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知らない、聞こえない


 消えたというのは誤りがある。なぜなら、ナオキの足はある。"上半身"がないだけだ。

 これはマズいとマコトは思う。


 ――食事は残さず食べなきゃいけない。



「…あれ?」


 思考がまとまらない。自分が何を考えていたのかもハッキリしない。

 それでも自分のすべきことだけは覚えている。


「…片付けないと」


 マコトは下半身だけとなったナオキに手を向ける。それだけでナオキの体は正真正銘、血液一滴、肉片一片たりともこの世界から消えた。


「………」


 マコトは自分が何をしたのか理解出来てはいなかった。マコトからすれば喧嘩をしていた相手が突然消え去ったように見えた。


 後に残ったのは満ち足りた"満腹感"だけだった。


 だから、



 ――……コツ…


「ッ誰だ!?」


 マコトを現実に引き戻したのは、部屋の外から聞こえた小さな物音という酷く現実的な"警報"だ。


 マズい、と。マコトは直ぐさま思う。

 物置の扉は開け放たれていた、マコトがナオキと密室空間にいたくないという防衛反応的行動だったがそれれが裏目に出た。

 どこから見られていたかは分からないが第三者からすればマコトがナオキを消した。つまり殺したと捉えられてもおかしくない。


 “そんな事実”は存在しないが、傍から見ていればマコトの言葉を信じるはずがない。


 少なくともマコト自身も遺体を処分してしまった。


 でもそれは自分を犯人と思われたくないからの咄嗟的行為で、マコトがナオキを消した訳ではない。


 そのことをとにかく目撃者を捕まえて納得してもらうしかない。でなければ、"今のこの状況下"では特にマズいことになる。


「ックソ!!」


 だというのに、いない。見失った。廊下の角を曲がった先に人影を見つけることは出来ない。


「(マズい…マズいマズいマズいマズい)」


 落ち着け。必死に自分でそう言い聞かせる。

 まとまらない頭を強引に動かし、これから何が起こるのか何をすべきなのかをシュミレートする。


 まず間違いなくあの現場の目撃者はナオキを消したのをマコトだと考える。そして連鎖的にハルナの事件の犯人だと濡れ衣に濡れ衣を重ねられる。


 それは当然だ。だれもがグレーのなか黒の存在が現れたら全ての罪はその人物に着せられる。

 マコトも普通ならそう思う。しかし問題はその黒がマコトだという事だ。


 マコトが取れた最善の行動は目撃者の認識を改めさせることかその口を閉じさせることだった。

 しかしそれは今となっては非常に困難だ。


 ならば、


「(どうする!? ぼやぼや考えている時間もない。今このときも下手をすれば状況が最悪になるかもしれない。様子見をするとかそういう場合でもない…逃げる? だが外には人を殺すような魔物がいるなか何の知識も装備も持たず? それならまだ犯人にされるほうがマシか? いや、でもこんな状況だと殴られるどころで済むか? 捕まる、監禁。下手をすればクラスメイトに殺される可能性だってある…どちらにせよ死ぬ?)」


 八方塞がり。内にも外にもマコトの居場所はない。心はそんな絶望に染まる。


 落ち着こう。落ち着こうと、もはや一時思考も放置しそれだけをマコトは考える。


 顔面を蒼白にしながらふらふらとマコトは歩く。

 傍から見ればまるで幽鬼のようであり、心ここにあらずといったマコトは周囲に何の注意も割いていなかった。



「マコ…」


「!?」


 だから突然肩を叩かれたマコトは反射的に叩かれたその手をはね除けていた。


「あ…う……」


「…どうしたんだ。マコト?」


「…コーイチ…」


 見知った顔にマコトは思わず安堵の息をつく。

 しかし考える余裕を持った心がまた、マコトを不安にさせる。


 明らかに様子がおかしい人間をコーイチはどう思うのか。コーイチはそんな人の感情の起伏に疎い人物であっただろうか。 


「マコト…何があったんだ?」


 コーイチはとても察しが良い賢い奴だと、マコトが一番よく知っていた。



 ーー…、



「ナオキが消えた…か」


「嘘…じゃない。本当なんだ…少なくとも俺は何もしてない。目の前で…消えた、だけなんだ」


「……だけど、その現場を見た奴がいて。その言葉が通じるかといえばそれは無理だろうな」


 洗いざらい、マコトは全てをコーイチに打ち明けた。それしかないと思った。

 コーイチに下手な嘘をついても見破られてしまうだろう。かといってコーイチの口を塞ぐようなこともマコトには出来ない。気持ち的にも、現実的にも。


 だからマコトは正直に当事者の観点から起こったことをありのまま打ち明けた。

 コーイチはただ表情を変えずマコトのまとまらない言葉を適宜聞き直しながら、最後まで聞いた。


「なぁ…なぁ僕はどうしたらいい? 絶対に明日、いや今日…今にもかもしれない! ナオキを殺した犯人にされて! 神楽坂の遺体を盗んだのも、下手をすればこんな状況にした全ての犯人にされるかもしれない…いや…そうなる。絶対そうなる…そうして僕は皆から責められて死ーー」


