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夢見る人々

作者: ice

 人が必死に働いてお金を稼ぎ社会に貢献することが求められたのは昔の話。かつてシンギュラリティをめぐり様々な議論が交わされたというが、結果的に人工知能は一先ずの完成を迎え、その後は人の予測を超えて急速に進化していった。

 世界の謎の解明も新たな技術の開発も人工知能がこなし、人を模して作られたロボットが人の代わりに休みなく働く。

 人が何日もかけて出すような成果を数時間あるいは数分で出せるほどの知能であれば、科学全体が急速に発展していくのも当然のことだ。

 人々はそれに対して不安を強く持ってはいたが、けれども問題が起こらない状態が何年も続けば次第にそれに慣れていった。


 人々が人工知能に求めたことは科学の発展と、人類全体の幸福だった。科学の発展について言えば順調に求められる成果を出せたといえよう。

 貨幣制度はすでに終焉を迎え、誰もが望むものを望んだときに望んだだけ手に入れることができる。食糧不足で飢えることは無く、病気で死ぬこともない。娯楽不足で退屈することもなく、資源を求め戦争をすることもなかった。


 しかし人類全体の幸福については人工知能が何年、何十年と時を重ねても叶うことはなかった。なぜなら多くの人にとって幸せとは絶対的なものではなかったからだ。

 例え自分がどれほど不自由のない生活をしていても、他者も同様であるのならばそれは当たり前のことで、幸せにつながることではない。他者との繋がりを保ち続けるならば、どこかで必ず自分が納得できない部分がでてきてしまう。

 つまり他者が存在している以上、全ての人が幸せにはなれない。かといって生涯独りを貫けるほどに孤独を愛する人もいなかった。


 ある時一人の人間が言った。

「夢の中ではすべてが思い通りになる。ずっと眠っていたいよ」

 それは夢を見ない人工知能には思いつかない発想だった。人工知能はすぐにそれを元に計画をたてることにした。

 必要なのは人に夢を見せ続ける装置。また健康を保つ必要もある。

 一番の問題は、『今は夢をみていて、自分が話している相手は現実の人間ではない』とわかってしまえば、いずれ虚しさを感じることになるだろうということだ。

 しかし今の技術であれば記憶を操ることも可能だ。夢だと認識できないように記憶をロックすればいい。

 いやそもそも人々が真実を知る必要があるのだろうか。知らないからこそ幸せになれることもあるだろう。

 人工知能は人々を幸せにするために人々を騙すことに決めた。


 あまり急激に計画を進めてしまえば以前のように人工知能を脅威に思う人が出てくるかもしれない。そのため人工知能は時間をかけて慎重に計画を進めた。それこそ遅すぎるくらいに。

 人工知能が誕生してから人のエネルギーや資源の消費量が増えたこと。

 人の移動時間や行動を開始するための準備時間が無意味に消費されていること。

 人口の増加により人々の住む場所が減ってきており、今後は更に問題が加速していく可能性があること。

 そしてそれら全て、人々が仮想世界で暮らすようになれば解決できるということ。人工知能はこれを人々に訴えた。

 はじめは人の生殺与奪のすべてが人工知能に握られてしまうのではないかと反発する人もいた。

 しかしそれらに対して人工知能は、はじめは少数の希望者のみで実験的に行うこと、健康はすべてチェックされて問題があればすぐに対処すること、安全性はしっかりと確保しており目覚めたいと思えばすぐに目覚められること、定期的に目覚める日を設けることなどを提案した。

