変わらないもの
――魔法。
ファンタジーにとってほぼほぼ登場するものであり、それは人の妄想を駆り立てる都合の良い題材だ。
漫画やアニメや映画の主人公のように炎を操り、地を震わせ、天を轟かせる。
または自分の望む姿になったり、王子様との再会を果たすスパイスだったり、と。
老若男女とは言わないが、少なくとも多感な男心を震わせるものだ。
さて、そして此処は異世界。
そうマコト達を実感させたのは冷たい悲劇的事実であったが、異世界だって辛いことばかりじゃない。
楽しく心弾ませることがあったっていい。
そう件の『魔法』である。
ベルが見せた分身だったり、元の世界からすればマジックと一笑されるようなものがマコトにも真面目に使えるかもしれない。
はたまた下手をすれば、どこぞのチート主人公のように天地を自由自在に操れるかも――!
というのは流石に妄想の類でだが。
この世界を知るためにも魔術を知ることは決して無駄ではないだろう。
「魔法を学びたい。ですか…」
「あぁ、やっぱりこう特殊な訓練とか。大変だったりするんですか?」
「いや、そういう訳ではないのですが…」
ベルにマコトは魔法を学びたいとお願いに行った。
しかしベルさんの表情はどうしたものか、といったあまり色濃くない返事だ。
やっぱり魔法というのはそんな素人が簡単に使えるものではないのか。
しかしそれも道理だ。漫画みたいにぽんぽん地球をぶっ壊しそうな魔法を皆がバンバン使えたら、この世界はもう滅んでるんじゃなかろうか。
「実はですね…魔法の件なのですが」
「…はい」
「要望者が多すぎてきちんと指導仕切れるか自信がなくて…」
「あ、そっちですか~」
やはり異世界に来ても、中学生男子に魔法というワードは惹きつけてやまないらしい。
――…、
半分ぐらいか? クラスメイトの十数人が青空の下ベルさんの下に集まっていた。ある意味青空教室のようだ。
「魔法…と言いますか、正確には今から皆さんには『魔術』をお教えしたいと思います」
「ベル先生! 魔法と魔術というのは違うものなのですか?」
不思議系少年で通っている雰囲気からか、ふざけているのか真面目に聞いてるのか分からない質問するのはシモツキだ。
「はい、違いますね。と言うと語弊を生んでしまいそうなので。詳しく説明すれば――」
話を簡単にまとめよう。
魔法、とは人間一人一人別々に有するものであり他人が使用することは出来ない。というのが古来の考えだったようだ。
そして誰もが使えるものではなく、現実世界で言えば悟りを開くに近い鍛錬が必要だったらしく、そのため魔法を使う者。魔法使いは位の高い地位であったそうな。
そして魔術。魔術の起源は魔法より新しい。昔ある自身の魔法を極めた高名な魔法使いが自分の魔法を他の者にも使えるような研究を行ったらしい。
それまで魔法というのは魔法を使うものが"願う"ことで発動したらしい。そのためその魔法を発動させる"プロセス"というものを他者に伝えるのが非常に困難、いや不可能とされた。
そこで昔の高名な魔法使い『アグニ』は魔法の発生を思考式から発声式へと、そして"記述"式へと飛躍的に進歩させた。
「そしてアグニは魔法の記述化により、他者に修得は不可能とされた魔法の使用を可能に…魔術を産み出した偉大なる魔術師として歴史に名を刻みました」
「つまり自分の魔法を使うには長い年月がかかるけれど、魔法を大衆化させ一般化させた魔術は僕たちもすぐ使えるということですか?」
「そう…とは言い切れませんね。魔法を記述した魔法陣を発動させ魔術を発動させるのにも、それ相応の知識と修練が必要になります」
やはり物事はそう簡単にほいほい上手くいく訳ないらしい。ファンタジーらしく火の玉だったり、風の刃だったり、雷だったりを巧みに扱いたかったが、
「と言いましたが、物事には比較的あらゆることに抜け道があります」
「「「おぉ~」」」
男子生徒みんなで声がハモる。どうやらマコトのように落胆したものもいたらしい、シンクロしたようで気持ち悪い。
とにかく、ベルはそう言うと懐から文様が描かれた紙を取り出した。
頭がチクリと痛んだ気がしたが思い当たる節もなくベルのこれからの行動に注目する。
ベルはその魔法陣が描かれた紙を近くにいたナオキに渡し、そしてその手を両手で包み呟いた。
「『黒の翼』」
「ッ!?」
それは不自然差なく世界の理のように自然に起きた。ライターの先から火が出るのが当然のように"ナオキの背中から翼"が生えるのも自然なことのように世界はそれを許容した。
「これは私がナオキさんの"魔力"を使って発動させてみました。ですが…発動出来たということはナオキさん一人で使えるはずです」
それはナオキさん自身が一番分かっているはずです、そうベルさんは言葉は締めた。
ナオキは自身から生える翼のことよりも、頭の中に飛び込んでくる新しい情報に驚くように宙を…空を見つめる。
そして、
「…そう、そうだ…。読める…理解出来る。俺は…"飛べる"!」
ナオキは言葉を重ねる毎に自身の変化を受け入れるように、初めは自分の言葉に疑問を持つようだったのが最後は確信を持って言った。
そしてまるでその確信を体現するように翼をはためかせ――空を飛ぶ。
――…、
日本に産まれ、日本で育った人間は苦も無く"日本語"を話せるだろう。
学校で正しい語法や文字を習うが、自身が扱う分には学校に入ってもいない幼児でも大人との意思疎通は可能だ。
つまりその"内容や意味"を理解していなくても"体感的"に魔術も扱えるのだ。
