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ダークエルフとかき揚げ丼 ③

「今日も一日お疲れ様でした」

「はい、お疲れ様でした」

 互いに礼をしあう翔太とフィーナ。


 異世界での営業時間は実質夜の8時ぐらいまでにしているのだ。

 扉が山の中にあるということなので夜に出歩くものなど殆どおらず、訪れるものもいないだろうというフィーナの判断であった。



 しかし、まだ異世界で商売をはじめて二日目とはいえ客がオーガ三人とダークエルフの女性一人というのはやはり寂しい物がある。

 もし、この街でオープニングセールを行ってこのペースだと先行きが不安で仕方ないだろう。

 今回の場合、フィーナという給仕兼スポンサーがいるからまだ何とかなっているというものだ。

 もちろん、異世界などという未知の場所に店を出している上に、場所も辺鄙だと聞いているのだから焦る必要はないとはいえそういう訳にはいかないとも翔太は思っている。


「ところで、翔太さん。一つ質問があるのですが、よろしいでしょうか?」

 実は翔太も質問しようと思っていたことが有ったのだが、先に質問されて口をつぐんでしまう。


「はい、なんでしょうか?」


「あのダークエルフのお客さんに出されたメニューなんですけれど……」

 彼女に出したのはかき揚げ丼だ。そういえばあれを運んでくださいとフィーナさんに頼んだ時妙な顔をしていたのを思い出す。


「あれって、天ぷらですよね?天ぷらって卵を使ったと思うのですが?」

「あっそういうことでしたか。確かにかき揚げは天ぷらの一種なんですが、実はあのかき揚げには卵を使っていないんですよ」


 確かにフィーナが言う通りで、天ぷらには卵は欠かせないものとされているのだが、実は使わなくても天ぷらの衣は作れるのである。

 ただふわっとした感触がなくなってしまうのでネタに依っては合わないものになってしまう。

 そしてかき揚げというのはどちらかと言えば薄めの衣でサクッとした軽めの食感が好まれることもあり、卵がなくても問題がないのだ。

 なお最近では、ベーキングパウダーやビールなどによってふわっとした食感もまた卵がなくても可能になりつつある。


 このかき揚げ丼の原型は、卵アレルギーのお客さんが親父に天ぷらを食べたいといったのが始まりである。

 本人は酔っ払って思わず勢いで言ってしまったらしいのだが、客の依頼には全力で答えるのが親父である。

 そして、その場で実際に作って食べさせたというのだから恐れ入る。

 その後も、卵アレルギーはきついだろうと言って、色々と卵がなくても作れる揚げ物料理を出していったのだ。


 実はやろうと思えば、フライ系も卵がなくても可能なのだが、微妙に食感などに問題が出るのでまだ実際に客に出せるレベルではないのが翔太の今の悩みの一つである。



「それより、僕としてはフィーナさんに助けられたのですが」


「わ、私なにか言いましたでしょうか?」


「エルフ族が苦手なのは、肉全体ではなく血の臭いが原因って言ってくれたことですよ」


 そう、これによりかき揚げの中からタレを出すという芸当ができたのである。

 かき揚げはそれなりに大きくなってしまうので、上からかけるとかからない部分が出てしまうし、食感も落ちてしまう。


 そのため、夢味亭のかき揚げ丼のかき揚げは、中にゼラチンで固めたタレを入れておく形なのである。

 だが、あのダークエルフの女性が注文した『肉、魚、乳、卵を使わない料理』という内容で、翔太は彼女は動物性タンパク質自体に抵抗があるのだと思っていたのである。

 言うまでもなくゼラチンは動物性タンパク質の塊であり、もし彼女が動物性タンパク質に対して苦手なのだとしたら下手をすれば猛毒である。

 最近では、植物性というか合成した動物性タンパク質ではないゼラチンに近いものもあるのだが、あれは寒天よりはマシだが溶ける熱が通常のゼラチンよりかなり高いので今回の場合は実用的ではなかったりする。


