表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/35

異変

 王子殿下に面会した日から約2年が経ち、私は8歳になっていた。あれから私は殿下に幾度となく会って話をし、それなりの関係を築いていた。


 あの面会の後、殿下はヴィルヘルム王太子殿下から、私の前世の話を聞いたそうだ。だが、それで前世の記憶を思い出すといったこともなく、ただただ困惑されている様子だった。そして一応といった感じで殿下から、君を酷い目に遭わせたようですまないといった謝罪をされた。だが、そんな風に言われてもこちらも困る。罪の意識が無いのに謝られて、それで一体私にどうしろというのだ。


 そんな調子であったので、親密ではなくそれなりの関係となったのである。時折、前世の話題を振ったり、アルに仕掛けた悪戯を殿下に対してやってみたりしたのだが効果はなく、あのときの言葉は私の願望が原因の幻聴ではないかと、そう疑問に思う気持ちすら芽生え始めていた。


 一方で、私の戦力強化に関しては至って順調だった。王太子殿下が手配してくれた方々は、それぞれ王立学園において水、風、闇属性の教官を経験したことのある人物だった。父は火属性を、母は光属性を扱えるため、その2属性については両親からしっかりと教わることができた。しかし、その他の3属性に関しては教本等で学習するしかなく、限界を感じていたところであったため、本当に助かった。お陰で私は修行三昧と言っても良いような日々を送っていた。


 今日は屋敷の裏手にある訓練場で魔力の制御訓練をしていた。本来は今日は父に教わる日なのだが、父が近衛騎士団の仕事で遠征しているため、一人で訓練を行っていた。


 乾いた土を水魔法で湿らせ、風魔法で土を浮かせて練ることで粘土とし、火魔法でそのまま焼く。魔法の制御がしっかりと出来ていれば、ちゃんとした土器になるのだが・・・。


 私が作ろうとしていたのはお皿だ。だが、出来たのは歪んでデコボコと波打った円盤だった。しかも、地面に置いた瞬間に何箇所もひびが入るというおまけ付き。


「むう、やっぱり細かい魔力の制御って苦手だわ」


 大体、私に細かい作業なんて向いていないのだ。前世での戦い方は、大体このくらいかなという程度の魔力を引き出して、相手の弱そうな所にドンッとやればいいといった感じであったし。まあ、それでは戦っている内に魔力が持たなくなると身にしみて分かっているからこそ、効率的に魔力を扱う訓練を毎日続けているのだ。しかし当然ながら、頭で重要性が分かっているからといって、どんどんと上手くなれるとは限らない。こういった方面での私の成長は、大分努力した割に人並み程度という泣きたくなる有様だった。


 まあ、少しずつでも成長していることは確かなのだ、めげずに次に取り掛かろうと気を取り直したところで、マリアが血相を変えて走ってくるのが見えた。


「お嬢様っ! お嬢様ぁ~!」


 いったい何事だろうか。まさか・・・、昨夜のつまみ食いがバレたのか? いや、私は成長期なのだ。お菓子を10個つまみ食いするくらいは許されるはずだ・・・だよね? などと内心冷や汗を流していると。


「奥様が、お嬢様をお呼びするようにと! 旦那様が、危ないそうです!!!」


 その言葉を聞いた瞬間、一気に頭が切り替わる。父の遠征先で何かがあり、母に助けを求めてきたのだろう。とにかく状況を把握すべく、私は全力で母のもとに向けて走った。


「分かった、すぐ行く! マリアはゆっくり戻ってきて!」


 魔力で全身を強化し、屋敷までの道のりを一気に駆け抜ける。今では私の走る速度は馬よりもずっと早くなっていた。


 あっという間に屋敷にたどり着くと表に回るのももどかしく、2階にある父の執務室に窓から飛び込んだ。


「ジーク、気をしっかり持って! 今リーセロッテを呼びに行かせているわ。あの子なら何とかしてくれるはずよ!」


 部屋の中では、母が青ざめた酷い顔で通信用の水晶に向かって叫んでいた。どうやら父と会話しているようだ。まだ手遅れにはなっていない。


「母様!」


「リーゼロッテ来てくれたのね。ジーク達が巨大な漆黒の蛇の魔物と遭遇したそうなの。そしてジークが・・・、ジークが石になる呪いをかけられたそうなの。ねえ、リーゼロッテ。貴女なら・・・、貴女ならなんとかできないかしら。お願い、ジークを助けて!」


 いつも落ち着いている母には珍しく、とても慌てた口調で父の状況が伝えられる。かなりひどい状況だ。急がなければ!


