王子
重要なところですので、頑張って一気に書き上げました
翌日、私はまた王宮を訪れていた。
用件はもちろんアルとの面会だ。指定された日付は今日。つまりあの王太子殿下との会談から3日後という早さだった。恐らく殿下は早い日付を指定することで時間切れを狙っていたのだろう。お陰で慌ただしく準備をする破目になってしまった。
王宮で一番小さい応接室に通される。この部屋は前世でもアルに会いに来た時に通された部屋だ。無駄に豪華な部屋が多い中、この部屋は若草色を基調とした落ち着いた色合いの部屋で、私のお気に入りだった。
そういえばこの部屋には脱出用の隠し通路があったのだった。私はアルがまだ来る気配がないのをいいことに、テーブルとソファを退かし、高価そうな絨毯を引っぺがす。そして四つん這いになり、部屋の中央あたりの床を調べ始める。仕掛けは前世で見たのと同じところにあったため、すぐに見つけることが出来た。一つだけ形の小さな床板を横に動かすと、ガコンという音がして目の前に大人がようやく入れるくらいの穴が開いた。
私は穴の中に飛び込み、壁の梯子をつかんでちょうど首だけが出るように高さを調節した。さらに絨毯を寄せて穴が見えないようにしたところで、部屋の前に人の気配がした。私は急いで闇魔法を発動する。発動したのは、幻覚で私の顔が血塗れになっているように見せる魔法だ。そこまで仕込みが終わったところで、ちょうど扉が開いてアルが入ってくる。
「う~ら~め~し~や~」
「ぎゃああああぁぁぁ!!!」
驚きの表情で大口を開けたまま動かなくなったアルを放っておき、私は穴から出ると部屋を急いで元に戻す。叫び声を聞きつけた騎士が部屋にたどり着くころには、ソファに腰かけていた。そうして、突然叫びだした王子にびっくりしてべそをかき始めた演技をする。更には騎士がアルの方を向いている時に、アルに向けてべーっと舌を出すおまけつきだ。直接殴ったり蹴ったりできない分、こうやって仕返しをしてやるのだ。ふはは。
騎士が首をひねりながらも、とりあえず問題ないとして部屋を出て行った後、アルは珍獣を見るような眼を向けてくれた。
「申し遅れましたわ。ジークムント・フォン・ヴィッテルスバッハ侯爵が娘、リーゼロッテでございます。アルフレート王子殿下におかれましては、ご機嫌うるわしゅう」
完璧な仕草で淑女らしく挨拶をしてやる。あ、頬のところがちょっとピクピクしてる。
「あんなことをされて機嫌が良いわけがないだろう。どういうつもりだ」
そう言いながら向かいのソファに腰かけて、まっすぐにこちらを見てくる。
つややかな銀髪に優し気な口元、そして意思の強さを感じさせる碧の瞳。およそ2年ぶりに見たアルの顔だ。
あんな悪戯をされたのにちょっと怒るだけで、ちゃんと私と話そうとしてくれる。そんなところもそっくりだ。
”ただし”、そっくりなのは私が出会った頃のアルに、だけれども。
目の前にいるのはアルフレート王子殿下だ。私の愛した、私を裏切った、アルじゃない。
頭では理解していたつもりだった。だが、実際目の前にすると。ああ、こんなにも悲しく、やるせないものなのか。悔しい憎い愛しい悲しい。抑えきれない感情に任せて私は口を開く。
「ねえ、殿下。前世で貴方が私を処刑した。そう言ったらどうしますか?」
ああ、私は今どんな顔をしているんだろう。怒った顔? 悲しい顔? 絶望した顔? それともいっそ笑ってる?
心の中がぐちゃぐちゃで、ドロドロに煮込まれたスープのよう。会えば踏ん切りがつく? そんな訳がないじゃないか、この感情がその程度で収まるはずがない。ねえ、返して。私が愛した、私を愛してくれた、私をウラギッタ、私をウラギラナイ、アルを返してよ!!!
私の尋常ではない様子に殿下は立ち上がり後ずさる。私は幽鬼のようにふらりと立ち上がり殿下に、にじり寄る。
「あ、ああ・・・」
私の手が殿下に届く、まさにその瞬間。突然殿下は頭を抱えてうずくまった。
「ぐ、ああぁぁ」
虚を突かれた私は、平静を取り戻し殿下を介抱しようと近づく。すると。
「すまなかった・・・リズ」
確かにアルの声が、アルが呼んでくれた私の愛称が聞こえた。
「アル! アルなの?」
思わず肩をつかみ、顔を正面から見る。すると殿下は少し呆けたような顔でこちらを見返してきた。
「む、どうしたのだリーゼロッテ嬢。そんなに血相を変えて何があった」
覚えていない? でも確かにさっきのはアルだった。もしかして私と同じようにアルも”戻ってる”の?
直ぐに確かめたい気持ちはあった。でもそろそろ事前に言われていた面会時間を過ぎるし、私自身も一度冷静になった方が良いだろう。
「なんでもございません。少し気分が悪くなってしまいましたの、今日の所はこれで帰らせていただきますわ。よろしければ、また次も会ってくださる?」
「ああ、勿論だ」
そう言って微笑んだ殿下の笑顔は、前世でアルが私に向けてくれた笑顔とそっくりだった。




