気付き
お待たせしました
あの唐突な会談の翌日、私は途方に暮れていた。アルと会うための実質的な条件となった父の説得は、早くも暗礁に乗り上げていたからだ。
まず口を利いてくれないし、目を合わせてもくれない。帰りの馬車の中で説得を試み、夕食時には泣き落としをしてみたが、何れも効果が無かった。
自分自身の問題であるし、我儘を言っている自覚はある。だから、母には頼れないし、恐らく頼ってもやんわりと断られてしまうだろう。非常に困った状況であるが、私自身でけじめをつけなければならない問題だ。
とはいえ、前世を含めても私を甘やかすばかりであった父の初めての拒絶に、私は思った以上に動揺していた。朝からずっと自分の部屋でく~ちゃんをいじり倒しながら頭を悩ませていたが、いい加減鬱陶しいしくなったのか外に放り投げられてしまった。
そんな訳で私は気分転換も兼ねて、弟のベルンハルトの部屋を訪れていた。
「あねうえ~」
部屋に入るとベルンがこちらへ飛び込んで来る。ベルンは4歳になり、活発に動き回るようになっていた。よく抱き着いて無邪気に甘えてくるので、もう可愛くて仕方がない。おねーちゃんはメロメロです。
「あねうえ、ごほんよんで?」
そう言ってベルンが持ってきたのは、よりにもよって聖女のおとぎ話が書かれた絵本だった。聖女の絵本はこの国では非常に多く出版されている。だから、当然ベルンに他意など無いのであろうが、どうしてもあの日の事を思い出してしまう。4歳に戻って直ぐは直視することが出来ず、最近ようやく、アルと向き合う覚悟ができたばかりなのだ。聖女に関してはまだ恐怖心が色濃く残っていた。
あの日、抵抗する私を圧倒的な力で押さえつけた聖女ユミ。だが、私が恐ろしいと思ったのは力ではなく、その目だった。まるで虫けらでも見るような冷たい目。
当時は単に、私が危害を加えようとしたという嘘を信じたがための憎悪だと思っていたのだが、今思い返すとそれとは別の、何か異質なものを感じる。根拠も何もなくただの勘であるが、聖女を放っておけば何かとても恐ろしいことになるのではないかと、そう思えてしまうのだった。
「あねうえ?」
動揺しているのが顔に出ていたのだろう。ベルンが心配そうに覗き込んできた。
そうだ、これは唯の絵本だ。前世でも散々母とマリアに読んでもらったじゃないか。それに聖女に関してもいつかは立ち向かわなければいけない問題だ。切欠としては丁度良いじゃないか。
気を取り直した私は、ベルンの横に座り読み聞かせを始めた。
『昔々、あるところにアルフレートという少年がいました。両親を魔物によって亡くしてしまいましたが、周りの村人に助けられながら、どうにか暮らしていました。
あるとき、少年が住む村に聖女を名乗る少女が現れます。少女はその力で村人たちの怪我や病気を治しました。そして感謝する村人たちに対して言ったのです。
ここからずっと北にある山に、ファーフナーという悪いドラゴンが居る。一緒に戦う仲間を探しているのだと。
正義感の強い少年は少女を見捨てられませんでした。そこから二人の旅が始まります。
困難な旅でしたが、少年の勇気と少女の優しさで少しずつ進んでいきます。そして、旅の間に二人はどんどんと仲良くなっていきます。
あるとき、少女は少年に自身のことを話しました。ニホンというとても遠い所から喚ばれてきたこと。神から聖女の称号を与えられたことなどを話しました。
知っている人がおらず心細いという少女に、少年は一生を賭けて守ると誓いました。
それからも二人は旅を続けました。旅の間にバハムートという良いドラゴンが仲間に加わりました。そして、二人はバハムートに乗り、ようやく悪いドラゴンの元にたどり着きました。
悪いドラゴンは山のように大きなドラゴンで、暴れるたびに大きな地震が起きました。とても強い相手でしたが、二人と一体は力を合わせてなんとか悪いドラゴンを倒しました。
二人はなんとか生きて戻ることが出来ましたが、バハムートは力を使い果たし、その場で眠りにつきました。
悪いドラゴンを倒して戻ってきた二人に、人々は王になってくれるよう頼みました。
そうして二人は結ばれ、少年は王様に、少女は王妃様になりました。
王様は勇気と正義の心で国を治め、王妃様は聖女の力と故郷の知識で国を豊かにしました。
人々に感謝された二人は、末永く幸せに暮らしたのでした。』
これまで何度も聴いて、読んできた内容だ。この国の建国時の逸話でもある。
しかし、4歳の子どもには少し難しくベルンが楽しめているか心配だったが。
「すごい、かっこいい」
パチパチと手を叩き、ご満悦だ。楽しめたようで良かった。
しかし、次にベルンが言い出した言葉に血の気が引く。
「ぼくもわるいどらごん、やっつける」
思わず私は叫んでいた。
「駄目よっ!!」
何気ない言葉なのだと、ただの憧れからくる言葉なのだと、頭では分かっている。しかし前世での、ベルンとの最後の会話が思い浮かび、私は感情を抑えることが出来なかった。
「姉上、これで僕も戦えるようになる。父上と母上の仇を取れるんだ。魔物なんてやっつけてやる」
儀式を先延ばしにするよう説得する私に、笑顔でそう言って契約の儀式に臨んでいったベルン。冷たくなったまま二度と目を開けることのなかったベルン。私はあの時の絶望を忘れない。なぜ力付くでも辞めさせなかったのかと、自分を責めた日々は今でも私の心に焼き付いている。
「ふぇ、ふえぇ~」
ベルンが泣き出してしまったことで私は我に返った。
「ごめんね、ベルンは何も悪くないからね~。驚かせちゃってごめんね」
無理矢理笑顔を浮かべてベルンをあやす。暫くして機嫌が直ったベルンは、絵本をペラペラとめくって遊び始めた。
一息着いた私であったが、心は晴れない。前世とは違い、ベルンが契約の儀式に臨む際には最大限の準備を整えられるよう動くつもりだ。しかし、そうまでしても絶対に儀式が成功する保証はないのだ。
そこまで考えて、私は前世のベルンよりも、なお酷いことを自分がしたことにようやく気付いた。自分とベルンを置き換えて考えてみれば分かる。もし、4歳のベルンが勝手に契約の儀式を行っているところを見つけたら、自分はどう思うだろうか。
自分が両親にどれだけ心配をかけてきたか、そして今もかけてしまっているのか、ようやく本当の意味で理解できたと思う。
私は焦っていたのだろう。目まぐるしく変わる状況に気を取られ、身近なことが疎かになっていた。せっかく父が頼れと言ってくれていたのに、一人で先走っていた。
父は近衛騎士団の仕事で、今日は戻らないと聞いている。明日帰ってきたら話をしよう。これまで心配をかけてきたことを謝り。私がアルについて感じたこと考えたことを全てぶちまけよう。そして、一から相談しよう。
そう決心し、どう切り出そうか悩んでいた私は気付かなかった。
「うー、せーじょさま。おなまえ、ない?」
すぐ横でベルンが、そう呟いていたことに・・・。




