テトラポット
第2話 テトラポットをお楽しみ下さい。
ーーはあ、はあ。ーー
荒い息遣いをし、これ以上走れないと思いながらも少女は後ろにまとめている栗色の髪を振り乱しながら森の中を走り続けた。手には自動小銃を持っている。
「おい、こっちだ。早くやつを捕まえろ」
森の中を一人の男が叫んだ。
「うっ、このままじゃ殺される。なんとかして森から、いや森から出ただけじゃどうにもならない」
少女は解決策を考えるが頭が回らない。自動小銃を捨てた方がもっと逃げやすいだろうと思い、自動小銃を見るがその考えはすぐにやめた。もし、追いつかれた時の唯一の抵抗手段がなくなる。
しかし、抵抗してもただの自動小銃では相手に意味をなさないことはすでに少女は理解している。
そんな考えをしてるうちに足の感覚が急になくなり、そのまま少女は倒れた。
なぜと思い、自分の足に目をやるが何も起きていない。
しかし、少女はすぐに原因を理解した。
( うっ、麻痺系の魔法…)
さっきまで走って来た道を睨みつける。
そこからは、体を黒の布でまとった人物が5人現れた。例えるならば忍者に近い姿だろう。
「やっと追いついた。散々逃げ回ったあげく。こんな無様な姿じゃ、お前の死んでいった仲間はさぞ悲しむだろうな」
くっくっく、と笑いながらその人物は言う。
少女は悔しさと怒りを込めた目でにらめつけて叫んだ。
「ふざけないで、お前たちが私の仲間を殺したんでしょ。一体私たちが何をしたっていうの」
一瞬、黒ずくめの男は驚いたかのように目を見開いたが、すぐに先ほどの少女の叫びをあざ笑うかのように少女を見下す。
「何をしたかと聞いたか。もちろん何もしてないさ。だがな、敵が自らの敵を殺すことは当然のことだろ。お前たちの敵は俺たちで、俺たちの敵はお前たちだ。そこに殺す理由などないさ。他に理由あるとするならば、自分たちが殺されないためだ」
黒ずくめの男が言い切った後も少女は彼らを睨む。しかし、反論はない。これ以上、相手に何かを言うことができない。頭が回らない。出来るのはただ睨むことだけだった。
「 好きなだけにらめ、憎め。そして己の弱さを同様に憎んで死んでいけ」
黒ずくめの男は姿とは似合わない、西洋剣を鞘から抜くとそれを上段に構えた。
それを見た少女は衝動的に手にある自動小銃を相手に向け乱射し、叫んだ。
「うあああーー、お前たちに何が分かる。お前たちに私の仲間の何が分かる。お前たちなんかに」
少女の目には涙が浮かんでいた。
そして目の前には剣を上段に構えたままの男が立っている。
撃った弾は男には届かず目の前で全てはじかれている。はじかれた弾が少女の顔に擦り傷を作った。そこから血がスーッと流れる。
「それで、言い残したことは全てか」
少女はもう何も言わずただ下を見ることしかできなかった。
「そうか。なら、死ね」
男が剣を振り下ろそうとしたその時。
「確かにお前の言い分は最もだ」
降り下ろされようとした剣がぴたりと止まる。
「誰だ、姿を見せろ」
その声に応えるようにその人物は奥の木陰から現れた。
「だけどよ、もうそのへんにしてやれよ。あれだけ女の子叫ばせといて殺すとはいい趣味じゃねぇぞ。戦意の失った敵は殺すべきじゃない」
少女はその声の主に目をやった。そして、落胆した。助けが来たのだと思ったのだろう。しかし目の前には相変わらず敵しかいないと思ったのだから。
それも無理はないだろう。なぜならその人物。端境 峡夜も黒ずくめなのだから。
「おいおい、せっかく助けに来てやったていうのにその反応はないだろう」
少女は峡夜を睨みつけると叫んだ。
「ふざけないで、何が助けるよ。あなためこいつらの仲間でしょ」
そこでようやく峡夜は自分の姿のことに気づいた。
「いや、待て。確かに俺も黒ずくめだけどこいつらのことは知らないぞ。むしろなんでこんな状況なのか説明して欲しいくらいだ」
いい加減にしびれをきらしたのだろう。さっきまで少女を襲おうとしていた黒ずくめの男の中心人物が話に割って入ってきた。
「おい、お前。さっきから俺たちを無視して話してるところ悪いが、邪魔するならお前もこいつと同じく殺すぞ。それともこいつの仲間か?」
