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どうしようもない軋轢

 

 一定のリズムで立つ音。手慣れたように扱う器具。

 その姿は自然でいつもの姿なんだとよく分かる。


「…意外だな。いつも料理、してるの?」


「まぁ…うん。僕お姉ちゃんと二人暮らしだからだいたい僕が…あ、お姉ちゃんはもう働いて夜も遅いから僕がやってるってだけで、お姉ちゃんの方が料理は上手いんだけど…」


 知りもしない姉に対するフォローをしどろもどろになりながら言うが、別にクニヒロの姉が料理が上手かろうが下手かろうが知ったことではない。

 マコトはそう思うが、別に言及する気も無いので別のことをクニヒロに聞いた。


「二人暮らしってことは、実家から出てきたりしたの?」


「まぁその…そんな感じで……」


 なんとも歯切れが悪い。いつものクニヒロだ。

 それにしても思えばマコトがクニヒロについて聞くのも初めてかも知れない。

 いつもの話の主成分であるアニメもラノベも漫画もない、こんな状況ではどうでもいい話題になるのも道理か。


 どうでもいい会話をしながら、マコトはクニヒロと一緒に昼食の準備を手伝っていた。

 今まではクラスメイト全員分の料理をベルさん一人に任せていた。余裕がなかったというのもあったが流石にそれは不味いし、負担をかけすぎているということで自分達で出来ることは自分やるということになった。

 今では食事だったり洗濯だったり、この世界の勉強とともに家事も皆で分担して行っている。


 マコトとクニヒロ以外にも他のクラスメイトも調理場で仕事をしているが大半は女子。そもそも最初は女子の手伝いで割り振られたクニヒロがたまたま料理が得意だったので、めでたく男二人のコンビを組まされ隅に追いやられた。


