「??????」
深い深い闇の中、私はずっとここに居る。苦しみを、悲しみをこらえて立ち上がる。愛しい彼女のそんな姿を見つめることしかできなくて。彼女のためにできることなど、ほとんど無くて・・・ずっと無力感に苛まれながら、私は何度も繰り返してきた。
『うふふ、的外れもいいところだわ。何回見てもおっかしい』
突然目の前に闇よりも昏い光が灯り、あの女が現れる。相も変わらず醜悪な笑い方だ。
「何が・・・おかしい」
私は全ての元凶である相手をにらみつける。私ではなにもかも及ばないが、せめて意志だけは負けまいと・・・そう自分に言い聞かせる。もうこれが最後の機会なのだ。今度こそ絶対に覆さなければならない。
『だって、また気付かないんだもの。封印されていたのが魔王なんかじゃなくて”私”だってこ・と・に』
そう・・・、封印されていたのは魔王などではない。堕ちたかつての聖女ユミそのものなのだ。だが、それをリズに伝えたくとも今の私にはできない。リズが生き延びてくれることを願うことしかできない状況が、死にたくなるほど悔しく、もどかしい。だが、それがこの女と交わした制約。リズが生き延びることができる未来をつかむための唯一の希望だった。
『これじゃあ今回も駄目そうね。最後だし、今回はあの小娘が力をつけるのが早かったから少しは楽しめるかと思ったけど、肩透かしだわ。結局気付いたのは3回目だけだったし、頭悪すぎじゃないかしら~うふふ・・・、あははは!』
耳障りな笑い声に顔をしかめる。なぜ、こんなにも、こんなにも醜悪なモノが存在するのだろう。
「私たちは絶対に貴様には負けない。もう二度とリズを殺させはしない!」
『あははは! バッカじゃないの。お前はあの小娘を”4回”も処刑しているのよ。そんなお前に吠える資格なんてあると思ってるのかしら』
そうだ、私は4回もリズを処刑し、リズが魔物に殺されるところを5回も見せ付けられた。すぐそばで・・・、どんなに抗おうとしても無駄で・・・どうしようもなく無力な自分を呪い続けながら。
「その通りだ。私はリズの傍にいる資格などない。だが、今度こそ! 今度こそ、リズを殺させはしない! たとえ私のすべてが無くなったとしても、絶対に!」
『ふふ、せいぜい吠えているといいわ。泣こうがわめこうが、次にあの小娘が死ねばそれで終わり。そうなれば、私は私の”王子様”を取り戻すことができる』
聖女とはとても思えない禍々しい魔力があたりに漏れ出す。歪んだ笑顔はとても人の表情とは思えないほど醜悪だった。
狂った笑い声を漏らしながら、堕ちた聖女は自分の望みを歌い上げる。
『私はこの世界の”ヒロイン”だもの! 幸せになる権利がある! 私の王子様と末永く幸せに暮らしました・・・そんな結末を迎える権利があるのよ! あっははは!』
醜悪な笑い声が闇の中でこだまする。何度聞かされても信じられない。そんなことのために私たちを・・・、王国のすべてを犠牲にしようというのだから。
闇の中、目が爛々と不気味に輝いている。
恐ろしい。最初に意識を乗っ取られ、操られてしまった時のことが思い出される。私が意識を取り戻した時には、何もかもが血にまみれていて・・・最愛の彼女が骸をさらしていた。
もうあんな思いは嫌だ。なんとか掴んだこの可能性、絶対に無駄にはしない。
「どうしてそんな勝手なことができる! 私たちは! 民は! お前の物などではないっ!」
それは何度も繰り返した問い。だが私は叫ばずにはいられなかった。どうしても目の前にいるモノが理解できない。
『なにを言っているのかしら~。この世界はヒロインたるこの私のためにあるのよ。私の役に立てるんだもの・・・むしろ光栄でしょう? うふふ』
役に立てる? 光栄・・・だと? そんな考えで何万もの民を犠牲にしたのか! 自分の欲望のために!
たしかに若くして夫を亡くしたのは同情しよう。だが、蘇りの儀式と称して何万もの民を生贄としたのだ、この魔女は!
『ああ、良いことを思いついたわ! あの小娘にはなかなか楽しませてもらったから・・・最後くらい私が直々に殺してあげましょうか? ああ、いいわね。ヒロインたるこの私が悪役令嬢を倒し、王子様を奪い取る。王道のストーリーじゃない! やっぱり・・・物語は王道が一番よね。ヒロインは理不尽な運命に抗い、自分の王子様を手に入れる! そうして末永く幸せに暮らすの! それ以外の結末なんてあっていいはずがないわ。あっはははははは!!!』
既に私は視界に入っていないようだった。もう一顧だにせず、好き勝手なことを言い残しあの女は消えていった。
「くそっ!」
一人になった私は床を叩く。なにか、なにか方法は無いのだろうか。唯一の可能性、クリスタルドラゴンがバハムートへと成長するために必要な条件。それさえリズに伝えることができれば、おそらく5分の戦いに持ち込むことができるはずだ。
私は永劫に思える闇の中、これまでの繰り返しで起こった出来事を一つ一つ思い出していく。課せられた制約を打ち破り、王国を、そして最愛の彼女を滅びの運命から救うために・・・。




