…でも忘れない
栗木の様子が落ち着いたところで、俺たちは保健室へ向かう。
俯きながら悔しさと怒りに打ち震え、四つん這いで涙を流すアユミの横を通り過ぎようとする俺たち。次の瞬間、俺はアユミの体操服の奥襟と袖口を素早く掴み、クルッと背負い投げを喰らわせる!
亜弓「きゃああああ!!!(ブワっと宙に浮く)」
空翔「(地面に叩きつける寸前でピタッと止める)」
亜弓「……へ?(目をパチパチとさせ呆然としている)」
栗木「………!?」
空翔「アユミ…(呟くように)」
亜弓「………(涙と鼻水を垂らしながら震えている)」
空翔「握りこぶしのままじゃ、いつまでたっても握手はできねーぞ?」
亜弓「………」
空翔「お前もこれを機に「世のため人のため」に生きてみろよ…。人生、少しは楽しくなるぜ?(ニヤリ)」
栗木「…大和君…(感動した様子でカケルを見ている)」
亜弓「…うぅう!…あぁぅぅああ!!(その場に崩れ落ち、再び泣きじゃくる)」
――翌日。
午後の授業を終えた俺、栗木、タカオ、リュウジ、ツトム、マヒロの6人は屋上に集まっていた。
勉夢「栗木ちゃんは軽い打撲。マヒロは軽傷か。2人とも大きな怪我にならなくて良かったね」
栗木「…うん」
真尋「リュウジも打撲だったんでしょ?」
龍司「おぅ(頭に包帯を巻きチュッパチャップスをなめながら)」
孝雄「てかお前、よく打撲で済んだなぁ。角材でぶん殴られたってのによ…」
空翔「ぼわははは!「タンポポ怪我なし」って言うだろ(笑)(チュッパチャップスをなめながら)」
龍司「んな諺ねーよ…。てか1番おかしいのはテメーだ!(怒)」
空翔「え?(鼻をほじりながら)」
龍司「石で殴られといてタンコブとカサブタだけだぁ?ターミネーターかお前は…(汗)」
俺ら「ははははは!」
孝雄「でカケル、どーすんだよ?」
空翔「?」
孝雄「スマホで録音していじめの証拠握ったんだろ?これから職員室持って行くのか?」
空翔「………」
??「その必要はないよ…」
どこからともなく聞こえた声と同時に屋上の扉が開き、1人の女子生徒が現れた。
亜弓「………」
栗木「アユミ…さん…?」
真尋「アユミ…?」
亜弓「……(表情を変えないまま俺たちのいるほうに向かって歩いてくる)」
孝雄「アユミテメー!…何の用だ!?(怒)」
勉夢「よくもノコノコ来れたモンだ…(怒)」
空翔「まぁまぁ…(チュッパチャップスをなめながら)」
そう言い、タカオとツトムを手を伸ばして止める俺。
空翔「…何か言いたいことがあって来たんだろ?(アユミに向かって)」
亜弓「………」
サワサワサワ(屋上にいるカケルたちに優しい風が吹く)
アユミは俯いたまましばし無言。が、後に重い口を開く。
亜弓「リュウ君…」
龍司「………」
亜弓「…わたしは、1年のときから、ずっとリュウ君が好きだった」
勉夢「な!?」
孝雄「コ、コラアユミ!なにトチ狂ったこと言ってんだ!?」
真尋「………(タカオの前に手を伸ばし、黙って聞きなという感じで小さくかぶりを振る)」
亜弓「栗木に嫉妬したの、わたし。簡単にリュウ君と仲良くなれている栗木が許せなかった…」
栗木「………」
龍司「………」
亜弓「ミエに言われたこと、栗木に言われたこと、大和に言われたこと、昨日一晩中寝ないでずっと考えてた。ずっと頭の中でグルグル回って。それで気付いた…。わたしのしたことは絶対に許されることじゃないんだって…」
栗木「………」
亜弓「一方的に自分の都合で怒りをぶつけて…栗木の心に…一生消えない大きな傷をつけた…」
空翔「………」
亜弓「…わたしが悪かった…。わたしが全部間違ってた…!(ギュッと目を閉じ涙が溢れる)」
栗木「……(涙を浮かべて)」
