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お話し

 

「改めまして。この協会の管理人を務めておりますベルといいます」


「あ、えー…折原(オリハラ) (マコト)です…」


 ベルさんはコーイチとナオキの仲裁に入ったあと、僕はベルさんに部屋へと呼ばれた。

 ベルさんはその姿の通りこの教会で働くシスターで、驚いたことにこの教会はベルさん一人で切り盛りしているらしい。色んな事情があるらしいが、立地の問題だとかなんだとか。


 ベルに連れられながら歩く道すがら、マコトはそのようなことをベルから聞いていた。

 そして客間のような、大きいソファー二つにそれぞれテーブルを挟んで向かい合うように座ったのであった。


「マコトさん、ですね。お腹は空いてませんか?」


 長い間眠っていましたからね、とベルさんは飲み物とお茶菓子を出してくれた。

 言われてみればお腹は食べ物を求めているみたいだ。

 でも初対面の人との挨拶の前で真っ先に食べ物に手を伸ばすのも、そんな卑しい人に思われた 裳華房くないからマコトは手を出さずにいた。


 そんなマコトの様子を見てベルは笑みをこぼす。


「食欲…というのは我慢するものではありません。食べたいというのは、それを必要としているということ。食べるという行為は至極自然的なことであり、恥ずべきことでも。自粛する事でもないのです」


 しかし食べ過ぎは良くないんではないだろうか。

 とマコトは思ったが、ここまで薦めてくれているというのに食べないというのも悪い気がしたのでお茶菓子に手をつけた。


「うま…!」


 クッキーのように小気味良い音を立てる焼き菓子のようだった。

 ほどよい甘みと柑橘類のさわやかさが合っている。


 あんまりお菓子とかは好きでもなかったんだけど、美味しいものは美味しいんだな。

 マコトはそんな感想を抱きながら、一口だけと思っていた手は二度三度口と茶菓子を行ったり来たりしていた。


「ふふ…」


「あ、すいません。お話の前に…」


「いえいえ、お気になさらず。美味しかったですか?」


「はい、とても! これはベルさんが作ったんですか?」


「えぇ、お口にあったようで良かったです」


 そう言って、ベルさんは嬉しそうに微笑んでいた。

 いや、本当に。絵に描いたような聖職者みたいな人だな。


 マコトは紅茶を飲みながらあまりジロジロと見ないように注意しながらも、こっそりベルを観察していた。


 その丁寧な物腰もそうだが。纏う雰囲気とでも言えばいいんだろうか。

 絶対の信頼を寄せることが出来るような。

 彼女の前では懺悔せずに入られないような…、


 僕って最低な人間だな……。


「私は食べることが大好きで。お恥ずかしいのですが、料理をするようになったのも自分で満足のいく料理を作りたいなと思い立ったのが理由なんですよ」


 そうやって自分の弱み、というよりもこっちからしたら可愛いポイントだが。完全無敵の人間ではなく、欠点もあるところを示すのも男サイドからすれば非常に好ましく思う。


 と、人見知り気味なマコトに対し直ぐに警戒を解かせたベル。

 しかし少しベルは眉を曇らせ、今までの談笑と異なった雰囲気を醸し出した。


「マコトさん、此処が何処なのか。聞いていますか?」


「え、あ、はい。教会の一部だとか、その程度は…」


 思いの外お菓子に夢中になっていたマコトは、少々顔を赤くしながら返事をした。


「他には、何か聞いたりしませんでしたか?」


 他に。

 と言われても、マコトはコーイチと少し話をした程度でほとんど情報という情報はなかった。

 と思っていたのだが、マコトはあの冗談のような言葉を思いだし苦笑しながら答えた。


「そういえば、ここは異世界だってアホな奴が言ってました」


 もちろん冗談だって分かってますよ。

 そんなニュアンスを含ませてマコトは言った。

 話のネタにするにしてもくだらない話だが、恥ずかしさを紛らわすための軽いジョーク。


 しかし、ベルは笑いなどせず顔を曇らせていた。


「あ、あの…いやぁ、本当にくだらない話で。つまらない話ですみません」


 しょうもない冗談で気を悪くしてしまったのかとマコトは慌ててフォローしたが、ベルの表情は優れない。

 そして申し訳なさそうに、答えたのだ。


「マコトさん、その話は冗談でも嘘でもありません」


「…え?」


「…中々理解し難いものですから。直接見せたほうがいいでしょう」


 ベルは"慣れた"様子で話を進めた。


「そうですね…。では、まず突然私が二人になったら驚きますか?」


「え…あ、はい。そりゃぁ……?!」


 二人になった…。


 いや、比喩とかじゃない。文字通り。僕の目の前で二人になった。

 目を離したはずはない。いや、まばたき程度はしたかもしれない。けれど、間違いない僕はベルさんを目の前の見つめていた。


 なのに"まったく同じ姿の人間が並ぶように座っていたのだ"!


