3.呪われた一族
「昔、この辺りの行政区分として郡があったのだそうです。郡頭という姓はどうもこの郡の長を長いことやってきたところから付けられたのではないかということで、随分古くから続く家柄のようです。
先ほど『じゅとう』村の文字についてお話しましたが、ずっと昔は違う文字が使われていました。『じゅ』という文字は『寿』ではなくて呪うという意味の『呪』、『とう』はタワーの『塔』ではなくて『頭』という文字が充てられていたのです。つまり、頭が呪われているという意味です。近年になってからその文字を嫌って少し前まで使われていた『寿』と『塔』という字に変えられたそうなんです」
「『頭が呪われている』って、一体どんなことがあったというのですか?」
「噂なので真偽の程はよく判らないのですが、二説あるのです。
一つ目の話は、まあ普通にありそうなものです。郡頭家の人たちは若い頃は皆本当に立派で、近隣の住民たちの上に立つ存在だったのですが、威張ったりせず、常に人々のことを考えて当時の行政区分の長として凛々しく振舞っていたそうです。
ところが、ある程度年をとると人柄が変わってしまい、頭がおかしくなったかのように信じられないことを言ったりしたりするようになったということです。あの家の男も女も殆んどの人たちがそうなったと言われています。それで、あの家は呪われているから頭がおかしくなるのだという話です」
「そうですか。確かにそのような話はあり得るような気がしますね。それで、もう一つの説はどんなものなんですか?」
「初めの説とは全く逆の話なのです。郡頭家の人たちは代々自分の立場を守るためなら何でもしてきたということで、郡の真面目な農民から過酷な年貢取立てを行ない、浮かした金の一部で上の役人に貢物を献上したり飲み食いさせたりして取り入り、自分たちの身分を確保し続けてきたというものです。
さらに、邪な願いを掛けた報いとして天狗に襲われたり、蚕のお化けによって女の子が桑の木で造った船で流されてしまったり、筑波山に巡礼に訪れた老夫婦を殺すような追いはぎになった者が出たり、生まれた時から頭髪が真っ白の子を引き取らざるを得なかったり、夜ごと里人をさらっては食べるような男が郡頭家の血を引いた者だった等、随分と恐ろしいことが次々に起こったそうです。そんなことの報いとして、郡頭家の人たちは晩年頭がおかしくなってしまうのだというのです。これは郡頭家が呪われているからに違いない、という説です」
「随分と郡頭家の評価が分かれているんですね」
「どうも後の方の話は、郡の長の座をかけて郡頭家と長いこと争ってきた郷長家が流した噂話ではないかという見方もあるんです。昔からほとんど郡頭家がリーダーをやってきたようで、郷長家がトップに立てたのはほんの少しの期間だけだったそうですから」
「なるほどね、妬まれて流された噂話の可能性も十分にあるわけですね。それで、この二つの噂話と今回のハチ刺傷事件とがどう関わっているというのですか?」
「本当かどうか私には判りませんが、これまでの三回のハチ刺傷事件は郡頭家が呪われていて、その呪いがスズメバチに乗り移って婿たちや郷長秀一を襲ったのだ、と言う人もいたのです。今回、四人目の被害者が出たことで、この噂は本当だと思う人がますます増えるのではないかと心配しているのです」
「まさか、呪いによってスズメバチがお婿さんたち三人と、覇権争いをしていたライバルを狙い、三人もの死者が出るようなことになったというんですか。そんなの迷信ですよ! 科学が発達した現代に逆行するよう考え方がまだ存在しているんですねー」
洋介は憤りを感じてそう言ったものの、呪いが乗り移ったスズメバチが人間を襲う場面が目に浮かび、背筋が寒くなるのを覚えた。愛は両手で顔を隠すような仕草で、もうこれ以上聞きたくないという思いを表現しているかのように見えた。
「ご説明したような状況の中で今日の事件が起こったのです。神尾さん、是非私と一緒に現場に行って状況を分析していただけないでしょうか? 愛ちゃんも了解してください」
洋介は愛の顔をそっと見た。鹿子木の話に怯えた表情であった愛も少し冷静さを取り戻し、鹿子木と洋介の顔を交互に見ながら答えた。
「現代ではそんな科学的に解釈できない恐ろしいことが本当に起こるはずがない、というのが洋介さんの信条なのでしょうから、ここは何が何でも現場に赴いてしっかりと科学的に調べなければいけませんわね。それに、私が止めたとしても、どうせ洋介さんは行くのでしょうから……。ここは私と源三郎小父様とで何とかしますから、どうぞ行ってらっしゃい」
「有難う、愛ちゃん。鹿子木さん、そういうことですから、早速現場に行きましょう」
「それは有難い。愛ちゃん、いつも済まないね。そのうち、この償いは必ずしますからね」
「はいはい、期待しないでお待ちしております」
愛は微笑みながらそう言った。
鹿子木は自分のコーヒーカップを持ち上げ半分ほど残っていた真黒な液体を飲み干すと、洋介を後ろから押すようにして受付から出て行こうとした。その時、小野村源三郎が中に入ってきた。
「源さん、いつものように神尾さんをお借りしますよ」
「ええっ……。ああ、はいはい、承知しました。早めに事件が解決できるといいですがね」
源三郎は一瞬驚いたような表情を浮かべたが、鹿子木の突然の要請には慣れているのか直ぐに微笑みながら了解してくれた。
筑波ホビークラブの玄関を出ると歩道の両側にはサルビアが美しく花開いていた。駐車場まで二人は小走りで行き、鹿子木の車の助手席で洋介がベルトを締めるのを確認すると直ぐに発進した。




