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悲壮

 魔王とは、その名の通り魔物たちの王である。


 それまで、同じ種の魔物たちの間で多少連携のような動きが見られることがあったが、組織だった動きなどは一度も確認されることは無かった。


 だが、魔王と呼ばれる個体が出現した際にその前提が崩れたのだ。彼らを取り巻く魔物たちは秩序だった動きで行進し、戦いにおいても明確な統率によって動いているのが確認できた。


 ゆえに他の魔物を従える者、魔王という呼称がなされるようになったのである。


 前世において最初に出現した魔王、フェンリルは巨大な魔狼であり山野の獣型の魔物たちを従えていた。


 そして、2番目に出現した魔王、今目の前にいるそいつ、ヨルムンガンドは巨大な海蛇であり水棲の魔物たちを従えていた。


 今にして思えばクラーケンの大量発生はこいつに関係があったのだろう。クラーケンという単一種の大量発生であったこと、そして前世ではまだ出現していなかった時期であったことから、無意識のうちにその可能性を除外してしまっていた。


 ヨルムンガンドは山よりも遥かに巨大な体を揺らし、とぐろを巻きながら悠然と空を泳いでいる。


 その身に纏う鱗は金剛石よりも硬く、熱や衝撃にも非常に強い。さらには魔力に対しての抵抗力も極めて高く、生半可な攻撃では傷一つ負わせることすらできない。


 第一の魔王、フェンリルのように暴れ回り、周囲を破壊し尽くすといったことはしないが、広範囲に極めて致死性の高い毒を振りまくという別の方向で厄介な相手である。


 そして毒に対処したとしても、水属性のブレスや振り回される長大な尾をくぐり抜けなければいけないため、近づくことすら困難であった。


 よって前世においては討伐は不可能とされ、最終的に聖女ユミによって討伐されるまで逃げ回る以外に術がなかった相手である。


 そんな相手が目の前にいる。私も母も指一つ動かさずそれを見守っていた。


 おそらく母は初めて見る魔王の姿に放心してしまっているのだろう。無理もない、私など初めて見たときは失神してしまったほどだ。それを考えれば意識を保っているだけで十分であると言えた。


 一方で、私は自分が感じた違和感について考えるのに必死だった。


 弱すぎるのだ。


 前世でヨルムンガンドを見たときと比べて、感じられる魔力量が半分にも満たなかったのである。それでも十分強大ではあるのだが・・・世界の破滅すら感じられた以前の威圧感に比べると、随分と差があるように感じられた。


 復活したばかりで万全ではないのか、あるいは別の理由か。理由は分からないが今が好機だということに違いはない。


 だがそれでも、私自身今では前世よりも強くなり、相手は弱体化しているとは言っても、なお厳然とした差がそこにはあった。


―――届かない。


 分かりたくなんてないけど、分かってしまった。


 今の私ではアレに敵わない。


「キイイイィィィユオオオォォォンンンーーー!!!」


 ヨルムンガンドが甲高く、酷く耳障りな鳴き声を上げる。遠く離れているというのに、ビリビリとした衝撃が伝わってくる。


 身がすくむ、足が震える。そして次の瞬間・・・。


―――ゾクリと怖気が走った。


 見られている。なぜかはっきりとそれが分かった。


 上空で水属性の魔力が集まるのが感じられた。ヨルムンガンドのブレスが来る。標的はどう考えても私達だろう。


 私はほとんど半狂乱になりながら、風属性の防御魔法を片っ端から目の前に展開していく。水属性のブレスに備え、相性のいい風属性を選んだが正直気休め程度の差でしかないだろう。


 私は消し飛ばされそうになる意識の中、どうにかすぐ後ろにマリアがいることを確認した。


 横では母が光属性の防御魔法を展開していっているのが見えた。母はどちらかというと攻撃よりも防御や支援の方を得意としている。展開される防御魔法もさすがの精度であった。


 これならば、一撃だけなら凌ぐことができるかもしれない。一撃を凌いだところでどうにかなるわけではないが、それでもこれを凌げなければどの道、先はない。


 できうる限り防御魔法を追加で展開していく私たちに向けて、ついにヨルムンガンドのブレスが放たれた。


 視界が一瞬で蒼に染まる。渾身を振り絞って展開した防御魔法が、まるで紙か何かの様に次々と破られていく。


 それでも少しずつ威力を減衰させることには成功していた。私と母、合わせて百以上展開した防御魔法の八割ほどが破られる頃には威力は半分以下となり、それを見た私たちは残った防御魔法に残った魔力を注ぎ込んで強化する。


 魔力を振り絞り続け、残り数枚というところでなんとか拮抗させることができた。その状態から永劫とも思えるような数秒を耐え凌ぐ。


 そして、ついにブレスが徐々に弱まっていき、どうにか凌げたと希望を抱いたその瞬間だった、ブレスが急に強まったのは。


 それは本当に最後の一瞬だけであり、蝋燭が燃え尽きる前に一瞬強く輝くようなそんな程度のものだった。だがそれでも、弱り切った防御魔法を粉砕するのには十分であり、そのまま私たちを殺傷するには十分すぎるほどであった。


 知覚が非常にゆっくりとなる。誰もが悲痛な顔で、目の前の防御魔法が破られていくのを見つめていた。


 こうなれば、せめて母とマリアだけでも助けようと横を見る。だが、私の顔が横を向くよりも私の体に衝撃が走る方が早かった。


 ドンッと私の体が押され、浮遊感を感じる。ようやく顔を横に向けた私の目が、私とマリアを突き飛ばした母の姿をとらえた。


 ゆっくりとブレスが母に迫る。私は届かないと知りながらそれでも手を伸ばす。


 母は慈しみに満ちた顔で口を開く。聞こえはしなかったけれど、なにを言っているのかは、はっきりと分かった。


『愛しているわリーゼロッテ』


 そして・・・母の体がブレスに飲まれた。


「母様ああああああぁぁぁぁぁぁ!!!」

次話「反転」は明日、11日に投稿予定です。

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