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一騎打ち1

 1年が経ち、私は9歳となっていた。


 残念なことに、この1年間私たちは何の成果も得ることができないでいた。


 主な原因は父が受けた謹慎だ。私がアルフレート王子殿下と会った次の日に、父はヴィルヘルム王太子殿下と会談をしたのだが、他の封印の場所はおろか何一つ新しい情報を教えてもらうことができなかったそうだ。そして食い下がる父に言い渡されたのは1年間の謹慎だった。


 その日帰ってきた父の落ち込みはひどいものだった。具体的にどのようなやり取りがあったのか分からない。だが父は、王太子殿下に拒絶されたことではなく、親友が苦しんでいるのに何も助けてやれないことが悔しいと男泣きに泣いていた。


 当主である父が謹慎により動けなくなったので、私の活動も必然的に制限されてしまった。王宮に行くことも禁止されてしまったため、あれ以来アルフレート王子殿下とは会えていない。く~ちゃんから聞いた内容をまとめた手紙は出したが、無事に届けて貰えているかどうかも分からないといった状況であった。


 逆に私の戦力強化については至って順調だ。王宮から派遣される教師はこれまで通り来てくれたし、魔導書などはむしろ前よりも届けられる量が増えた。


 暗に、余計なことは考えず力をつけることだけに専念しろ、と言われているようであまりいい気分ではなかったが、まあ力をつけることは悪いことではない。


 そんなこんなで、これまで以上に修行三昧の日々を過ごしていた私だったが、そろそろ父の謹慎も解けるという頃になった。今日はひさしぶりにのんびりと過ごす予定だったのだが、予想外の来客のためにそれどころではなくなってしまった。


 王命を受けて近衛騎士団長が直々に我が家を訪れたのだ。近衛騎士団長の来訪といえば3年前に王宮まで連行されたことが思い出される。そのため、また連れていかれるのかと警戒していたのだがどうやら違うらしい。


 アンスバッハ公爵家当主にして近衛騎士団の団長を務めるフリードリヒ・フォン・アンスバッハは、私と両親の前に立ち、厳かな口調で告げる。


「王命により私とリーゼロッテ嬢の一騎打ちを執り行う。」


 いきなり何を言い出すんだこの人は。近衛騎士団の頂点にして王国最強と名高い人が、か弱い貴族令嬢と一騎打ちだって? そんなの・・・、燃えるに決まってるじゃないか!


「いいでしょう! ぶっ飛ばして差し上げます!」


 二つ返事で了承した私の横で、父がとても大きなため息をついたのは聞かなかったことにしておこう。そして、母は相変わらず感情の読めない微笑みを浮かべていた。あー、これは後でお説教かなぁ・・・。




 一騎打ちは我が家の練兵場で行われることになった。私たちは移動する道すがら、きちんとした説明を受ける。


「今回の一騎打ちについては、リーゼロッテ嬢がどれだけ強くなっているかを確認するためのものだ」


 どうやら王家は、3年間教師を派遣して鍛えてきた私がどのくらい強くなっているかを一度確かめたいらしい。そのため、私には拒否権は初めから与えられていなかったようだ。


 まあ、あったとしても拒否するつもりはなかったけどね。フリードリッヒ団長は龍を撃退した戦歴を持つ王国最強の騎士なのだから、腕試しとして戦うにはこれ以上の相手はいない。さらに、前世ではこの人も最初の魔王との戦いで戦死している。つまり、この人に余裕で勝てるくらいでなければ、この先出現するかもしれない魔王と戦って勝つことなど夢のまた夢だ。


 残りの封印を守り切ることができれば、そもそも魔王が出現することも魔物の大量発生が起こることないのかもしれない。だが、守るべき封印の場所も分からない、今の状況では最悪を想定して力をつけていくべきだろう。


 それに・・・、前世で処刑される前に聖女から向けられたあの絶大な力。いまだにどうしてあんな結末となってしまったのか分からないが、聖女の力に抗うことができれば話し合い誤解を解くことだってできるかもしれない。