 そこで彼女のアドバイスが効いたのである。

 おそらくなのだが、ダークエルフを含めたエルフ族というのは血の匂いに敏感なのであろう。

 乳は血液が変化したものであるし、肉、魚の身は言うまでもない。卵も微妙になのだが、血が混ざっていることがあるのだ。

 人間でもレバーの匂いが駄目という人と原理は同じなのではないだろうか。

 さらに言えば、鰹節も鰹自体が比較的血の匂いが強い赤身魚であるためいくら乾燥させたとはいえ彼女らにとっては感じてしまうレベルなのかもしれない。

 と、ここまでが翔太の仮説であり結論である。



「あれがなかったら、違う料理にせざるを得なかったんです。だからフィーナさんには感謝しています」


「私は何もしていませんよ。翔太さんが自分で考えだした結果なんです。それはあなたの努力と経験が導き出した成果なのでしょうね」

 彼女の微笑みに癒やされる翔太。


「と、肝心の質問を忘れていました」


「なんでしょう?」


 きょとんとした感じで首を傾げるフィーナ。

 さすがは女神というべきなのか、一つ一つの行動がそれだけで優雅さと美しさを出している。



「人間の国の近くに店を開けたんですよね?それしてはお越しになる方が人間とは異なるような……?」


 翔太の疑問はそこである。

 最初のお客さんがオーガというのなかなかに驚きではあるが、次に来られた客もオーガと比較すれば人間に近い姿ではあるが、ダークエルフである。

 どこのファンタジーでも一概にそうとはいえないのだが、あまり人間とダークエルフが仲が良いなどという話は聞かない。

 もちろん、人間の国の近隣とはいえ山のなかなのだからオーガやダークエルフが来ることが珍しい訳ではないだろう。

 だが、彼女の最初の説明とは少々かけ離れているところがあるため気になってしまったのである。


「確かに……。私の知る限りでは【グラドリエル】はあまりダークエルフともオーガとも交友を持っていたとは言いがたい状況だったはずですね。故にこの状況はおかしいといえばおかしいのですよね……。世界への過度の干渉を恐れてしまって近隣の山の中に境界を作ってしまったのは失敗だったかもしれません……。本来であれば多少の無理をしてでも街の中にするべきだったのかもしれません……」


 しょぼくれてしまうフィーナを見て慌てる翔太。


「あ、フィーナさんが悪いとは言っているわけではなくて……あの、その……。すみません……」


 自分が彼女を責めていると思ってしまい翔太は思わず頭を下げる。

 彼女がいなければもうすでに店を売り渡していた自分が言える立場ではないことを思い出してしまいそれ以上の言葉が出てこなかった。


「いえ、たしかに私も調査不足でしたのは確かです。故に少し調べたいことがあるんです。来週までには調べをつけますので安心してください」


 ――あのダークエルフの女性からならばうまく情報を聞き出せるでしょうから。

 というフィーナの心の声が翔太に聞こえることはない。

 だが、逆に翔太が謝りあまりにも深く反省してしまっているところを見てしまって今度はフィーナが慌ててしまう。


 翔太とフィーナは、店主と給仕という上下関係があるとともに、店主とスポンサー、そして人と神という別次元において逆になった上下関係があるためこのような複雑な関係になるのであろうが、元々翔太はあまり強気な方ではないためこういうところで物怖じしてしまうのである。


 そんな翔太の性格はさておき、今はフィーナの調査の件である。

 グルダスを含めオーガの三人はフィーナの正体に気づいていないのであまり意味が無いが、シェルネアというダークエルフは都合の良い形でフィーナの正体に気がついてくれた。

 オーガの方にそれとなく聞くことはできても、神の力を使って聞くことは難しい。

 こういうのはフィーナの正体に気がついているものに対して聞くほうが早いのである。

 相手が神と知って暴挙をふるおうとするものなど普通に考えていないし、そもそもそれだけの力を持つ存在など【レクシール】にはほんの僅かに居るかどうかのレベルである。



「あ、翔太さん。私はこの後用事がありますので、申し訳ありませんが、お先に失礼しますね」

「わかりました。お疲れ様です」


 あまりにも遅くなってしまっては、シェルネアに迷惑をかけるだろうと店を出て、夢味亭の境界を元に戻した後自分の世界へ戻る緑の豊穣神(フィーナ)


 だが、そもそも【レクシール】の5人の神の一人が、一介のダークエルフの女戦士のもとに降臨するという行為そのものの時点で迷惑などという行為の範疇を超えていることに緑の豊穣神(フィーナ)は気がついていなかった。




次回のエピソードは土曜日前後の投稿を予定しております。

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