 マコトとしては女子に混じって手伝うのも息苦しいので願ったりかなったりだったが。


「マコト…君はさぁ…」


「ん、なに?」


「その…今のこの空気、どう…思う?」


「どう…って言われてもなぁ……」


 居心地が悪い。それに尽きる。

 クラスメイトの雰囲気は大きく二つに分かれた。

 魔法、魔術といった未知なものに触れ前向きに歩みだしたタイプ。

 家に帰れない、近しい者の死に耐えきれず悲しみに暮れ部屋から出ようともしないタイプ。

 前者は男子に、後者は女子に多く見られる。足並みがズレているのだ。


 マコトはどちらかといえば前者のタイプだが、調理場の手伝いは女子が多いので暗めな空気が漂っている。

 今の心境的には良く知りもしない親戚の葬式に、悲しくもないのに長い時間真面目な顔をして正座をしている感覚だ。


「僕は……もちろん不謹慎って分かってるけど…少し、ドキドキしてる…」


 どうやらクニヒロも類に漏れず前者のタイプのようだ。


「僕らはまだろくに外にも出られないけど、きっと知らない生き物や景色。たくさんのものが待っていると思うとドキドキしない!?」


「そうだな…」


 思わなくもない。なんたって此処はマコト達が住んできた世界とは違う。

 まだ教会から出たこともないが、そんな中でも知らない食べ物、生物、歴史、魔術…。

 この世界でマコトは赤子もいいとこで、様々なことに新鮮な発見がある。


 クニヒロはそのことをマコト以上に嬉しがっているようだった。

 思わずいつもの声が大きくなるぐらい――


「僕は…きっとこんな風になることを、どこかで思っ――」


「ちょっと、男子!!」


「…な…なな、なんでしょうか、の……能登(のと)さん…」


 饒舌に語り出したクニヒロに口を挟んだのは、離れたところで作業していた同じ調理場手伝いの能登だった。

 ちなみにクニヒロがおどおどしているのはデフォだ。


「ちょっとこっち来な」


「…へ……あ、その…」


「いいから早く!」


「ひゃい!!」


 大方の予想はつくがクニヒロは能登に連行されるようだ。

 ご愁傷様とマコトは心の中で祈っておく。


「折原、あんたも」


「…………はい」


 女子の怖い顔には逆らえる気がしない。



 ――…、



「別に空気を合わせろとは言わないけど、空気を読むことぐらい出来ない?」


 女子からの呼び出しとか好かれる要素が欠片もない、しがない男子からすれば恐怖しかない。


「脳天気なのも別に男子だし気にしないけど。誰でも彼でもあんた等みたいに脳天気に考えられる訳じゃないし。その脳天気が悩んでいる人を苦しめているって分からない?」


「……苦しめてるって訳じゃ…」


「結果的に苦しめてるのよ。それぐらい言われないと分かんないの?」


「…はい…すいません…」


 ちなみに思わず口答えを漏らしたのはクニヒロだ。

 マコトはそんな要領の悪いことはしない。こういうときは反省しているような態度で、言葉少なに嵐が過ぎるのを待った方がいい。


「私は別にそんなに考え込んでいる方じゃないけど、私以外の耳に入ったら罵られても手を出されても文句を言えないぐらいのことって。ちゃんと理解しておきなさいよ」


「「はい」」


 これも能登なりの優しさと言いたいのだろうか。押し売り甚だしいが。



「まぁこれ以上時間を空けても迷惑がかかるし、今日はこれぐらいにしておくけど…これからは――?」


 そうして能登が小言を終わらせようとしたとき、荒々しく厨房の扉を開ける音が響いた。


「なに、いったいどうしたのナツ――」


「誰よ!? 誰があんなことやったの!!」


 その表情は今まで見たこともないような激情に色取られていた。

 クラスメイトの一人夏希(なつき)は、いつもの澄ましたような涼しい顔を大きく歪ませ涙をたたえた目でマコト等を睨みつけていた。


「ちょっ、いきなりそんなこと言われても意味分かんないって! 一旦落ち着いて――!」


「落ち着いて…なんで? ハルナがいなくなったのに、なんで!?」


 ナツキは特に神楽坂と仲が良かった。だから神楽坂が死んだとき1番泣いていたのはナツキだし、そして今まで部屋に籠もりきりだったはすだ。半狂乱になるのも分からなくはない。

 だが、なんて今更――?



