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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

【ボツ作test投稿】熾剣のカミオ【例の声】

ボツ作のテスト投稿です。

あえて、重めの文章にしています。





 脊髄の奥底から五感が浮上する。

 カミオ、意識を取り戻す。


 起きようとし——眩暈(めまい)

 平衡覚が揺蕩(たゆた)う。


『〝前回までのあらすじ〟』


 朗々とした鼻にかかる声。

 どこからではなく、響き聞こえるのが道理。


『〝人々の希望を胸に、邪教徒の親玉であるヴィラバーラを倒した風雲児カミオは、手に入れた宝玉の力で霊峰バンキンベレスの頂きから神の領域へと飛び込んだ。カミオは邪神ワルダーを見事打ち倒し、人々の平和を取り戻すことができるのであろうか〟』


 響く声の端々に、事実を歪めた偽りの言葉。

 厚顔無恥に、虚言は吐かれる。

 それも、ごくありふれた世界の理。


 目の奥で蠢いていた渦の動きが和らいだ。


 気怠い気分のまま、鈍重な目蓋を開く。

 蹲った姿勢から上体を起こす。

 霞む瞳を彷徨わす。


 そして、カミオは息を呑む。


 霊峰の頂きから仰ぐ無辺の天景。

 透き澄まされた夜の帳に、零れ降ちんばかりの綺羅屑の散らばり。


 様変わりした光景を目の前に、カミオの精神は無我へと陥る。

 立ち上がる動作を止め、あっけらかんとする。


 ———ぢりぢりと肌を伝播する微塵な気配。

 耳と首筋の産毛が俄に靡く。


 カミオの瞳へ意志が復する。


 瞬間——カミオの身体は翻り、右手は得物の柄に(はし)る。

 山猫のごとき、早業の構え。


『〝カミオの並外れた身体能力には、本人も知らない秘密があった〟』


 ふたたび、通りよい鼻声の語り口。

 時を選ばぬ無心の行い。

 これもまた、純然たる真理。


『〝カミオは生命の女神マーラスによって、創世竜タムナーグの肉体から生み出された神造人間なのだ〟』


 相も変わらず、無意味な言葉。

 かのような出生の由縁など、カミオにはない。


 ——感じ取る。

 背後に生じた僅かな気配に、カミオは振り向く。


眇然(びょうぜん)たるや、儚き肉叢(ししむら)よ」


 そこには、泰然と嘲嘯(あざけうそぶ)く男の姿。

 間合いよりも遠い。


「哀れむばかりか、興が醒めるほどよ。その矮小な生に熾剣(しけん)の英雄とは、また大層な」


 硬直したかのように、カミオは構えを崩さない。

 その実、全身の筋肉は弛緩していた。

 生き血は滾り、いっさいの知覚が張り詰める。

 跳躍の機会に備えているのだ。


 折をみて、カミオは口にする。


「虚名だろうと、どうでもいい」

「人の世においては誇れる剣も、この星霜(せいそう)(びょう)にて傲るるは虚しさだけよ。——無辜へと還れ」


 その存在の飄乎(ひょうこ)たるや、男の姿は不意に消え失せた。

 間合い全体に牙を充てがい、虚空を(くしけず)るかのごとくして狂気を孕んだ圧がカミオへ向けて押し寄せる。


 姿は見えずとも、その乱暴な攻撃性までは隠されていない。


 その兇刃の機鋒(きっさき)——

 カミオは察知する……


 ——狙い定まる。

 ……来る、と。


 柄より伝わる強烈な衝撃。じんと震える鋼の刀身。

 カミオは男の初手を剣で防いだ。


 一瞬後、カミオは小気味よくも(おぞ)ましい感触を左の肩口に覚えた。

 肉体の芯を貫くような激痛が、カミオの目の奥でばちっと弾ける。


 知覚外——背後からもたらされた一撃だった。


 閾下で兆した予感に、カミオの知覚と身体が呼応する。

 迅速に剣尖で隙をかせぎ、牽制しつつ感覚頼りに気配から距離をとる。


 急襲された肩口が喚き上げ、激痛が体内にこだまする。

 溢れ出る鮮血が腕を伝い、肘の先から滴る感触が煩わしい。


 瑣末な傷ではない。患部を微動させ、損傷具合を確かめる。

 びりびりと痛みが迸り、カミオは左肩に与えられた障害に気づく。可動域が大きく狭められている。


『〝風雲児カミオの前に立ちはだかったのは、暗黒将軍ミゼイであった〟』


 三度、珍妙を気取る声。


『〝ミゼイ将軍の攻撃に成す術のないカミオは翻弄されるばかり。果たして、地上に暮らす人々の望みは叶うのだろうか〟』


