アボミナブル~愛されなかった人々~
「た、頼む……! どうかポイントを分けてくれ……!! このままだと明日殺されちまうんだ! そこのお前も死に行く人を見捨てるなんてことはしたくねぇだろ!? な!? な!?」
鉄橋の、高架下。一人の男が、泣き叫んでいるのが聞こえる。男は歩く人全てに何かをせびっているようだった。
しかし、見てしまったら罪悪感を覚えてしまうからか。あるいは、未来の自分がなるかもしれない姿を見たくないからか。
男は話しかけられるどころか。
見向きさえ、されなかった。
一人の母親が、息子と思しき小さな男の子に耳打ちする。
「あの男みたいな『愛されなかった人々』にならないよう、気をつけるのよ――」
「愛されなかった人々」を説明するには、先に「ラヴポイント」について説明する必要があるだろう。
20XX年。日本を皮切りに、爆発的に「ラヴポイント制度」が導入されていった。
ラヴポイント制度の考案者は、ある日本の社会学教授だ。彼の論文は至極単純で、どちらかと言えば古典的なものだった。
「『最大多数の最大幸福』を成し遂げるには、人々の目に見える形で幸福を表すべきだ」
彼が思いついたのは、人間の最大の幸福、つまり愛されるということを数値化し、その数字を政府が保証するというものだった。もらったポイントに応じて政府が報奨を出すことで、そのポイントの価値が実質的なものになると彼は言ったのだ。
バカげた話かもしれない。いや、実際バカげた話なのだろう。
しかし、当時の社会は暗く、人々は幸福に飢えていた。その上、一般庶民には、ポイントを交換しあうだけでモノやお金が貰えるということが受けた。
ラヴポイント制度は驚くほど早く、市民の生活の中に浸透したのである。
しかし、数年後。ラヴポイント制度導入にも関わらず、社会の状況は全く良くならなかった。いたずらに増える人口は、仕事にあぶれる人を増やし、食料すら不足させた。貧困率は高まり、かかる社会保障費は国の運営すら困難に追い詰めていった。道を歩けばホームレスに当たった。駅に行けば孤児がいた。
ラヴポイント制度は無力かに思われた――――とある政治家が「愛されなかった人々への救済法」を強行採決させるまでは――。
「愛されなかった人々への救済法」という名前は、正式名称である。
名前に反して、その実態は、ラヴポイント制度を利用した国民の選別――救済とは即ち、社会からの追放であった。もっと簡単に言えば死。
つまり、ラヴポイントを一定以上貰えなかった市民から、市民権を奪うのだ。
この危機的状況下においてはという条件はつくものの、「愛されなかった人間には生きる価値がない」と、国が認めてしまったのだ。
その法律は、国会を通ってしまった。名前により、市民が騙されたからだろうか? それとも、与党が強行採決したからだろうか?
今となっては全て謎である。
人々の中には、あのラヴポイント制度導入時には既に「愛されなかった人々への救済法」が制定されると決まっていたのだと主張する人もいる。更には、教授の論文の時点からヤラセではないかと主張する人もいる。
全ては謎のままだ。
そして例えそうだったとしても、気付くのが遅すぎた。法律は、施行されたのだ。
そしていつしか市民たちは、「愛されなかった人々」のことを役人の隠語であったアボミナブル――社会の忌み子と呼ぶようになっていった――。
ただ、このおかしな法律に関わらず、社会は表向きはほとんど変化していない。
せいぜい宗教が一つ禁教になったり、いくつかのサービスが街から消えたり、痴情のもつれから殺人事件が起きたり、ラヴポイント詐欺が起きたり――――せいぜいそのくらいのことだ。
「救済基準」はそこまで厳しくない。
誰にも愛されなかった人々は、ひっそり消えていく。
最後に、具体例を一つだけ。
かつて、「全ての人に平等な愛を」と謳った世界的な宗教があった。その宗教施設では、神の意志に基づいて「愛されなかった人々」への援助――つまりポイントの付与を行っていた。
むろん、宗教施設にはポイント発行権はない。
しかし人々は、余ったポイントを神に捧げる――つまり寄付していたのだ。その結果、宗教施設にはポイントがたくさん貯まっていた。
もちろん、彼らは寄付したポイントの使い道を当然知っていただろう。
人間は、自分に余裕がある時は、顔さえ知らない人々であっても困っているなら手を貸すことができる存在なのだ。
多くの「愛されなかった人々」が、このシステムのおかげで、再び愛されていた――。
しかし、これで面白くないのは行政府のお偉方たち。彼らは「愛されなかった人々」に救済は必要ないと断じた。
そもそも彼らに言わしてみれば、この法律の最大の目的は「愛されなかった人々」の切り捨てなのだ。
彼らとて喜んで切り捨てたいというわけではない。
しかし近年の財政状況その他を鑑みて、そして「最大多数の最大幸福」のためには、愛されなかった不幸な人々を普通やそれ以上にもっていけるだけの資源はないのだ。
更に言うなら、ポイントを付与するという絶対的優位に、行政府とは別の自分たちとは何の関係ない組織が立つこと――つまり、結果として行政府が軽んじられることを彼らは恐れたということもある。
しかも、宗教施設が付与するのは必然的にn次ポイント(誰かを経由して届いたポイント)である。行政府が付与する0次ポイント(他人への付与専用)とは違い、もらったポイントはそのまま自分の「ラヴポイント」になるのだ。
どちらのポイントの方がありがたみがあるか考えるまでもないだろう。
結果として、彼らはその宗教に関連する全ての宗教団体を反社会的勢力として解散させた。
そして、同じような考えを持つ人が出てくることを恐れたのだろう――その宗教は禁教になった。
この一連の規制により、救済された人々は、3~5倍に増えたらしい。
さっき高架下にいたあの男もつい最近まで教会でポイントをもらっていたのかもしれない。
しかし、彼ももう救済目前だろう。近頃はおおきな詐欺事件があった影響か、道端でラヴポイントをもらうのは厳しいようだしね――。
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以下胸糞注意
【「大規模ラヴポイント詐欺事件」とは】
大規模ラヴポイント詐欺事件とは、〇〇県〇〇市の△△駅周辺で起きた、ラヴポイント詐欺事件である。犯行グループは一日一人ずつ駅の高架下で「ラヴポイントを寄付してしまって自分と妻と子どもの分がなくなってしまった」などと言い、帰宅途中のサラリーマンなどからラヴポイントを騙し取った。このうち三十代の男性が妻に付与する予定だったラヴポイントを犯行グループに付与してしまい、妻が救済されてしまうという悲惨な出来事もあった。男性はその後自殺したと言われている。