「ナツキ…悲しいのは分かるけど、ハルナが…いなくなったのは誰のせいでもないし、皆にあたることじゃ――」


「違ウッ! 違う違う違うのッ!! ハルナの…ハルナの……!!」


 ナツキは言葉もバラバラにけれど、はっきりとこう言った。



 ――誰がハルナの遺体を持って行ったの!?――



 ――…、



 神楽坂が死んだとき、遺体は霊安室に運ばれた。

 この世界での教会というのは非常時の救護施設であり、そういった場所も用意されているんだとか。

 神楽坂の遺体も霊安室に安置させられていた。拙い知識だがきちんと弔おうと皆で決めた。

 準備が整うまで神楽坂の遺体は霊安室に安置させられ、その体の世話をナツキが買って出た。


 そして先程の出来事に繋がる。いつもの通り神楽坂の体の世話をしにいった、そしたら遺体が無くなっていた。

 意思無き体が勝手に動き回るはずがない。ならば"誰かが神楽坂の体を持って行った"のだ。

 ナツキは混乱する頭でそのように考えた。


 誰が何のために、どんな方法で。


 その全ては分からない。けれど限定出来ることはある。

 人間一人を動かすとなればそれを人目につかず迅速に行うことは難しい。"普通"に考えれば。 

 ならば犯人は二人以上人の手があったのか。しかしこんな異常なことに対し協力者がいるとは考えにくかった。

 それでも結局は一人でどうやって運んだのかが分からない。"常識的"に考えれば。


 つまりそういうことなのだ。此処は常識とかけ離れた異世界。

 特に魔術なんてものを使えれば人目につかず一人で遺体を運ぶことも可能だろう。


 そう、ナツキは考えた――



「まぁ、理屈は通ってるな…」


「というよりも問題なのは誰がやったじゃなく、閉ざされたこの空間にやった奴がいるってことじゃねぇのか?」


 そう、問題はそこにある。

 コーイチとナオキの言葉にマコトは心の中で頷く。

 この際犯人は言ってしまえば誰だっていい。問題は閉鎖的空間での犯人捜しが始まってしまったことだ。

 もしかしたら自分の横にいるクラスメイトが犯人かもしれない。

 そんな疑心暗鬼の状態になってしまったら、こんな状況下でどんなことが起きるのか想像もしたくない。


 只でさえ悪い状況だったのが、最悪な状況に近くなった。


「ま、一番手っ取り早い解決方法は誰が犯人か分かっちまえばこの妙な空気も終わるって訳だ。で、誰だ?」


 ナオキが冗談のような言葉で、何も笑っていない目で集まった男子を見る。

 今此処にはクラスの男子全員が集まっていた。

 事態を知らされたコーイチが皆に呼びかけ緊急のクラス会が開かれたのだ。男子だけの。

 女子は、特にナツキは冷静と言える状態ではないし、少なからずクラスメイトの中にそんな事をした人間がいるというショックが大きかった。

 

 それに"魔術を習っていた"のは男子だけだ――



 ナオキの問いに誰も答える奴はいなかった。


「まぁ、いたとしても…あげる訳ないよな」


 ナオキ自身これで犯人が名乗りあげる訳はないと分かっており、軽く自分で流した。


「となれば、もう一人一人体に聞いてみるしかないか…」


「ナオキ、それは視野が狭すぎるだろう。別に犯人がこの中にいると決まった訳じゃないんだ」


「は、それは何か? 犯人はもしかしたら女子にいるかもしれないって言いたいのか? 冗談じゃねぇ、今でこそ仮にも犯人が限定されているからこそ"白が決まった"奴らで協力しあえるが"誰も彼も黒かもしれない"なんてなったら、それこそこの集団は崩壊する」


「それは分かってる。だが、お前自身皆からすれば黒か白かは分からないってことを忘れるな」


 ナオキの強い言葉にコーイチが苦言を呈する。

 だがマコトとしてはまだナオキが場を仕切っていたほうが話は一方向でまとまったと思う。

 このまま誰が犯人だと机上で言い続けても、不毛な言い争いになってしまう。


「犯人への手がかりはない。なら、ここで根拠のない犯人のなすりつけ合いをしていても仕方ない。俺たちがこれからどうすべきかの方が大事なんじゃないか」


「それはなんだ、アレか? 犯人をみすみす許したまま一緒に楽しく飯をつつけっていうのか。ふざけるな、そんなの俺が許さねぇし。そう思う奴は俺の他にもたくさんいるはずだ」


「極論すれば、俺たちに直接実害があるという訳ではない。何のためにこんなことをしたのか分からないが、これ以上のことが起こるとは考えにくい」


「ッざけんなって言ってんだろ! これ以上のことが起こったらどう責任をとる!? 相手は遺体を盗んでくような頭のイカれた野郎だぞ! どんなことするのか分かったもんじゃねぇ!!」


「おまえはクラスメイトも信じられないって言うのか!?」


「こんな状況で信じろってのが馬鹿だろうが!!」


 ――平行線だ。


 確かに長い目でこれから皆で生きていくことを考えれば犯人捜しで精神を摩耗させるのは得策とは言えない。

 かといって犯人をこのまま野放しにするのも気味が悪いし、許せないという感情も分からなくはない。


 両者とも間違ったことは言ってはいない。要はどこを重要視するか。

 現実か心か。


 二人のの考えを変えさせるのは並大抵のことでないし、一朝一夕で丸く収まる話でもないだろう。無難な折衷案は出るかも知れないが両方を満足出来る答えが出るとは思えない。


 このクラス会はただただ不毛だ。


 そしてマコトの予想通り、このクラス会の議論が収まるということは無かった――。



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