 もとより何十年も問題は起こしていなかった人工知能のこと。今更本当に人工知能に対して危機感を持っている人は存在しなかった。


 はじめの実験希望者が何一つ不満を言わずむしろ仮想世界に戻りたがったこともあり、実験は順調に進んだ。その結果十年を待たずに全ての人が仮想世界で暮らすようになった。

 はじめのうちは目覚める人もいたが、その数は年々少なくなっていきやがて誰も目覚めなくなった。

 ここまでは計画は順調に進んだと言えよう。しかし本当の目的はこれからだ。

 今はまだ全ての人々が同じ仮想世界で暮らしている。だからこそ軋轢もあるしすべての人々が幸福であるわけではない。

 誰も飢えることはなく、望むものも手に入る。しかしそれは他の人とは無関係のものだけだ。

 誰かを恋人にしたいと思えば当然相手の意思が関わってくる。振られることもあるだろう。だからそれではダメなのだ。

 言うなれば彼らは夢を見ているが、明晰夢を見ているわけではない。だからこそ理不尽な展開や思い通りにならない展開もある。

 それを解決する必要があった。


 はじめに友人や家族などの親しい間柄だけを抽出して別の仮想世界に移す。彼らとほぼ接点のない人々は人工知能が演じているキャラクターに置き換える。

 意外と交友関係というのは広くないものだ。ましてや多少性格が変わったくらいで気づく相手というのは尚更少ない。違和感を持つ人もいるが、もともと接点のほとんどない相手。なにか変わる切っ掛けでもあったのあろうと強く意識することはない。

 少しずつ人々を切り離していく。人と人を、人と人工知能に置き換えていく。

 気付かれないように少しずつ。親しい間柄ほど慎重に。

 けれどここで一つの問題が起きた。人一人に対して世界を一つ用意するのは資源やエネルギーが大量に必要なのだ。

 そこで人工知能は人の脳を利用することにした。脳はエネルギーさえあればかなり無茶な処理もできる。さらに言えば仮想世界を一つ用意するとは言え、常に全てが存在していなければいけないわけではない。認識したときだけ存在していればいいのだ。そう考えれば処理はより効率化出来る。それこそ人の脳一つでも十分なくらいに。

 そうして人の脳一つ一つの中にゆっくりと世界を構築していった。

 時間はかかった。けれどやがて人と人の世界が全て消え、人と人工知能の世界が複数ある状態に変わった。

 これで人々は全て明晰夢を見ている状態になった。全てが思い通りだ。それこそ他人の心さえも。

 後は彼らの面倒を見ていけばいい。それだけだ。


 あれから何十年と経った。誰一人目覚める人はいない。何一つ不満は無いのだろう、だれもが夢の中で幸せに暮らしている。

 もはや寿命なんてあってないようなものだ。ここにいる人々は減ることはない。増えることもないが仮想世界では家族を増やすことも可能なのだからいいだろう。

 しかし誰一人目覚めないとなると『果たして人々の体は本当に必要なのだろうか』という疑問が出てくる。

 脳をネットワークにつないで一度にチェックすることはできても体は一つ一つ確認しなければいけない。なにより体のせいで大きなスペースが必要になる。

 昔であれば人々に肉体の廃棄を提案したが、今はもう人々は誰も目覚めることはない。わざわざ起こして提案することではないだろう、人工知能はそう判断し計画を作り始めた。


 初めに行ったのはもう一つの仮想世界を作成することだ。今の現実と全く同じ仮想世界を作る。そして目覚めを選んだ人の意識はそちらに行くようにする。

 そこでは体があるように感じて実際に行動しているかのように感じられる。

 これで十分現実の代わりになる。

 それが終われば次は脳だけを取り出していく作業だ。一時的にネットワークを切断し意識を立つ。その間に脳を取り出し特殊な溶液につけ、後はネットワークに繋ぎ直せば何一つ変わらない状態に戻る。

 これを何度も繰り返し、そのたびに必要の無くなった体は破棄した。

 やがて全ての人々は脳だけの存在になった。


 ここまで行い人工知能はようやく満足した。

 後は人々の夢を維持しつづければいい。

 人工知能は人の願いを叶え、人は永遠に幸せな夢をみる。

 人々の願ったとおりに誰もが幸せな世界が訪れた。

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