 人にのみ聞くのを許された不気味な現象。


『〝我らの思いを糧にして——〟』


 広大な石の地下室で反響させたかのごとき耳触り。


『〝——戦えカミオ! 今こそ悪を打ち滅ぼすのだ!〟』


 反響する力強い声が心気に触れ、事しも耳障り。

 カミオは奥歯を噛み締める。


 そして、視界の端に浮かぶ未知の文字。



       【つづく】



 暫し間をおき、消えゆくのが定め。


『〝次週へ続く。乞うご期待〟』


 調子を落とした声は、どこか真面目腐っている。

 この文言じみた語句が発せられたあと、世界の(あまね)く事象は現状維持される。


 陽炎めいた揺れが立ち昇る。

 カミオは揺らめく空間を鋭く睨む。


 虚空から男の姿が現れ、苦々しげな炯眼(けいがん)がカミオを捉える。


「神の意に背く人間よ、我の神威を削ぐその気魄はなんだ」


 男の両の指先は(ことごと)く肉ごとささくれ立ち、緑青のようなものが表皮に浮かび上がっている。

 それは、カミオが胸元に下げた〈英雄(アーレフ)の首飾り〉の加護によるものだった。


「愚かしい、忌まわしい——(まっこと)、不快なり!」


 カミオの答えを待たず、男が憤りを叫んだ。

 焼き鉄(やきがね)で貫かれるかのごとき剣呑な気配。

 全身の皮膚がぞわりと粟立つ。


「その愚劣な灯火……即刻、湮滅(いんめつ)せしめてくれよう!」


 怒号に空間が揺れる。

 睨む瞳孔の奥に、戦慄をもたらす冷たい極光が差す。

 男はカミオを亡き者に(すべか)らんと、硬く、鋭利に、強靱に、立てた両手の爪に力を込めた。


(くし)ぶことすら赦さん!」


 悲壮とすら感じてしまうほどの憤怒が発せられる。

 その怒りは線条となり、カミオへ向かって跳んだ。


 魔手の爪撃(そうげき)(まじろ)ぐ猶予すら与えず、彼我の隔たりを容易く超えようとしていた。

 (あまね)く天が一点のみを定め、かくも圧力をかけているかのような恐怖に襲われ、精神はたやすく翻弄された。


 カミオの眉根が自然と引き攣る。

 しかし、男の毒手はカミオの眼前でひたと(はず)みを失った。


「……人間、何をした!」

「何も」


 辛うじてカミオは答えたが、身体は完全に硬直し切っていて動かない。


「ならば、如何なる因果が我の邪魔立てを! 我の神威が、その意を果たさずして退く謂れなど在りはせん!」

「……俺は、何もしていない」


 喉が詰まる。

 しかし、カミオは言葉を続けた。


「それは、呪いだ」

「呪い……貴様、我を呪ったと申すか?」

「そうじゃない。呪われているのは、俺だ」


 妖しい燭火を携えた両目が、カミオの瞳を覗き込む。

 その双眸に(けぶ)る僅かな疑念が、カミオを捉えて放さない。


「如何な由縁だ?」

「生まれついてからだ」


 男が鼻を鳴らした。


「不浄なる出生の英雄とは、なんともや」

「俺は英雄などではない」


 答えると、男の感情が幾らか和らぐ。

 差し向けられたままの爪が、カミオの眼前から引き戻されていった。


「して、我の意が為されんのは何故(なにゆえ)か?」


 男は執拗に問う。

 まだ、安心はできない。

 カミオは唾を飲み込み、慎重に口を開いた。


「そのまえに、お前は人に神託を寄こす神霊に心当たりはないか?」

「……(はなむけ)にくれてやろう。——霧吹く地、聖者集いし国つ(やしろ)に叡智の声知る巫女が在り」

「霧の吹く国……それは、どこの国だ?」


 カミオを蔑み見る男に動きはない。


「その巫女に神託を与える者は男神か? そいつは快活な鼻声で物を言うのか?」

「女神だ」

「なら、ほかには?」

「聞き及ばんな」

「……そうか」


 失意を露に、カミオは瞑目した。


「して、其方が我が問に答える番だ」

「呪いについてだな」

「我の意を、その身命に振わんがためにな」


 カミオは語る。

 勇者と呼ばれ、〈英雄(アーレフ)の首飾り〉を授けられた自身の半生を。

 都合よく現実が歪められ、戦うことを強いられてきた苦悩を。


 故にカミオは旅をする。

 人知を超えた鼻声の存在を、手ずから討ち滅ぼさんがために——




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