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記憶1

だいぶお待たせしてしまい申し訳ありません。連休中にもう1話は更新する予定です。

 夢を見ている。


 明晰夢と言うのだったか、自分が夢を見ているのだとはっきりと自覚できる状態であった。すぐ目の前で起きているようにも遠くで眺めているようにも感じられる、ふわふわとした意識の中で私は・・・前世で彼と大喧嘩をしたときのことを夢に見ていた。




 12歳の誕生日を迎え、王立学園でも課程を全て修了した私とアルは、いよいよ霊獣との契約の儀式に臨んだ。専用に調合された毒薬を2人で呷り、仮死状態となる。私は学園で教えられた通りに儀式をこなし、く~ちゃんという相棒を得た。


 ドラゴン、それも全属性を操ることができるという強力な霊獣との契約に部屋の中は沸き立った。だがそれも時間が経ち、生還が不可能となる刻限、毒を呷ってから1時間が近づいても一向にアルが目を覚まさないという事態に、部屋の中は静まり返っていった。


 儀式に立ち会っていた王立学園の教師や彼の侍従たち、誰もが悲痛な表情を浮かべて動かなかった。私も霊獣と契約できた喜びなど掻き消え胸が張り裂けそうな思いから、周囲にどうにかならないかと泣きわめくことしかできなかった。


 だがしばらくしてアルは息を吹き返した。ただし、霊獣と契約することができなかったという結果を伴って。


 私はとても喜んだ。ただただ彼が生きていてくれたことに安堵していた。だが、周囲の反応は違った。


 それは長い王国の歴史の中でも前代未聞の事態であった。だから、部屋にいた彼らが王子の生還を喜ぶことも忘れ、困惑と失意の表情を浮かべてしまったのは致し方のないことだったのかもしれない。


 少なくとも表面上、アルの表情は変わらないように見えた。でも私には浮かべている笑みが無理矢理張り付けられたもののように見えて、恐る恐る近づいて行った。うかつにも、く~ちゃんを連れたまま。


 アルは近づく私に気付くと最初に私を見、そして次にく~ちゃんを見た。そしてそのまま・・・私達から顔を背けた。


 彼からの拒絶に、ようやく自分の迂闊さを悟った私だったが何かを言う前に部屋から連れ出されてしまった。




 それから2週間たった。あれから私は毎日王城へ、アルの元へと通っているが未だに彼と会うことはできていなかった。その日も門番から告げられた彼からの返答は同じ、会いたくないの一言だけ。


 いい加減痺れを切らした私はその日のうちに王城へと乗り込むことに決めたのだった。乗り込むにあたって大事なことは、く~ちゃんを連れていくかどうか。私は色々と考えた結果、あえてく~ちゃんを連れて乗り込むことに決めた。


 夜まで待って家から抜け出した私は、以前遊んでいる最中に見つけた隠し通路から王城へと潜入し、アルの私室の天井裏までたどり着いたのだった。


 板を外し部屋の中を覗き込む。部屋の中は明かりが消され、薄い月明かりだけが差し込んでいた。アルはベッドの上に腰かけ虚ろな眼差しで、ぼんやりと前方を眺めていた。2週間しか経っていないが、随分と痩せこけたように見える。なんとかしなければと私は気合を入れなおした。


「アル、私よ」


 驚かせようと思って天井からいきなり顔を出してみたのだが、ただうざったそうな表情を返されるだけだった。


「リズか・・・、会いたくないと伝えたはずだ。帰ってくれ」


 そう言ってアルは顔を背けてしまう。私はそんな拒絶を無視することにした。


「この体勢結構辛いのよ。だから中に入るわね」


 私は天井から身を翻し床に音もなく着地する。拒絶されたくらいで引き返してたら話もできやしない、今日は強引にぶつかっていくと決めたのだ。


「随分と勝手だな」


「そうね、誰かさんが勝手なことばかり言うから私も勝手にすることにしたの」


 言い返しながらアルに近づいていく。


「ねえアル、何に悩んでいるの?」


 分かり切ったことをあえて聞く。


 2週間もあったのだ、私でもそれなりの情報は集めることができた。宮廷内でアルから王位継承権を剥奪すべしとの声が上がっていることも、そして・・・口さがない者たちが、王の血を引いていない不貞の子ではないかと噂をしていることも、全部私の耳に入ってきていた。