先ほどまで剣を上段に構えていた男が今は下に降ろしている。
「仲間ね。よくわからないが、助けるからには仲間ってことでいいんじゃないのか。それに、俺としたら…」
もともと邪魔をするつもりだった。と言う前に、彼らの一人が即座に斬りかかった。
しかし、その剣はただ空を斬っただけだ。
峡夜は急な襲撃も身体を反らすことでかわし、そのまま身体を戻す勢いで
「まだ、俺が話してるところだろうが」
その声の怒りとともに拳が一発、斬りかかっ
た者の顔面を捉える。すると、そいつは後ろの方へと吹き飛んだ。そいつは吹き飛んだ先の木にぶつかり動かなくなり、ぐったりと倒れている。
ぶつかられた木はしばらくするとそのまま後ろへと折れて倒れた。
その様子を、見ていた中心人物らしき男は驚いたように目を見開くと、すぐに冷静な目で、まるで相手を探るように峡夜を見る。
「お前、何者だ。俺の仲間の攻撃を避けただけでなく、殴り飛ばすとはやるじゃないか」
峡夜はふっ、と笑う。
「お前、礼儀ってもんがなってないんじゃないか。人に名前を聞く時はまず自分から言いなさいってマミーに言われなかったのかよ」
黒ずくめの男は峡夜を睨みつけた。その目には侮辱されたことと、仲間をやられた怒りの両方が、込められている。
「それもそうだな。だが生憎死に行く奴に名乗る名前などない」
「そうかよ。だが、それに関しては俺も同じ意見だ」
「そうか、なら死ね」
峡夜の口に笑みがこぼれる。
「かかってこい来いや。全員まとめて叩き潰してやる」
それを合図に、黒ずくめの男たちは一斉に峡夜へと襲いかかった。
先ほどの森はすでに静まっていた。まるでさっきまで戦闘があったのが嘘かのように。
峡夜には先ほどの彼らとの戦闘で浴びた帰り血が付いている。特に拳は酷い。
しかしそれに比べると衣服に関しては元が黒いせいであまり目立たない。
「おい、お前大丈夫か」
峡夜の目の前には、あまりの衝撃に身動きの取れない少女がいた。
「おい、お前。人が話しかけてんのに無視すんじゃねぇよ」
峡夜のその言葉にようやく少女は我に返った。
「あっ、はい。えと、その、ありがとう…ございます。助けてくれて」
少女の声は震えていた。
「お前、俺が怖いか」
「いっ、いえ、そんなこと、無いです」
「別に無理しなくてもいい。流石に普通の人間ならこの状況でまともにはいられねぇよ」
あたり一面には五つの死体が転がっている。中には顔が吹き飛んでいるもの。胴体に穴が空いているもの。彼の言う通り普通の人間なら発狂し、吐いてもおかしくない状況だ。
「そういえばお前、仲間がいたのか。さっきのやつらが話してるを聞いてたが…」
「んっ……。」
彼女からは先ほどまでの感情とは違うものへと変わった。
彼にとってこういうのは一番苦手なことだ。人とあまり関わって来なかった彼にとって悲しむ相手を慰めるのは一番苦手だ。
いや、正確には面倒なだけでやりたくないのだ。
しかし、このまま彼女を放って置くほど彼も薄情になることはできない。
「はあ、お前そんなに仲間のことが大事だったのか」
彼女は頷いた。
「お前、名前は何ていうんだ」
「テトラ。テトラ=セルシアです」
その声に力はなくとても小さかった。しかし、それには気にすことなくテトラという少女へと近づく。
「それじゃあテトラ、お前の仲間のところへ行くか。一応助けてやったついでだ、仲間の葬いくらい一緒に行ってやるよ」
「えっ…」
テトラは驚きの目を峡夜へと向けた。
その様子に少々腹がたったのか顔をムッとさせた。
「嫌なら別に良いんだぜ。それに、こんな恐ろしい人間がいたらお前の仲間もおちおち成仏できないだろ」
テトラは先ほどの表情とは打って変わりクスッと笑った。
「何だ、俺がなんか変なこと言ったか?」
「いえ、ただあなたが案外優しかったのでつい。すみません」
彼女は笑っている。
その顔を、見て峡夜も笑みを返す。
その笑みは今までのとは違う優しいような顔をしていた。
「お前、笑えば良い顔じゃねぇか。お前の仲間もきっとその顔を望んでると思うぞ」
峡夜は彼女の足へと近づくと、その足を手に取る。
手にはいつの間にか黒い革の手袋がはめられている。
「お前、見た感じだとケガはしてなさそうだが、足動かないのか」
