再起
暖かい・・・歌が聞こえる。
子守歌にも似た・・・やさしい歌が。
ゆっくりと意識が浮上していく。
この歌は・・・母がよく歌ってくれる歌だ。私が泣いているとき、母はいつもこの歌を歌ってくれた。この歌を聴いていると安心する。そしていつの間にか心が穏やかになっているのだ。言葉であやされたり慰められたりするよりも、私はこの歌を聞くほうが好きだった。
次第に意識が明瞭になってくると、自分の体が暖かなものに抱かれているのが分かる。
ああ・・この温もりは、母の腕の中だ。
「かあ・・・さま」
目を閉じ、体をゆだねたままで母を求める。母の腕がすこしこわばり、呼びかけに気付いたのが分かった。母は私を一層強く抱き、歌を歌い続けてくれた。
私はまるで赤子に戻ったかのような、そんな幸せな時間を噛み締める。
どのくらいそうしていただろうか、私はまた体を動かすことができるようになっていた。
「かあさま」
今度は目を開き、母に向かって手を伸ばしながら呼びかける。私の手を母の手が受け止め、優しく包んでくれた。
「リーゼロッテ」
「かあさま」
私と母は互いに呼び合う。特に意味があるわけでもない。何気ないやり取り。言葉で表現することも意味を定義することも難しい、でもとても大切なやりとり。そんな触れ合いを私たちはしばらく繰り返す。
「うふふ」
「あはは」
何度繰り返しただろう、私と母はどちらともなく呼びかけをやめ、笑い出した。胸の奥がじんわりと暖かい。自然と笑みが湧き上がってくる。ああ、長い間忘れていた、母に抱かれ甘えるとは・・・こんなにも心に染み入るものだったのか。
「もう・・・大丈夫そうね」
それは確認だった。心配をするわけでも、ましてや責めるわけでもない、ただの確認。今の私にはそれがとてもありがたく・・・そしてそれだけで十分だった。
また大切な家族に心配をかけてしまったことを申し訳なく思う。だが母はそれをおくびにも出さず、ただ甘えさせてくれた。だから、私が返すのは一言だけ。
「うん!」
私の返事を聞いた母は私の大好きな、ふんわりとした笑顔を向けてくれた。今世ではあまり甘えられていなかったのだし、この機会に今までの分も甘えてしまおう。そう決めた私はそのまま母の胸に顔をうずめる。甘くそしてとても懐かしいにおいがした。
「あらあら、甘えんぼさんね」
母は少しいたずらっぽい調子で、それでいて嬉しそうに私の頭を撫でてくれた。
ああ・・・認めよう。私は・・・、ずっと甘えたかったのだ。私の心は幼いまま・・・きっと前世で大切な人たちを亡くしたときに凍り付いたままだったのだ。ずっと・・・ずっと強がりを続けてきたが、もう限界だったのだ。また失ってしまうかもしれないという恐怖を意識してしまい、そこに陥ってしまった。現実から目をそらし自分の殻に籠りかけていた。でも、それではいけないと・・・。
「ねえ、リーゼロッテ。私は母親失格だわ・・・」
母の言葉に思考が途切れる。どういうことだろう、不甲斐ないのは私なのに・・・。
「私は・・・いえ、私たちは・・・貴女に色々なものを背負わせてしまったのね。貴女が破滅の未来を打ち破る決意を語る姿、そしてどんどんと私よりもずっと強くなっていく姿を見て・・・とても強く頼もしく感じられた。だから勘違いしてしまったのね。私たちがあれこれと手を出してしまうとかえって邪魔になってしまうのではないかと、そんな風に考えてしまった」
母はまっすぐに私の目を見て悔しそうに語る。
「でも、それは間違いだったわ。貴女に全部背負わせてしまっていることに気付けなかった。どんなに頼もしく思えても、貴女は私の娘なのだから。私が頼らせてあげなければいけなかったのに」
ごめんなさい、そう言った母を見て私は改めて認識する。
ああ・・私は、こんなにも愛されているのだと。
「かあさま大好きです。一緒に運命に立ち向かいましょう」
私も・・・バカだ。前世で一人ではどうしようもなかったからこそ、4歳に戻ってすぐに両親に打ち明け、協力を求めたというのに。いつのまにか私一人でなにもかも対処しようと考えてしまっていた。そうじゃない、みんなで力を合わせてこの先の困難に抗うんだ。
そうだ意思を強く持て。未来を変えるのは何者にも負けない強い意志だ。私はそう信じている。
もう迷わない。これからは全力で駆け抜けて、破滅の未来なんて踏みつぶしてやるんだ!
グ~~~ゴロゴロゴロ!!!
なんてかっこよくきめたはいいけれど・・・、元気になったせいか空腹を大声で主張するお腹の音のせいで、台無しになってしまった。
まあでも、私らしいと言えばらしいのかもしれない。
「あらあら。そういえばさっきマリアがプリンを作ると言っていたわ。一緒に食べましょうか」
「わーい、プリンだー!」
とりあえず今は・・・存分に甘えちゃうんだからっ!




