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「アルフレート2」

―――いったいどうしてこのようなことになったのだ?


 目の前で膨大な魔力を操り、詠唱を続けるリーゼロッテを見ながら私はそんなことを考えていた。





 これまでの繰り返しの中で、ボーデン湖をリーゼロッテが訪れる展開は3回あった。そのいずれも、魔王の復活は寸前のところで阻止されるものの、別行動をしていた侍女を何者かに攫われ喪ってしまうという展開であった。


 彼女、侍女のマリアは龍神を祀る巫女の末裔であり、クリスタルドラゴンを成体に、バハムートへと成長させる鍵となる人物だ。だから、なんとか別行動を阻止しようとして毎回失敗していたのだが、なぜか今回は私の声が届き、別行動を阻止することができたのだ。そこまでは良かったのだが。


 これまでは魔王の復活まで2日ほどかかっていたはずだ、それが何故か今回は異変を感じてすぐに魔王が復活してしまった。これまでにない展開に有効な助言ができず、ただただ最愛の彼女と彼女の大切な人たちが蹂躙される様を

見ていることしかできなかった。


 これまでも無力感に打ちひしがれることは幾度となくあったが、今回ほどのことはなかった。なにせ、これまでと違い私の声が届くのだ。そしてその上でどうしようもない、絶望的な状況だったのである。


 私は幾度となく見てきた繰り返しの中で、この先起こることについておおよそ把握している。だから、私の声が届き彼女に適切な助言をすることができれば、きっとあの聖女を打ち滅ぼすことができるとそう信じていた。


 だが、それはこの上なく甘い見通しであった。現に今、私の声が届くようになったというのに、彼女は目の前で最愛の母を失おうとしている。そんな彼女に、私は借り物の体で寄り添うことしかできなくて・・・。


 リーゼロッテにつられて私も空を見上げる。そこにあったのは雲一つない、いっそ憎たらしいほどの快晴で、透き通るような蒼い空だった。空は広く、まるで世界に私と彼女しかいなくなってしまったような、そんな錯覚に陥った。




 今、私の目の前には詠唱を終えた彼女がいる。私が体を借りているクリスタルドラゴンから、おそらくバハムートに由来するであろう何かを引き出し、自らの力とした彼女はその力を持って周囲を血の海に染めていた。


 毒々しい鮮血のドレスを身に纏い、うっすらと輝く蜜色の髪を揺らしながらたたずむ彼女はいっそ凄絶なまでに美しい。周囲を血の海に染めその上に独り佇むというその光景は、本来であればおぞましいと感じるべきなのであろうが、私には清浄な湖に彼女が佇んでいる神秘的な光景にしか見えなかった。


 やがて彼女がおもむろに何かをつぶやいく。そしてそれを合図として、彼女の足元から空へと向かって鮮血色の逆さ雨が滴り落ちていった。すぐに豪雨となったそれは魔王の体を蹂躙していく。


 ばちゃ、ばちゃ、という水音に視線を下に戻すと、そこではリーゼロッテが血の海の中心で愉しげに踊っていた。まるで雨の中わざわざ水たまりを踏んで遊ぶような、そんな無邪気さすら感じられるステップでゆったりと彼女は踊る。


 上空では彼女のダンスに呼応したのか、鮮血色の雨が大きな波となり魔王を飲み込んでいた。彼女は足を止め上空を見あげる。その視線に感情の色はなく、だがそれがゆえに彫刻のような美しさがそこにはあった。


 だが、その彫像がすぐにひび割れる。何かを見つけた彼女は突如怒り狂い錯乱し始めた。まるで繚乱する薔薇の様に振り撒かれた彼女の力が、各地に真紅の爪痕を残していく。そして不意に眼下のリンダウ島を見据えると、膨大な力を集め始めた。


 理由は分からないが、彼女はリンダウ島ごと何かを消し飛ばそうとしているらしい。あの島にはまだ領主のサヴィニー侯爵家の者たちをはじめ、多くの人間が残っているはずだ。


「リーゼロッテお嬢様っーーー!!!」


 止めなければと考えた瞬間に侍女が彼女の名を呼び、彼女が反応を示した。その隙に彼女のもとへと飛んでいく。このままでは正気に戻った後、彼女は絶対に後悔する。だからなんとかして、力ずくでも止めなければいけない。


 高速で近づけば彼女もさすがに気付く。視線をこちらに向けた彼女はためらいなく私たちを迎撃しようとする。クリスタルドラゴンに力を振り絞ってもらい速度を上げる。


 急なことで彼女も反応しきれていない。なんとか無理矢理押し通る、そんな気合を込めて私は叫んだ。


『リーゼロッテェェェーーー!!!』


 私の叫びを聞いたリーゼロッテの目が驚愕に見開かれ、彼女の瞳に感情の色が戻った。


「え、アル? アルなの?」


 彼女が纏っていた威圧感と神々しさが薄れ、その体が無防備に私たちの前にさらされる。


 彼女が正気を取り戻したことを悟った私たちは慌てて減速しようとしたが、止まり切れるはずもなく・・・クリスタルドラゴンの硬い頭が彼女の腹部に、吸い込まれるようにぶつかってしまった。


「え? ブぐぅオえぇっっっ!!!」


 淑女があげてはいけない声をあげながら彼女はくずおれる。そして口から・・・、その後の様子は彼女の名誉のために口をつぐもう。




―――いったいどうしてこのようなことになったのだ?


 私は先程と同じ問いを、現実逃避気味に繰り返すしかなかったのであった。

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