栗木と反対の方向へ逃がす)」
栗木「…フフ(微笑)(ここまで回想)」
栗木「……大和君(思い出を振り返り涙が溢れる)」
大和のことを思い出していた栗木は側に飛んでいた蝶々をやさしく両手で包み、一時的にドアから外に出て蝶々を逃がそうとする。
プシュー(停車しドアが開く音)
栗木「……(一旦外に出て蝶々を逃がす)」
その時、栗木のすぐ横に俺が立っていることに気づく。
栗木「大和君!?」
空翔「………(真剣な顔で栗木を見ている)」
俺は周りを気にせずそのまま栗木を抱き寄せる。
栗木「や…大和…君!?(顔を真っ赤にして涙目で驚いている)」
お互い抱き合ったまま少しの沈黙。
空翔「卒業したら…」
栗木「………」
空翔「バイトして会いに行く」
栗木「…え?」
空翔「待っててくれるか…?」
栗木「……うん(瞼を閉じ、俺の背中をギュッと抱きながら嬉しそうに涙する)」
プルルルル…!(電車が発車する音)
「ドアが閉まります、ドアが閉まります、ご注意ください」(アナウンス)
プシュー、バタン!(ドアが閉まる音)
空翔「ガタンゴトン…ガタンゴトン…(栗木を乗せて行ってしまう電車を見ている)」
栗木「ガタンゴトン…ガタンゴトン…(涙を流し俺のいるホームをずっと見ている)」
しばらくして、タカオ・リュウジ・ツトム・マヒロの4人が俺のいる駅にやってきた。
孝雄「…気持ち、伝えたのか?」
空翔「あぁ…」
龍司「フッ…(俺を見て微笑んでいる)」
勉夢「行っちゃったな…」
真尋「なにシケた顔してんだよ(笑)「ズッ友」だろ?わたしたち♪」
孝雄「そーだな(笑)」
龍司「おぅ(笑)」
勉夢「ははは!(笑)」
真尋「じゃあ、これからカラオケでも行く?わたし歌いたい♪」
孝雄「お!いーね(笑)」
勉夢「今日は歌うか(笑)」
龍司「よーし!ンじゃ俺も…」
空翔「テメーは来なくていい!(怒)」
孝雄・勉夢・真尋「わははははは!」
そして、ゴールデンウィークが明け、いつものように学校に行く俺。教室に入り、栗木がいた席に目を向ける。
空翔「………」
そこに栗木の姿はもうない。だが、悲喜交交の30日間。駅のホームで抱きしめたぬくもりはずっと消えずに残っていた。
――それから1年後。
中学を卒業した俺は、春休みを使って日雇いのアルバイトをした。そのお金で今、大阪に来ている。季節は4月。
栗木と初めて出会った日のように、待ち合わせの公園には桜の花が咲いていた。時刻は午前9時。そろそろ来る頃だ。
栗木「カケル君!(手を振りながら俺のもとへ笑顔で駆け寄ってくる)」
空翔「おぅ!(笑)」
1年ぶりに再開した俺たち。人目をはばからず抱き合う。
空翔「好きだ…愛子!(ニコッと満面の笑みで)」
栗木「わたしも…カケル君大好き…!(超嬉しそうに照れながら)」
空翔「ぼわはははは!かしこまりぃ!!(自衛隊の敬礼ポーズで)」
高1の春。俺は彼女と初めてキスをした。
空を仰ぐと、そこには恋人同士が手を繋いでいるような形をした雲が浮かんでいた。
-おしまい-
●おまけ:
10年後、カケルと栗木が家の玄関前で中央に並び、その周りを、タカオ、リュウジ、マヒロ、ツトム、アユミ、ミエ、リキヤが囲んでいる集合写真。
カケルと栗木は双子の赤ん坊を抱きかかえながら、カケルが栗木に唇を伸ばしてチューをしようとし、栗木が嬉し困っている顔で写っていた。(双子の赤ん坊はスヤスヤと眠っている)
双子の赤ん坊は栗木が好きだったオムライスの帽子(黄色い帽子の先端に赤いケチャップが飾られた帽子)を被っていた。集合写真の端に写っているリキヤも、なぜかオムライスの帽子を被ってカッコつけていた。