「足は確かに動かないです。でもそれはケガとかではなくて、魔法による一時的な効果なので、じきに治ると思います」
峡夜はテトラの言葉に耳を疑った。
「お前、今魔法って言ったか?」
「はい、言いましたけど。それがどうかしましたか?」
あまりの言葉にしばし困惑するが、そうもしていられない。彼は一度テトラの足を放す。
「なあ、多分変な事を聞いてると思うだろうけど。ここって何処だ?」
「ここですか?ここは王都の南西に位置するセイザリアの森ですけど……」
それを聞いた瞬間、峡夜の口からまた笑みがこぼれた。
目は何かを期待するかのような眼差しをしている。
「なるほど、そうきたか。世界もなかなか面白いことをしてくれるじゃねぇか。まさか異世界なんかに俺をとばしてくれるとは」
テトラはそんな様子を不思議そうに、そして何かを確認したいかのように峡夜見つめている。
「あー、悪い。突然変なこと言いだしたな」
「あの、本当に異世界からきたんですか?」
はぁ?っと、テトラの方を見る。
なぜ彼女は当たり前かのような。いや、それは言い過ぎか。そんなことがあってもおかしくないと言った方が正しいのか。そんな感じで聞いてきている。
「お前、変に思わないのか?」
彼女は何のことかわからない顔をしている。
しかし、しばらくしてあることに気づいたらしく、はっ、と峡夜の方を見ると
「あの実は、この世界ではあなたのように異世界から来る人は他にもいるんです。なので、私たちからしたら別に不思議だとは思わないんです」
峡夜は黙ってその話を聞いている。ある程度のことは理解したらしい。
「なるほどな、だいたい分かった。まだ分からないこともあるが今は身の回りの状況が把握出来ただけ良いだろう」
峡夜は、再びテトラの足に触れるとしばらく黙った。
彼が一体何をしているのかはテトラには分からなかった。が、別段嫌な気分でもない。むしろ柔らかく何かに優しく守られているかのような気分。
(あれ、足の感覚が……、足が動く)
彼女は、足の先を動かしている。
「どうだ、少しは動けるようになったか?」
彼女の目は、足をずっと見つめている。
「あの、一体何をしたんですか?あの魔法は元に戻るのにもう少し時間がかかるはずなんですけど。それに治すにしても魔法じゃないと治せないはずなんですけど」
峡夜は少し困った顔をした。
「何をしたのか、か。うーん、いうとするなら治癒魔法みたいなもんだな。まぁ、お前の言う魔法とは違うんだろうけどな」
彼女からしたらまだ納得は仕切れないだろうが、ここはそういうしか彼には良い言葉が見つからない。
「それより、足が戻ったなら行くぞ。お前の仲間もそんなに長く待たせたらかわいそうだろう」
彼女も表情が少し曇った。
それでも彼女は、峡夜の方を見ると深く頷いた。
彼女は立ち上がり、歩き始めた。
「こっちです」
峡夜は彼女の背中についていく。
この背中を見ていると、いつか彼女は折れてしまうのではないかと思ってしまう。
それほどまで彼女の背中が弱々しく感じられた。
森からはたまに鳥のさえずりが聞こえる。ただ、そのどれもが離れた仲間を探すかのようだ。
しばらく歩くと、また鳥のさえずりも聞こえなくなった。
「着きました。ここです」
ついた場所からは血の匂いがする。
あたりの木々には銃弾の跡が複数ついている。
近くに倒れている死体へと近づく。
「一太刀か、腕自体はそもそも悪くはなかったのか。いや、一太刀なのはこいつだけか。なぁ、」
テトラの方を見るとその言葉をするのをやめた。
彼女の肩はわずかだが震えている。
やはり仲間の変わり果てた様子を再び見ればさっきの様子も変わるのだろう。
峡夜はテトラの方に歩き出しそのまま通り過ぎると、一度立ち止まった。
「俺は少し、血を洗ってくる。どこか川みたいなところはあるか」
「それなら、…そこを右に、曲がってまっすぐ…行ったところに、あります」
「そうか、ありがとうな」
彼はそのまままっすぐ歩きだした。
しばらくすると、後ろの方からは泣き叫ぶ声が聞こえてきた。
その声は森の奥深くまで響き渡る。
(これで少しは楽になるか…。いや、そんな簡単なものでもないか)
彼はそのまましばらく歩き続けた。