「ーーさせるかッ!!」


 自分の中で貯まりに貯まった不安をコーイチにぶつけるマコトに対して、コーイチは強く。力強くその不安の言葉を否定した。


「他の誰かがマコトが犯人だと言っても俺がそれを否定する。誰にもマコトを傷つけさせない。…させてたまるか…!」


「コー…イチ?」


 頼もしいその言葉に、逆にマコトは首をかしげる。

 コーイチは確かに僕の親友だ。だが、それで善悪を無視するような奴だったろうか。


 他人に対して話したからこそ、冷静に第三者の視点となって振り返ることが出来るが。

 あの場でナオキに対し何らかの行動をとれたのはマコトしかいない。それはマコト自身が一番に理解していた。

 だからナオキが消えたというなら、それはマコトがしたというのが自然な考えだ。


 でも、その当然の思考をマコトの親友のコーイチは否定する。

 …それは、何故なのか?


「安心しろ、マコト。例え誰かがお前を糾弾しようと俺が守る。今日俺とマコトは一緒にいたってことにしてもいい。だから夜逃げしようとか思うな…少なくとも今は…」


 どうしちゃったんだ? どうしたんだよ、コーイチ。


「……少なくとも今は…ってなんだよ…。まるで"近い内に出る予定がある"みたいに…」


 マコトはこれでも長年コーイチの親友をやってきたつもりだ、だから親友の考えることは理解出来ているつもりだった。

 でも今のコーイチの様子はマコトには理解できなかった。


「…そのうち、分かるさ。だからナオキのことは忘れて、今日はもう寝ろ。そんな顔じゃそれこそ犯人扱いにされちまうぜ」


 忘れろと、コーイチは言う。こんな大事なことを?


 それではまるで"それ以上に重大なことが起こっている"と言ってるようなものじゃないかと、マコトは思う。



 ーー…、



「もう…もう誰も信じられない! どこに行ったの!? ねぇ、ねぇ! ナオキはどこに行っちゃったのよ!?」


 ーー予想は出来ていた。


 もしも夢だったらと思いもしたが。そんな都合の良い話があるわけ無かった。

 いや、それにマコトからすればもうこの世界にいること事態が悪夢の中みたいなもので、悪夢の中で良いことが起こるはずもない。


 コーイチと別れ部屋に戻ったあと、マコトはただ体を横たえてそしてそのまま朝を迎えた。


 寝ようとは思った。忘れようと思った。


 けれど目をつぶればナオキの顔が浮かんで、頭の中でいくら打ち消しても打ち消しても消えてくれなくて。

 疲れ果てて気を失うかのように眠りに落ちても、何かに追われるような感覚に直ぐさま跳び起きる。


 そんな事を何度も繰り返す内に、いつしか朝を迎えていた。

 気分は最悪だ。いつマコトがナオキを食べた犯人だと言われるか分からない、落ち着かない時間だった。


 そして予想通りに人が集まるに連れ、時間が経つにつれ、みな首を傾げ始める。


 ナオキはどこだ、と。



 僕が聞きたい。そう思いながらマコトは顔を伏せることしか出来ない。


 いつまで経っても現れないナオキを不安に思い、仲が良かったカエデやナツキが捜しにいった。

 でも、見つかるはずがない。見つかる訳がないんだ。


「落ち着けナツキ。まだナオキが消えたと決まった訳じゃーー」


「うるさい…! うるさい、うるさいうるさいうるさい!! どこにもいないのよ…! ナオキも、ハルナも…もうどこにも…どこにもいない、いないのッ!!」


 コーイチの言葉さえ、今はもはやナツキには届かない。でもそれも無理からぬ話。


 この短い期間に、親友も恋人もどこかへ行ってしまった。こんな、どことも知れぬ悪夢のような世界で。

 そんな世界を受け入れられるはずもなく、悪夢の住人の言葉を受け入れる訳も無い。


 ナツキはもう、壊れかけているんだろう…。



「(なに他人事みたいに言ってんの、お前?)」


 声が。声が聞こえる。

 分かってる、マコトはこの声の主が誰か分かっている。


「(良く何食わない顔をして、虫も殺せませんみたいな顔をして、この場に座っていられるのな、お前は)」


 声の主はマコトを責める。それにマコトは答えない。


「(分かってんだろ、お前は。ナツキの求める真実を。ナツキの怒りの矛先が、誰に向かなきゃいけねーのかも。何も覚えていません、知りませんと気取っても、お前は分かってんだろ)」


 ………。


「(誰を消したのか…いや食べたのは紛れもなくーー)」



「…黙れよ…」


 それだけで、声は消える。もう聞こえない。マコトを責める声はもう聞こえない。


 分かっている、マコトには分かっている。

 アレは弱さだ。罪を認めてしまえば楽になれると思う心の弱さ。

 告白すれば楽になる、作られた自分を崩せば楽になる。


 楽になる、楽になる楽になる。


 そんな生易しい言葉でマコトを誘惑する心の弱さだ。


 だからマコトは聞かない、知らない。消えろと言う。

 外で何が起きていようとマコトは気にせずマコトの信じる真実を信じる。


 マコトはただ、ナツキの涙交じりの悲鳴と。それを宥めようとするコーイチやカエデの言葉を、傍観者のようにただ黙って聞いていた。


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