蹂躙
体の中を荒れ狂う絶大な魔力。そして湧き上がる熱と脈動。私は、これまでに感じたことのない全能感に眩暈を覚えていた。
身を焦がす衝動が体を震わせる。思考までもが鮮血色に染まっていくような錯覚、それが私の心を蝕んでいく。自分の存在が、かつてない高みに上ったのだという感覚がどこからか湧いてくる。
今の私にはそれが正しいのかどうか考える余裕すらなく、ただそれをそのまま受け入れてしまった。
私はただ、淡々となすべきことをなす。
『蘇生―――』
母とま~くんに最上級の治癒魔法をかける。これまでの私では、1度行使するだけでほぼ魔力を使い果たしていた魔法だったが、今ではそれを使ったところでほとんど魔力が減った感じがしない。
念のため2重、3重に蘇生の魔法をかけておく。みるみるうちに母とま~くんの傷が治っていった。10秒ほどで母の体は完治し、穏やかな呼吸を取り戻した。
ほぼ消えかかっていたま~くんの体も完全に修復され、元の輝きを取り戻す。ま~くんはそのまま立ち上がり、母は穏やかな顔で眠っていた。
それを横目で確認した私は空へと視線を向ける。
「キイイイィィィユオオオォォォンンンーーー!!!」
ヨルムンガンドは相変わらず汚らしい鳴き声をまき散らしていた。魔方陣はほとんど完成していて、もうまもなく毒雨が降り出すだろう。
ドクドクと心の臓が早鐘を打つ。私は詠唱も、魔法の行使もすることなくただ人の身に余る魔力を操る。高密度に濃縮され物質化した魔力、それが私の全身から鮮血の様に滴り落ちていく。
一気に半分ほどの魔力を引き出し周囲を血の海とする。毒々しい鮮血の海は、本来であればおぞましい光景なのであろうが、その中心に立つ私は何とも言えない安堵感に包まれていた。
それは絶大な力を得たことによるものではなく、ただ抜け落ちていたものが元の所に収まったかのような安堵感であった。
”私”というものは元々このような、ただただ暴威を振り撒くものであるとそんな確信があった。
上空のヨルムンガンドを見据える。今まさに魔法を発動しようとしているそれに向かって、私は暴威を振るった。
「消えなさい」
唐突に、ざぁざぁ、と雨の降る音が周囲に木霊する。
それはヨルムンガンドが降らせた毒雨の音ではなく、私の力が奏でる音であった。地表から空へ、天へと降りしきる鮮血色の逆さ雨。
瞬時に豪雨と化した私の鮮血は、まず発動されたばかりの毒雨の魔法を、さらには発動された魔法だけではなく、そこに込められた魔力すら真紅に染めて溶かしつくしていく。
魔物の体は、生身の肉体に加えそれを補う魔力によって構成されている。そして、高位の魔物ほど魔力の割合が高く・・・最高位といっていい魔王の体は、ほぼ全てが魔力によって構成されていた。
私の雨がヨルムンガンドの全身を打っていき、そして降られた箇所が瞬時に焼け爛れドロドロと溶かされていく。強靭な鱗も高い抗魔力も、そこにある魔力そのものを侵食していく私の力の前では、ただただ無意味であった。
あれほどの脅威であった魔王が、ろくな抵抗もできずに蹂躙されていくその様を、私はどこか傍観者じみた目で見つめている。
邪悪な魔王を打ち滅ぼすといった崇高なものではなく、邪魔なものを消すだけ。目の前の光景は私にとってそんな程度の認識でしかなかった。
これまでの私にとって魔王とは前世における悲劇の象徴であり、全霊を持って討ち果たさなければいけない怨敵であった。だがそれが、それすらもがただの矮小な駒でしかなかったのだと分かった今では、そんなものに構っている暇はなかった。
私は無秩序に降りしきる雨に指向性を持たせ、上空で波を起こす。ほとんど崩れかけていたヨルムンガンドの体は、2度3度と波に飲まれ・・・実にあっけなく姿を消した。
1体で国を破滅の危機に追い込むほどの力を持つ魔王が、ものの数分でそこにいた痕跡すら残さずに消滅させられるという異常な光景。それすらも私の心に響くことはなく、私の心はただただ、ようやく真の怨敵に手をかけられるのだという狂喜に包まれていた。
感知の力を周囲に飛ばし、聖女の力の痕跡を探っていく。まずは、ボーデン湖を中心に周囲をしらみつぶしに探していき、その間の手慰みとして各所にいるクラーケンを叩き潰していく。そのようにして探していくこと数分、蹂躙したクラーケンの数が千に至ろうかという頃、私の目はようやく聖女の魔力を捉えた。
それはボーデン湖の中心リンダウ島にある地下遺跡、かつて王から魔王の封印があると言われたその場所から伸びていた。
それはまるで私を挑発するかのようにゆっくりと揺れながら、遺跡の入り口から出ては引っ込むといったことを繰り返している。どうしてわざわざ自分の居場所を知らせるような真似をするのか、そんなことすら考える余裕もなく・・・私はただただ衝動に身を任せた。
「ああああああぁぁぁぁぁぁ!!!」
眼下にリンダウ島を見据え、力を展開する。聖女を消し去る、その一念で集められた私の力は聖女が居るであろう地下遺跡どころか、ボーデン湖自体を消失させることができる程強大なものであった。それを私は一切の躊躇なく振るおうとする。してしまう。
「リーゼロッテお嬢様っーーー!!!」
そしてそんな私を押しとどめたのは、私を呼ぶ叫び声だった。
仕事が忙しい時期に入りましたので、なんとか合間を見つけて更新していく形となります。
時間はかかると思いますが、なんとか最後まで書ききることができるよう頑張ります。