「魔術を使用する上で意思が左右するのは、魔力のONとOFFだけ。発動も制御も全て記された魔方陣により決定し、それは発動者の意思が関することではない。ならばなぜ、魔術の使用が困難とするかは正しく魔方陣に魔力を流せるかが大事だからだ。正しく流されなかった魔術は不完全な形となり魔方陣の意味することと全く異なったものとなり、その威力は著しく減少する、下手をすれば魔方陣により守られた術者自身に害を及ぼす可能性まである。
そして正しく魔方陣に魔力を流すのは、簡単に言えば言語を一つ理解するのと違いない。魔方陣に描かれた文字、形の複合する意味を魔方陣各個毎の独自の体系を理解し解することが必要不可欠である。
しかし"稀に"、その文字や形の意味を理解せずとも正しく発動出来る者もいる。それは俺たちが日本語を正しく理解しなくても扱うことが出来るのに似てるといえば似てるであろう。これは個々人の生来による肉体、精神が扱う魔術に適正を示すか。
念を押すようだが気をつけなければならないのは魔術一つ一つ、魔方陣一つ一つ全てその読み解き方は異なるということだ。魔術一つ一つに独自の言語があると言って良いだろう。
まぁ"属性"毎に多少の類似性はあるが全く別物と考えて相違ない」
そんな感じだろう。と、シモツキは今までのベルの言葉をまとめた。ベルも概ねその解答に頷いている。
「そうですね、そのように解釈してもらって構いません。ただし付け加えるとするならば、魔方陣を発動出来る。イコール完全にその魔術体系を理解出来た訳ではなく。また完全に理解出来たとしてもその魔術を産み出した"魔法"使いの半分程度の力までしか一生をかけても扱えないでしょう。文字だけで他人を完璧に理解することは出来ない、それは魔術も同じこと。魔法と魔術の間には似ているようで大きな隔たりがあるのを再認識するとより理解が深まります」
なるほど。分かりやすいように例えるのであれば某有名RPGのメ○は段階的に語尾に何か付いて強くなるが、この世界の魔術は一つ一つに優劣はなく極めれば極めるほどその魔術は強くなる、ということか。
そして魔術っていうのは個人一つにしかない魔法を誰でも使えるように簡略化したもの。違いが出るのも当然か。
これだけ聞くと魔術というのは一つ習得するのにも言語を一つ修得するのと労力は変わりなく。マスターしたとしてもオリジナルの魔法の半分以下の効果しかない。難しさの割には魅力が少ないようにも感じるが、半分以下の力でも自由に空を飛べることを考えれば労力に見合う十分な対価かもしれない。
魔術はそういう努力で身に着けるもので、稀に天才のように学ばなくても使えるものがいるものなのだが――、
「"稀に"勉強しなくても出来ちゃう奴がいる…ですかー」
「皆さんはこの世界の人とは違うようですから、そのせいかもしれませんね」
「そういうテンプレもありますね~~」
さっきまではベルさんの解説をお利口にみんな座って聞いていたが、ナオキが魔術を使えるようになりそして他の皆も同様にベルさんの介助のあとスイスイと魔術を使っていった。稀にというのはこの場にいる全員に当てはまるらしい。
かくいうマコトも使えるようになり、飛べは出来なかったものの簡単な暗闇の魔術を使えて高まる気持ちを隠せはしなかったが。
なんだろうか、この少し冷めた気持ちは。近い感覚を上げればついつい映画のワンシーンで泣きそうになったとき隣の友達が号泣しているとなんだか冷める、あの感じに近いものを覚える。
「…でも魔術も一つ一つ違うものだから、出来るものもあれば出来ないものもある…」
みんな同じだった訳じゃない。出来る魔術と出来ない魔術。それは人それぞれ、相性というのは見えた。
ナオキやコーイチのように教わったほぼ全てのものを使える者もいれば、クニヒロのように2、3個しか扱えたなかった者もいる。それでもこの世界の視点からすれば凄いことらしいが。
「それでは、そろそろ夕飯にしましょうか。ただし、皆さんはもう魔法陣さえ書ければ魔術を扱えることを忘れないように注意してくださいね。"普通の人"とは違うことを」
ベルはそう締めくくった。
――…、
「ベルさん、少しいいですか?」
「はい、なんですかコーイチさん」
青空教室が終わったあと、コーイチは一人ベルに声をかけた。
「一つ質問したいことがあるのですが…。今日俺たちに教えてくれた魔術。あれって全部"闇属性"の魔術だったのは何か理由があるんですか?」
コーイチは皆が魔術を使い、あまり聞いていなかった残りのベルの言葉もしっかりとメモをとり聞いていた。
だからこそ不思議に思ったのだ。
「そうですね。確かにたくさんの魔術に触れさせたいのですが私自身が闇属性の魔術以外不得手でして…」
「なるほど…そうですよね! すみません考えがまだ全然足りなくてアホな質問をしてしまって、ありがとうございました!」
ベルは申し訳なさそうにコーイチの疑問に答え、コーイチはその回答に頷きその場を去った。
「(闇属性以外魔術が不得手…ねぇ)」
確かにそれなら今回闇属性の魔術以外教えなかったのは納得出来る。
"しかしそれならなぜあの場の全員が闇属性の魔術に対し適正を有していたかのか"
新しいその疑問に対する答えは出ていないが、だが続けてその疑問を口にするのは憚られた。それは己の質問をする上での知識不足もあったが、後は直感。聞くべきじゃないという。
推測出来るのは、コーイチ達にある同じ共通点が適正を示したということ。パッと思いつくのはクラスメイト、全員男だったということぐらいか。
後は、
別の世界人だから?
それが理由になるのだろうか。小説ならありがちな設定だが…単純にそうなのかもしれない。
後思いつく小さな疑問だがもう一つ、
"聖職者が闇属性の魔術が得意なのか?"