サワサワサワ…(再び花びらが舞いながら風が吹く)
アユミからの謝罪を受けた栗木は少しの間を置いた後、呟くようにこれまでのことを話し始めた。
栗木「…毎日が辛かった。本当に…」
亜弓「……(泣きながら罪悪感に満ちた表情で栗木を見ている)」
栗木「…どうしていじめるの?…どうしてヒドいこと言うの?…わたしは学校に来ちゃいけないの?色んなことを思った(涙を流しながら)」
空翔「………」
栗木「「被ばく女」って言われたのは悲しかった…。わたしだけじゃなく、福島のみんなまで悪く言われている気がしたから…。それが本当に辛くて悲しくて苦しくて…」
龍司「栗木ちゃん…」
栗木「朝が怖くて、学校行きたくないって毎日思うようになって…。でも、お母さんやお婆ちゃんに心配はかけたくないから…」
孝雄「………」
栗木「大和君が優しく話しかけてきてくれたのに…。突き放すのがすごく辛かった…。わたしに関わると大和君たちにまで迷惑がかかる。…わたしを友達って言ってくれたみんなを巻き込みたくなかった…。そう思って「わたし1人が我慢すれば良いんだ」って。何度も何度も自分に言い聞かせた…」
真尋「愛子…」
栗木「でも1人で我慢すればするほど、ちょっとした笑い声も自分のことを笑われているんじゃないか。みんながわたしの悪口を言っているんじゃないか…。…そう思うようになってビクビクして…。人を信じるのが怖くなって…」
勉夢「………」
栗木「そんな時…。いつも頭に浮かんでくるのはやっぱりヤマト君たちだった…。転校してきて間もないわたしに浜口君の家で歓迎会を開いてくれて…。あのときの楽しかった思い出が、くじけそうになるわたしを支えてくれた…」
空翔・孝雄・龍司・勉夢・真尋「………」
栗木「ヤマト君が公園で「栗木は何も悪くない」って…。「俺たちはお前の味方だ」って…。すごく嬉しかった。「ここにいてもいいんだよ」って言ってくれてる気がしたから…」
空翔「栗木…」
栗木「…だから、わたしは勇気を持つことができた。ここにいるみんながいなかったら、わたしは辛い気持ちに押しつぶされて学校には来てなかったと思う…」
空翔・孝雄・龍司・勉夢・真尋「………」
栗木「みんながいたから、アユミさんに自分の気持ちを伝えることができた…(大粒の涙を流す)」
亜弓「……(後悔の念に苛まれた表情で栗木を見ている)」
サワサワサワ…(やさしい風が吹く)
亜弓「…わたし…本当に取り返しのつかないことをした…。だから許して欲しいなんて言わない。今のわたしはただただ謝ることしかできないから…」
栗木「…アユミさん」
亜弓「栗木…。本当に…本当に…ヒドいことしちゃってごめんなさい…!!」
アユミはそう言うと、栗木に向かって腰を90度に折り、泣きながら深々と頭を下げた。
栗木「………(無言でアユミを見ている)」
亜弓「………(頭を下げたままポロポロと大粒の涙を流す)」
しばしの沈黙。
栗木「……許すよ」
亜弓「………(頭を下げたままハッとした表情をする)」
栗木「…でも……忘れない(涙を流しながらアユミに向かって微笑む)」
亜弓「………(頭を上げ栗木を見る)」
栗木「いじめは辛かったけど…。相手を思いやることの大切さをあらためて学ぶことができたから(泣きながらニコッと)」
亜弓「…く…栗木…(大粒の涙がこぼれ落ちる)」
その時、アユミのもとへ、マヒロがゆっくりと歩み寄る。
真尋「アユミ…(アユミの前に立ち、真剣な表情で見ながら)」
亜弓「………(真剣な表情で涙を流しながらマヒロを見る)」
真尋「パァンッ!!(アユミの顔に思いっきり右のビンタを喰らわす)」
亜弓「………(左手で頬をおさえながらマヒロを黙って見る)」
真尋「あんたが愛子にしたことは「クズ」のすることだ…!」
