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それは突然に

数日後の放課後。

3年1組の教室には、俺、栗木、リュウジ、マヒロの4人が集まっていた。



空翔「体動かさないとなまってしょうがねーわ(シャドーをしながら)」

龍司「俺もまずは怪我を治せって会長に追い返されたよ」

真尋「じゃさ!これからみんなでカラオケでも行かない?♪」

栗木「カラオケ…?」

空翔「アホか…。行きたくても金がねーわな」



そこでマヒロは、制服のポケットから何かを取り出す。


真尋「じゃーん!これなーんだ?」


それは3万円というお金だった。



空翔「さ、3万!どしたんだよそんな大金!?まさかお前、とうとう「売り」…」

真尋「ゴンッ!(俺の頭をゲンコツする)するかっ!(怒)」

龍司「じゃあどしたんだよその金?」

真尋「今朝、アユミとミエたちが「悪かった」ってわたしのところに来たんだよ。怪我させた治療費 + 慰謝料としてみんなに受け取って欲しいって渡されたの(これでも一応わたしは断ったんだぞ…)」

栗木「アユミさんたちが…」

真尋「そ!1人につき1万円ってことでね♪」

空翔「1人につき?てことは、栗木だろ、マヒロだろ、リュウジだろ…って!俺の分が入ってねーじゃねーか!」

真尋「まぁまぁいいじゃない(笑)あんたは石頭のおかげでかさぶたで済んだんだから」

空翔「あ…あンのクソアマども~!やっぱりもっとシバいときゃよかったぜ!(怒)」

真尋「はいはい(笑)わたしも愛子も怪我治るまで部活出れないしさ、今からみんなで行こうよ♪」

龍司「そうだな(笑)」

栗木「うん…(ニコ)」

真尋「じゃ決まり!タカオとツトムにも部活終わったら来るようにLINE送っておくわ(笑)」



その後、部活を終えたタカオとツトムもカラオケに合流し、俺たちは食べて飲んで歌って楽しんだ。そして時刻は夜8時。カラオケを終えた俺たちは店の外に出る。



空翔「み…耳が腐ります…(汗)」

孝雄「おぅ…どう歌えばあんなキモくなるんだ…(汗)」

龍司「そうか?今回は上手く歌えたと思うけどな(笑)」

栗木「マヒロちゃん、歌上手なんだね」

真尋「いやぁ~、それほどでもあるかなぁ(笑)(小学校まで歌手目指してたくらいだから♪)」

勉夢「栗木ちゃんだって上手だったじゃん(笑)」

栗木「……(照笑)」

空翔「じゃあ、飯も食ったことだし帰るとしますか♪」



そう言い、みんなで歩き出した時。栗木だけが1人、その場を動かないでいた。


真尋「愛子~どしたの?忘れモン?(歩きながら振り向いて)」


マヒロの呼びかけにも動こうとしない栗木。それに気づいた俺も立ち止まり栗木に声をかける。


空翔「どした~栗木?」


しばしの沈黙。後に栗木は呟くように口を開く。



栗木「今日もみんなと居れて…すごく嬉しかった…」

孝雄「なんだよ、あらたまって(笑)」

龍司「(笑)」

栗木「本当に…どうもありがとう…(目に大粒の涙を浮かべながらペコリと頭を下げる)」

勉夢「…栗木ちゃん?(栗木の涙に気付いた様子で)」



サワサワサワ……(夜空に春の風が吹く)



栗木「…わたし。…来月引っ越すの…(涙を浮かべながら微笑む)」

空翔・孝雄・龍司・勉夢・真尋「……え?」



あまりに突然のことに、俺は言葉が出なかった。それは、タカオ、リュウジ、ツトム、マヒロも同じのようだった。しばしの沈黙が流れた後、栗木はこう続ける。



栗木「お母さんの容体が悪化して…。来月から大阪にある専門医で診てもらうことになって…」

空翔「…大…阪?(栗木を見て呆然としながら)」

孝雄・龍司・勉夢・真尋「………」

栗木「せっかく…友達になれたのに…(大粒の涙を流す)」

空翔「……」



ショックだった。栗木が転校してきてまだ20日足らず。でも、本当の友達になれたと思っていた。いや、それ以上に俺は栗木を1人の女性として意識し始めていた。


これから楽しい思い出をたくさん作っていける。そう期待していた矢先の出来事。だが、お母さんのことを思えば当然ということもわかっていた。


どうすることもできない自分に歯がゆさを感じたまま迎えた次の日。場面は帰りの会。



奥田「あ~、急な話になるが来月、栗木はご家族の都合で大阪に転校することになった」

空翔「………」

孝雄「………」

クラス「………」



そう言うと、奥田は栗木を手招きして、教卓の横に呼び寄せる。



奥田「栗木。なにか一言あるか?」

栗木「…短い間でしたけど…お世話になりました(クラスのみんなにペコリと頭を下げる)」

奥田「ちょっとしか一緒にいられなかったが、今月いっぱいは俺のクラスの生徒だ。それまで、何かあったら支えてあげて欲しい」

クラス「………」



奥田が栗木の転校をみんなに告げたことで、あらためて胸が締め付けられる思いに駆られた。その日の学校帰り。俺は、いてもたってもいられずキックのジムを訪れた。



空翔「こんばんは。失礼します(入口で一礼して中に入る)」

キックの先輩・大学2年生の三沢「オッス、カケル」

空翔「あれ、会長は?」

三沢「今日はまだ来てないよ」

空翔「そうッスか…」

三沢「それよりお前、もう怪我は大丈夫なのか?」

空翔「大したことなかったんで(笑)大丈夫です」

三沢「そうか。つってもまだ病み上がりだろ?無理すんなよ(笑)」

空翔「はい…」



先輩たちと軽く話をし、ストレッチを終えた俺はジャンパーに着替える。等身大の鏡の前でシャドーを数セットしてからグローブをつけ、サンドバッグを打ち始めた。


空翔「ボスッ!バスッ!ドスン!」


ジャブ、ストレート、フック。ロー、ミドル、膝。体に染み込んでいる技を組み合わせ、ただひたすらに打つ。じっとしていると栗木のことばかり考えてしまうからだった。


空翔「はぁ…はぁ…(汗)」


数日空いたこともあり、体が思うように動かなかった。だが、その後もひたすらサンドバッグを打ち続ける。時を同じくして。



孝雄「(店の調理場で魚をさばき、料理の練習をしている)」

龍司「(軍事学の本を片手で読みながらもう片方の腕でダンベルを上げている)」

勉夢「(椅子に座って黙々とエレキギターを弾いている)」

真尋「(部屋のベランダに出て頬杖を突きながら夜空を見ている)」

栗木「(学習机に座り、スマホで俺たちと映っている写真を見ている)」



どれくらい経っただろう。自分の汗で足が滑った時、ふと我に返った。その時、ジムに会長が入ってきた。



空翔「…ぜぇはぁ…ぜぇはぁ…(大汗)」

会長「大和…?」

空翔「…あ、会長。こんばんは」

会長「…なにをしているんだお前?」

空翔「練習ッスけど…?」

会長「バカモン!怪我が治るまで無理はするなと言っておいたろうが!」

空翔「…いや、もう大丈夫なんで」


そう言うと、会長は無言で俺のもとに歩み寄りグローブを外す。


空翔「…てっ!」


グローブから覗かせた右拳は、人差し指と中指のけんダコがむけ、血が滲み出ていた。


会長「………」

空翔「………」


仕方がないこと。それは自分でもわかっていた。だが、離れたくない。でも、理解しなきゃいけない。俺は、考えても考えても気持ちの整理がつけられなかった。

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