 混乱する頭の中で事態を把握仕切れていないマコトは自然的な答えを出した。


「す…すごいですね! どうやったんですか、突然表れたのでビックリしちゃいましたよ…。あの、ベルさんの姉妹ですか?」


「「いいえ、私は双子ではありません。これは"魔術"で作り出した、幻影です」」


 まったく同じ声が重なり合い、マコトは前動画で見た立体音響を思い出していた。そんなことを思い出すのはベルの言葉を取り合っていないということに他ならなかったが。


「いやいや、騙されませんって。ベルさんがマジックがとく――」


「さて、ではどうしましょうか?」


 握り潰していた。

 いや、その表現は正しくないかもしれないがマコトからすればそれぐらいの衝撃だった。

 元の位置にいたベルをベルAとすれば、ベルAがベルBの肩に手をかけた。

 それだけだ。

 なのにベルBは真っ黒な粒子になって、消えた。


「そうですね。ではあそこの木でも消してみせましょうか」


「いや…ベルさん!?」


 応接室の開け放たれた窓から見れる木は夏の陽気で青々と大きく茂っていた。

 力を入れれば折れそうといった、そんなものでもない。

 ベルが何をしようとしているのかマコトは分からなかったが胸騒ぎがしたマコトは反射的に止めようとした。


 しかしベルが木に手をかざした瞬間に全て終わっていたのだ。



 風が強くなった気がした。


 木は跡形も無く"消えていた"。



 ――…、



「別にいいです。今までのが本当はマジックで、あとでネタばらしされてもどうせ笑いものにされるだけでしょうし。此処は異世界、そう信じることにします」


 マコトとしては、騙される以上にこれ以上変なことをされてもたまったものではないのでそう言うことにした。

 本心で信じるかどうかは別として。


「ありがとうございます。これからの話をする上でどうしても最初に納得してもらわなければいけないことなので…ご理解が早くて、助かりました」


 これで納得して貰わなければもっと派手なことをしなくてはいけなかったので。

 という言葉を聞いて、マコトは数分前の自分を褒めてやりたくなった。


 しかし、これからの話…というと。

 もし仮に此処が異世界だとするならば、確かにこれからの身の振り方は考える必要があるだろう。

 簡単に元の世界に帰れればいいが、仮にも世界を跨いでいるのだ。すぐ家に帰れるというのは、あまりに楽観視し過ぎだろう。

 此処が異世界、ならばだが。


「初めにこの世界がマコトさん達が暮らしていた世界と別、ということはご理解いただけましたね。では次にこの教会について説明しなければなりません」


 ベルは空になっていたマコトのティーカップに紅茶を注ぎ、続きを口にした。


「先程マコトさん自身も口にしていましたが此処は教会として建てられましたが、この教会は土地柄の関係で人里から離れた場所に建てられています。そうですね、分かりやすい感覚で言えばこの教会に物資を運んでくれる騎士の方々は一月ほどかけて来ています」


「一月…ですか?」


 それは相当の人里離れた…ではないだろうか。

 マコトが考える普通の教会とは大分違う印象だったが、此処が異世界とするなら教会のあり方というのももしかしたら大分違うのかもしれない。


「それは近くの都市からの道のりの険しさというのもありますが、時間がかかる一番の理由としては"危険な魔物"の存在があるからです」


「魔物…ですか」


 それはそれは、確かに異世界といったところだ。

 確かに先程見せたマジッ…魔法が事実とするなら、魔物といった動物がいてもおかしくはないだろう。


「なのでマコトさん達の身を一介の聖職者でしかない私が引き受けるのに不安もあると思いますが、騎士の方々が来るまでこの教会に居て貰うしかないのです」


「あぁ、なるほど…」


 ようやくベルさんのやってきたことの理由が分かってきた。

 今からすぐ帰ることは出来ない→なぜなら教会の外には危険な魔物が出るからだ→危険な魔物を理解してもらうためには此処が別世界であることを理解してもらう必要がある→手っ取り早く納得してもらうために魔術を使った


 と、こんなところだろう。別に早い話、此処が異世界とかいう冗談を挟まずとも外にはライオンがゴロゴロ生息しているサバンナ的な危険地帯ですとでも言って貰えれば良かったのだが。

 そんなことをマコトは思う。


「でも、外に危険な魔物? がいるのに、こんな所に教会は建てられたのですか?」


「それは教会を包む結界のおかげです。この地に教会を築いた理由にも繋がるのですが…簡単に言えば、この地は聖なる力が集まりそこを守護する拠点を作ることが望まれた。そしてこの地の聖なる力を利用し結界を作っているため移動も出来ない」


 なるほどなるほど。結界、聖なる力。

 確かに異世界という前提条件がなければただの中二病ののたまう言葉になってしまうな。


「そういう訳でして、マコトさん達にはもう少しこの地で我慢して貰わねばなりません。その事をご了承してもらいたいのです」


「あぁ、いや、はい。そういうことでしたら、はい。大丈夫です」


 自分で何が大丈夫なんだと言いたくなったが。初対面の人に「で、いつドッキリの看板は出るんですか?」とか言う訳にはいかないし、頷くことにした。


 それに早い話。どうやらクラスメイト全員グルという壮大なドッキリをやるにはその対象が僕と言うのはなんとも労力に見合わない成果だし。コーイチの言動から見るにクラスメイト全員を対象にしているみたいだ。


 タマ先生がいることだし、学校側の新しい避難訓練的何かか。そんなことだろうとマコトは見当をつけていた。


 でも、それはあまりにも"甘い考え"で――



「――ベルさんッ!!」


 話が終わり席を立とうとしていたマコトを止めたのは乱暴に扉を開けた人物だった。そんな礼儀も知らない相手は礼儀正しい親友で。


「コーイチ?」


「神楽坂が…神楽坂がッ――!」


 コーイチの珍しく取り乱した様子に、僕は嫌な予感しかしなかった。

 そして、その言葉は。マコトの今までの考えを一蹴させるに十分な出来事を伝える。



「息をしてないんだ!!」



 "クラスメイトの死"という、分かりやすい形で。



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