亜弓「………」
真尋「でもね、わたしは分別のある人間だから。この一発で今回のことは水に流してやるよ(「過ちがないことではなく、過ちを改めることを重んじよ」って吉田松陰先生も言ってるでしょ)」
亜弓「吉…崎…(涙を浮かべ頬を抑えながら)」
真尋「これからは、あんたも助けてやんなよ…?いじめられてる子がいたら(軽く微笑む)」
亜弓「……う…ぅうう…(ぶわっと大粒の涙が溢れこぼれ落ちる)」
空翔・栗木・孝雄・龍司・勉夢「…(微笑みながらアユミを見る)」
サワサワサワ…(やさしい風が吹く)
龍司「…アユミ」
亜弓「…リュウ君」
龍司「…俺はいじめをするような人間、好きにはなれない」
亜弓「……うん(泣きながら納得したような表情で)」
龍司「…でも」
亜弓「………」
龍司「お前がこれから過ちを改めて「世のため人のため」に生きるなら、「本当の友達」になれる。…もしお前がそれでもいいってならの話だけど」
アユミは俯いたまま。少しの静寂が流れる。
亜弓「……フフッ」
龍司「?」
亜弓「リュウ君と大和、ホントに仲が良いんだね…(微笑む)」
龍司・空翔「??」
亜弓「ありがとう…(ニコッ)」
そう言い残し、アユミは俺たちを後にして屋上から去っていく。
亜弓「世のため人のため……か(微笑みながら呟く)」
アユミの後ろ姿を見て。
孝雄「な、なんだ…あいつ?(マヒロに殴られておかしくなったのか…?)」
勉夢「…でもさ、なんか吹っ切れた顔してたな(微笑む)」
空翔・栗木・龍司・真尋「(アユミを見ながら微笑んでいる)」
アユミは屋上の扉を外から開け校舎内に入る。そこには階段の踊り場の壁で1人の生徒がもたれかかっていた。
亜弓「……ミ…エ?(涙を浮かべながら)」
ミエ「………(真剣な顔でアユミを見ている)」
亜弓「ミエの言うとおり…確かにあいつ(栗木のこと)格好良かった…(大粒の涙を流しながら)」
ミエ「………(そっと白いハンカチを出し、アユミの涙をやさしく拭く)」
亜弓「……わたしが…!…わたしが全部…間違ってた…!(顔をくしゃくしゃにして泣きじゃくる)」
ミエ「……」
ミエは黙ってアユミを見ていた。しばしの沈黙の後。
ミエ「パァンッ!!(アユミの顔に思いっきり左のビンタを喰らわす)」
亜弓「………(右手で頬をおさえながらミエを黙って見る)(…てかあんたまで(泣))」
ミエ「わたしにも…」
亜弓「?」
ミエ「わたしにもやって!」
亜弓「……ミエ」
ミエの気持ちを汲み取ったアユミは、反省の意味を込め大きく振りかぶってミエを本気で殴る!
亜弓「ガンッ!!(拳を握り右のパンチを思いっきり食らわす)」
ミエ「あわびゅっ!!(踊り場の壁に吹っ飛ぶ)」
亜弓「…ミエ…これでいい?(泣きながら真剣な顔で)」
ミエ「あ…ありはほう(ありがとう)…(グーでやるんじゃねぇ!(ひ~!痛いよママ~!))」
亜弓「…うん(やりすぎたことに気づかず泣き続けている)」
ミエ「……職員室。…行くんでしょ…?」
亜弓「………」
ミエ「行くよ…。私も一緒に(涙を浮かべ微笑みながら)」
亜弓「…ミ…エ…(ぶわっと大粒の涙が溢れる)」
ミエ「…わたしたちさ……まだやり直せるよね…(ニコっと)」
亜弓「……うん…」
その後、アユミとミエは職員室に行き、自らが中心となって栗木をいじめていた旨を伝えた。
いじめに加担していた他の女子バレー部員たちも全員、栗木に謝罪した。自ら白状したことが反省していると判断され、学年集会などは開かれなかった。反省文といくつかの課題の提出で済んだようだ。
また、アユミを筆頭に5人全員が親と一緒に栗木のお母さんとお婆ちゃんにも謝罪したことで、この件は幕を閉じた。(もう少しだけ続くよん)