 アルは優しいから、きっと会えば八つ当たりをしてしまうと思って私を遠ざけていたのだろう。でもそれでは駄目なのだ。アルだけが苦しんで、私がのうのうとしているなんていいわけがない。


 だからあえて挑発するような形で訊いた。八つ当たりでもかまわない、彼がどう思っているかそれを全部ぶつけて欲しかったから。


 私の無遠慮な問いに彼の顔が歪む。そして何かを叫ぼうと口を大きく開け・・・そのまま閉じた。ギリギリという歯を食いしばる音がここまで聞こえてくる。


 彼の優しさを嬉しく思う反面、少し悲しくもあった。なんでも言い合える仲だと、そう思っていたのは私だけだったのだろうか。


 仕方がない。ここまでしたくはなかったが・・・。


 私はあえて、彼に見せ付けるようにしてく~ちゃんを呼び出した。く~ちゃんを見たアルは顔をさらに歪め、ひゅっと息の抜けるような音を出しながら口を開いた。


「何に悩んでいるかだと? 決まっているだろうっ! 霊獣との契約に失敗するなど王家の恥さらしだと皆が言っているっ! 貴族どもは王となる者が戦えないのでは話にならんと嘲笑っているんだっ!!!」


「知っているわ」


「知っているわ・・・だと? はっ、強力な霊獣と契約できた君にはそんな悩みは分からないって言いたいのかっ! これ見よがしに霊獣を連れて来て・・・当てつけのつもりかっ!!!」


 私はあえて肯定も否定もしなかった。彼を傷つけた、そして今も傷つけていることは事実だから。


 答えを返さない私に、ついに彼は泣き出してしまった。


「私にはもう価値がないと・・・そう言いたいのか。こんなことならば、いっそ・・・儀式に失敗したまま死んでしまえばよかった・・・」


「ふざけないでっ!!!」


 冷静でいようと思っていたが無理だった。死んでしまえばよかったなんて、その言葉だけは許せなかった。


「貴方が息を吹き返すまでの間、私がどんな思いでいたか分かっているのっ! 胸が張り裂けそうだった! 貴方をこのまま喪ってしまうんじゃないかって、足がすくんで震えが止まらなかったのよっ!!!」


 私もアルも涙を滂沱と流し、ぐちゃぐちゃのひどい顔をしていた。恥も外聞もなくお互いわめき散らし勝手な言い合いをしていた。


「そんなもの知るわけがないだろうっ! 君だって私がどんな思いでいるか・・・」


「そうよっ! 言われなければ分からないのよっ! 貴方がどういう状況にいるかなんて知ってるっ! 知りたいのは、貴方がどう思って、どうしたいのかなのよっ!!!」


 力の限り叫び彼に思いをぶつける。はあはあと肩で息をしながら彼の呆けた顔を見る。


 そう、一番重要なのはそこなのだ。国王陛下や王太子殿下を始めとした、彼に味方をしたい大人たちはそこが分からないから動けないでいる。


 霊獣を、戦う力を持たないまま王権を継ごうというのは茨の道であることは疑いようもない。だから彼らはアルが望まないのであれば、王家を離れ静かに暮らしていく道を用意するだろう。


 だが、まだその準備を始めようとはしていない。アルが王権を継ぐ意思を示したならそれを認める余地を残しているのだ。


 だからアル自身が立ち上がって自分の意思を示さなければならなかった。誰に言われるのでもない、アル自身の意思を、思いを示さなければならない。


 ゆえに私は曖昧な聞き方しかできなかった。私に勧められてした選択なんて将来絶対後悔する。そんなのは嫌だった。


 どれだけそうしていただろう。部屋の中は、しんと静まり返り互いの息さえ聞こえなかった。雲が晴れたのだろうか、月の光が先ほどよりもずっと明るくなり、アルの顔が、その目が、意志までもがはっきりと見えるようになった。そんなふうに感じられた。

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