二時間ほどして、彼はようやく、テトラのところに戻ってきた。見る限り、血の跡はどこにもなくなっている。
テトラの目にもすでに涙はない。
その代わり、彼女の目の前には五つの土が盛られている。近くには土だらけの彼女の自動小銃が一緒に立てられている。
「もう大丈夫そうだな。その銃はそのままでいいのか?」
峡夜は、立てられた彼女の小銃を指差す。
「はい。せめて、この銃だけでも、私の代わりにここを守ってもらおうかと思って」
木々の隙間から太陽の光が差し、彼らの墓標と彼女の自動小銃を照らした。
太陽の光が当たった墓標は静かに見守られている。
「そういえば、私まだあなたの名前を聞いていませんでしたね。あなたの名前を聞いてもいいですか」
その声にはもうだいぶ悲しみというものは薄れている。
「そういえば言ってなかったな。俺の名前は端境 峡夜。峡夜でいい」
「峡夜さんですか。それで、峡夜さんはこれからどうされるつもりですか?その、今後の生活とかは」
「今後についてはあらかた決めてある。とりあえずはテトラの言ってた王都にでも向かってみようかと思ってる。それで、誰かに案内してもらいたいと思ってるんだが」
ちらりと、テトラの方を見る。
「あの、それでしたら。私の家に来ませんか?その、お礼もかねて」
これは、彼としては嬉しい想定外だった。
(俺としては王都を案内してもらいつつ、この世界の情報をもっと得るだけのつもりだったが…、まあ、お言葉に甘えさせてもらうか)
「それじゃあ、お願いするよ」
テトラの顔がパァっと明るくなった気がする。
きっと気のせいだろうと思いながら、彼は歩き出した彼女の背中を見つめた。
テトラは一瞬止まると、こちらに振り返る。自分を待っているのだろうと峡夜も歩き出した。
彼は歩きながら、背後に眠る彼女の仲間たちに別れをし、再び歩き出した彼女の背中を追う。
(安心してあんたらは寝てな。一度助けってやった縁だ。何かあったらまた助けてやるよ)
彼はそう、勝手に約束した。
先ほどの静かな森に、一人の謎の人物がいる。
それも数時間前までそこでは戦闘があったばかりだ。周りには死体が転がっている。
その中の一人、木に寄りかかっている。人物の前まで来ると、それに話しかけ始めた。
「おーい、加賀ちゃん起きろー。朝だぞー。まさか本当に死んでるのか?」
その声は男のようだが、なぜか陽気なテンションで話しかけている。
しばらくすると、先ほどまで全く動かなかったはずの人物が動き出した。
「うっ、すみません。気を失っていました」
声は女性のものだった。
しかし、全身が黒ずくめなため、声を聞くまでは普通分からないだろう。
「命があるだけ十分だよ。お勤めご苦労様。目的の人物は仕留められたんだから一回戻って休むといいよ」
謎の人物は加賀ちゃんなる人物に肩を貸す。
「それにしても、加賀ちゃんが気を失ってるなんて、らしくないね。どしたの?」
彼女は、目をそらし申し訳なさそうな眼をしている。
「それが、謎の人物に出くわしまして、一太刀入れようとしたら殴られました」
それを聞いた謎の人物は大きな笑い声をあげた。
「まさか、この世界に平気で女の子を殴る奴がいるんだね。まぁ、普通襲われたらそうなるか。それに、その姿なら尚更か」
謎の人物は加賀ちゃんを見つめる。
「からかわないでくださいマスター。それに、この姿は仕方なく…」
マスターと呼ばれたその人物は、ふふっと笑った。
「ごめんごめん。でも、加賀ちゃん。標的を、仕留めたのはいいけど一太刀でやったでしょ。駄目だよ、ちゃんと偽装しないと」
「うっ、それは、すみませんでした」
加賀ちゃんは一度謝ったかと思うとすぐにその目は真面目なものとなる。
「しかし、マスター。それより、私を殴り飛ばしたのはおそらく……」
その人物は賛同するように頷いた。
「うん、『異人』だね。君をただ殴り飛ばす力なんて普通にこの世界にはないからね。少なくとも俺は知らないよ。まぁ、そのことは後にして、とりあえず今は帰ろうか」
そういうと、彼らはその場から消え去った。
次の投稿は未定です。
少し先になるかもしれません。
また、次の話でお会いできるのを楽しみにしています。