魔法
目を覚ました私は、心配する両親に怖い夢を見たと言って必死に誤魔化す破目になる。だが、心配してくれる両親の姿にまたもや涙腺が緩んできてしまった。そんな私の姿を見た両親は夕食後のデザートの話題に変えることで私の機嫌を取る方針に切り替えたようだ。子ども扱いされていることは少々複雑であるが、両親が甘やかしてくれることにすっかりと上機嫌になってしまったのであった。
「本当に今日はどうしたのだリーゼロッテ。いや野菜もしっかりと食べることはとても良いことではあるが・・・」
心配する父の声に我に返る。久しぶりのちゃんとした食事を堪能していただけなのだが、滂沱の涙を流しながらも幸せそうに料理を口に運び、しみじみとおいしいおいしいと呟きながら食べるのはやはりまずかっただろうか。
だって、仕方ないじゃないか。戦場で過ごした3年余りの間にまともな食事をとれることはほとんどなかったのだから。石のように固いパンでもあればいい方で、虫や木の根を食べることも普通。挙句の果てにはどの魔物がおいしいかなんてことに詳しくなってしまったのだ。だからこの反応は正常な証なのだ。そうなのだ。
そう思って周りを見ると母は少しあきれた様子であったし、後ろで控える侍女のマリアに至っては珍獣を見るような眼を向けてくれた。味方は楽しそうな笑顔をしている弟のベルンハルトだけである。まあベルンハルトはまだ2歳なのでよくわかっていないだけなのだろうけれども。
「まあ、リーゼロッテが変なことをするのは今に始まったことではないし、好き嫌いなく食べてしっかりとした体を作るのは貴族の責務よ。えらいわ」
そう言って母が頭を撫でてくれるが、若干ひどくないだろうか。たしかに、言い訳できない程度にはこの頃から私は色々やらかしているわけではあるのだが。
開き直った私は母の言う通りしっかりとした体を作るため、デザートのプリンのお代わりを要求するのだった。
夕食を心行くまで堪能し両親に甘えまくった後、自室に戻った私はようやく今後のことを考え始める。
まず、最優先に考えるべきは家族を失わないためにはどうすればよいかであるが、これは簡単だ。要するに私が強くなれば良いのである。普通は難しいことなのであろうが、私が簡単だと言い切れるのにはしっかりとした理由がある。それには魔法を使えるようになるための条件が絡んでくるのだ。
魔法とは契約した”霊獣”を通じて引き出した魔力を扱う法である。
魔法を扱うために必須である霊獣を得るために、貴族の子供は12歳になると契約の儀式に臨む。しかし、この儀式が厄介なのだ。簡単に説明すると、子どもに心の臓が止まる毒薬を飲ませて仮死状態にし、子どもの魂を天に飛ばす。そして天に召されかけた子どもはそこで自分に合う霊獣を見つけて契約し、霊獣の力でもって生き返るというものなのである。無論、失敗すればそのまま死ぬ。このころはまだ失敗率は1割ほどであったはずだが、それでも低いとはいえないだろう。
そして、厄介なことに扱える魔力量が増大するのは体が成長している間だけなのだ。よって、より多くの魔力量を得たければ幼いうちに儀式を行えばよいが、幼い分体が耐え切れず死亡する可能性が増すという二律背反に陥る。12歳というのは得られる魔力量と成功率を天秤にかけて一番効率がよいとされた年齢であり、この国の貴族が夥しい数の犠牲を払い導き出した最適解なのである。
また、貴族たちは自分の子供たちのために儀式の成功率を上げる方法を研究し続けてきた。夕食時に母が言ったしっかりとした体作りはこの儀式に耐えるためであるし、10歳から通うことが義務付けられている王立学園では、少しでも早く自分の霊獣を見つけるための知識の伝授と訓練を施している。これ以外にも無数にある様々な努力によって、過去には4割を超えていたという失敗率は1割にまで下げられたのだ。
だが、当然ながらこういった努力を最大限に行えるのは今が平和だからであり。魔物の大量発生により国が傾きかけることになる10年後には、万全の対策が取れずに死亡率は3割近くまで跳ね上がることとなる。だから・・・、両親の戦死に衝撃を受け、体調を崩していたベルンハルトが・・・儀式に失敗し死んでしまったのは、ある意味必然であったのかもしれない。
国の存亡の危機なのだ、魔法が使えるものは喉から手が出るほど欲しがられていた時期であり、親が戦死したというのも珍しい話ではなかった。だが、だからといって悔いが無くなるわけがない。私に圧倒的な力があればベルンハルトは不利な条件で儀式を行わずに済んだのだ。
長くなってしまったが、結論は簡単である。圧倒的な力が必要ならば、儀式を幼いうちに、今夜行ってしまえばよいのだ。前世で儀式を体験し、自分の霊獣の姿もどのあたりで見つけたかも知っている私ならば、体が幼くともなんとかなる・・・はずである。そして、都合のいいことに儀式で使われる毒薬の材料となる植物は、我が家の薬草園で栽培されている。
さてさて、ここに取り出したるはその植物の葉である。夕食後に薬草園に忍び込んで失敬してきたのだ。前世で毒薬を作った経験から葉が3枚あれば足りると思うが、余裕をもって4枚持ってきた。
さあ、私の幸せな未来のために、大切な家族の未来のために・・・
私は葉を一気に飲み込んだ。
リーゼロッテはとても楽観的で思い切りのよい娘です(婉曲表現)