 私を処刑したアルが、その後に私を4歳まで戻すなんてことをしたのだ。聖女との間に何かしらの誤解があったのだと思う。それに、私を過去に戻したのはアル自身の力ではないのだったら、聖女の力という可能性もあるのかもしれない。前世で聖女ユミはその力で様々な奇跡を起こしていた。彼女なら、時間を巻き戻すことだってできても不思議ではないように思えるのだ。




 そんなことを考えているうちに、いつの間にか練兵場に着いていた。私たちはその中心で少し距離をあけて向かい合う。


「一騎打ちとは言ったがあくまで模擬戦だ、殺しはしない。だが貴女には私を殺す気でかかってきて欲しい」


「あら、そんなことを言われるようでは、うっかり殺してしまうかもしれませんわよ」


 ほう、私もなめられたものだ。たしかに、総合的に見ればまだ私の方が少し不利なのは認めよう。だが、そんなことを言われると・・・、うっかりやってしまいたくなるじゃないか!


「かまわん。その場合は私が未熟だったというだけのこと。それに、貴女の前世とやらについて聞かせてもらった」


 ああ、聞いたのか。それで同情して手加減でもしてくれるっていうのだろうか。そんなのいい迷惑なのだが。


「貴女の前世では私は魔王に敗れ、戦死したそうだな。魔王とは私の力さえ及ばない相手なのだろう。ならば私一人の命よりも、貴女が強くなることの方が王国にとって重要なのだ」


 一切迷いのない様子でフリードリッヒ団長は言い切った。王国に忠誠をささげる者としては模範的な考えなのかもしれない。だが、気に入らなかった。私の奥深くで傷口が開き血が流れていくような、そんな錯覚を覚える。


「ふざけるな! そうして全部背負わせて、自分は勝手に満足して死んでいく。残される者が、どんな思いで生きていかなければならないのか、考えたことがあるのか!」


 これは八つ当たりだ。私の傷をえぐられたことに対するただの八つ当たりだ。命が大事だとかそんなそんなことを言いたいわけではない。


 ただ・・・、両親を亡くし、弟を失い、マリアを・・・そして私を支えてくれた使用人の皆を守れず、ひとりぼっちになり・・・、ついには生きる意味もなくして死んでいった、かつての傷をえぐられた、そんな気がしたことに対する過剰反応だ。


「私とて好き好んで死にたいわけではない。無骨者ゆえ、他の考え方ができなくてな。何か気に障ったのなら申し訳ない」


 少し気が削がれる。私が言うのもなんだが、この人もたいがいおかしな人だと思う。


 それにしても、また私の一人相撲か。見当違いの方向に一人でわめき散らして恥ずかしい。いい加減もっと大人になりたいものだ。


 そんな風に自己嫌悪に陥っている私に、フリードリッヒ団長は穏やかな目を向ける。


「私はもうこれ以上強くなることはないだろう。だが、貴女は違う。いまだ9歳にして私を遥かにしのぐ魔力量に、豊富な戦闘経験を持っている。これからもっともっと強くなっていくだろう。そして、自分のためではなく親しい人を守るために力を欲していると聞いた。そんな貴女だから託せると、そう思ったのだ」


 前世でも共に戦った人たちから似たようなことを言われた。その度に、載せられる重荷を厭い・・・、そしてそれ以上に、期待に応えることのできない自分を嫌いになっていった。


 だが、今はもう違う。この体はまだまだ成長途中で、きっと期待に応えられるだけの力を手にすることができるだろう。


 私は4歳に戻ったときに、自分の愛する人たちを絶対に守ると誓った。


 どうせそれと手段は同じなのだ、前世で親しくしてくれた人、世話になった人たちがたくさん居るこの王国を、この私が守ってやろうじゃないか。


 新たな決意を胸に秘め、団長と向かい合う。もはや言葉はいらない。後は私の意思をこの拳に乗せて・・・、存分に叩き込んでやるだけだ!

フリードリッヒ団長は御年45歳。去年、初孫が生まれたばかりです。この日の発言が後で家族にバレて、こってり絞られました。


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