「母様、父様の居る場所は?」


「ローテンブルク村の近くよ」


「わかった、行ってきます!」


 そう言いながら私は窓から飛び降りる。


「く~ちゃん!」


「グェ~」


 魔力を一気に引き出し、く~ちゃんを呼び出す。そして、地面に着く前にく~ちゃんの背中に乗ってしがみ付き。


「アレいくよ、く~ちゃん!」


「グェ!」


 私は全力で風属性の魔法を使い、自分の体ごとく~ちゃんを吹き飛ばすことで空を飛ぶ。ゴォッとした音が聞こえ、一瞬意識が真っ白になる。次に目を開けた時には、地面が遥か下に見える程の高さまで上昇していた。そのまま風を操り自分たちを飛ばす。く~ちゃんは浮かぶことはできても、飛ぶことはできないため前世でもよく利用した移動方法だった。


 私は西を見据える。遠くにかすかにブロッケン山が見える。ローテンブルク村はブロッケン山の麓にある村だ。大分遠くにあるが、このまま飛んでいけば1時間もかからない。いや、限界ギリギリまで速度を上げればもっと早く着けるはずだ。私は速度を一気に上げた。


 それにしても巨大な漆黒の蛇というと、前世でバジリスクと呼ばれていた魔物の特徴だ。しかし、おかしい。バジリスクは、魔物の大発生時、私が14歳の時に初めて確認された魔物であったはずだ。なぜ、こんなにも早く出現しているのだろうか?


 そのことも気にはなるが、今は父を助けるのが優先だと気を取り直す。王宮に提出した報告書には、バジリスクを含む石化の呪いを使う魔物についての情報も入れてあったが、やはり実際に経験がなければ対処は難しいだろう。その点、私なら前世で幾度となく石化の治療を行ってきたし、バジリスクの討伐も慣れている。


 死地へと赴く両親を、ただ見送ることしかできなかった前世とはもう違うんだ。私がなんとかしてみせる!




 全力で飛び続けること30分余り。ようやくローテンブルク村が見えてきた。一気に村の近くの平原に向かって降下を始める・・・が、焦っていた私は減速に失敗してしまった。


ドゴオオオォォォン!!!


 激突寸前になんとか前方に障壁を張ることに成功する。地面に大きな溝を作りながら進んでいき、村の入り口の手前でなんとか止まることが出来た。


「グ・・・ェ・・・」


 く~ちゃんが目を回してぐったりしている。


「ごめんね、く~ちゃん。活力の水!」


 水魔法でく~ちゃんを回復させる。く~ちゃんはすぐに復活し、尻尾でベシベシと抗議してきた。


「なんだ、今の音は!」


 墜落の音に気付いたのだろう、近衛騎士の鎧を着た人がこちらへ駆けてくるのが見えた。


「ジークムント・フォン・ヴィッテルスバッハ侯爵が娘、リーゼロッテです! 父様はどこですか!」


 あらかじめ母から話が通っていたのだろう。私がそう叫ぶとその騎士は父の居る所まで案内してくれた。


 村の広場に着くと何人もの騎士が並んで寝かされているのが見えた。半数ほどは腰のあたりまで、残る半数は腹のあたりまで石化が進んでいる。胸、心の臓まで石化が進んでしまえば手遅れとなる、私はなんとか間に合ったようだ。手前に寝かされていた父の元へ駆け寄る。


「父様!」


「うう、リーゼ・・・ロッテか、私は後でいい。先の他の者を治して・・・やってくれ」


 青ざめた父の顔が痛々しい。そんな父に解呪の魔法がかけられる。光魔法を使える騎士がいたようだ。


「ごめんなさい、私では進行を遅らせるのがせいいっぱい・・・で・・・」


 限界まで魔力を使ったのだろう、光魔法を使っていた女の騎士はそう言って倒れてしまった。


 ありがとう、貴女のお陰で私は間に合った。貴女のお陰で大切な人を失わないという誓いを守ることが出来る。


 さあ今こそ、私が戻って来たこと、その意味を示す時だ。私は残りの魔力を全て引き出し、光の魔法を発動する。


「魔を打ち払う清浄なる光よ、ここに集え! 浄化!」


 広場に浄化の光が満ちていく。薄れゆく意識の中、父だけでなく寝かされていた騎士全員が立ち上がるのを見た私は・・・、安心して意識を手放すのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