ダークエルフと??? ①
「ふむ……あいつが言ったことは間違いでなかったか」
シェルネアは額にわずかに滲んだ汗を拭き取りその扉の前に立つ。
元々は、オーガのグルダスがわざわざ自分のところまで来たかと思えば金を貸して欲しいなどという交渉をしてきたことから始まる。
あの山で生活をしており街の中に降りてくることなど殆ど無いオーガどもに金など使い道などないだろう?と思ったのだが、あの誇り高いオーガの英雄の一人であったグルダスが元同じ部隊の仲間であったとはいえ種族も違うダークエルフの女戦士であるシェルネアに頭を下げてまで頼んできたのだからよっぽどの理由があると思い、金は貸してやるがその理由を聞かせろと聞いたわけだ。
すると、山の中にものすごい美味しい料理を出す店があるのだが、その店で食うにはお金がかかるので金を貸してほしいという魔女に催眠魔法でもかけられて頭がおかしくなったか?と思うような返答が返ってきた。
シェルネアは思わず笑い転げそうになったがあまりにも真面目に答えるので疑いもかけにくかった。
しかし、あの山のなかで食べ物の店など流行るわけがない。いや、客すら来ないだろう。店を始めようと思った奴は頭に問題があるに違いないと思っていた。
そこでシェルネアは賭けをした。
本当にそこに美味しい料理を出す店があったならば今回貸す金はくれてやると。
そして、実際に来たわけであるが、本当にあるとはこの扉を見るまでは信じられなかった。
まぁ、店があったと言ってもこの店が料理屋でしかも美味いものを出すとは今でも考えられない。とはいえ、ただで金を取られるのも癪だ。
ここまで来たのだから覚悟しようではないか。昔から女はこういう時肝を据えないといけないのだ。
決心したシェルネアは扉を開け中に入った。
「いらっしゃいませ!」
中にはいって最初に聞こえたのは鈴の音、そしてそれを聞いたのかシェルネアの姿を見たからか、金髪の女性がシェルネアに声をかける。
「一人だが問題はないか?」
ついいつもの癖で、確認してしまう。
「大丈夫です!どうぞカウンターの方へ」
彼女が指したのは、テーブルではなく、カウンターの方。
よくよく見れば、奥でグルダスを筆頭に3人のオーガが何かを食べては喋り合っている。
まぁ、今は気にするものでもないだろうとシェルネアは思い彼女の声に従い席に座る。
席に座ってシェルネアは彼女の顔に見覚えが有った気がしたのだが、思い出せず少し唸る。
「お水になります、どうぞ」
と少し悩んでいたシェルネアに彼女がくれたのは、透明な容器に入った水。
「この中に浮かんでいるのは氷か!?」
シェルネアは思わず声を上げる。
「はい。氷です」
金髪の女性が質問に答える。別に氷自体は珍しいものではないが、綺麗に四角に切断され中に入っているのは驚かされた。魔法で作り出したものだとしてもここまで綺麗に加工するのは難しい。
喉も乾いていたこともあり、一気に飲み干す。
唇に氷と思われるものが触れ、ひんやりとした感触が伝わってくる。――間違いない。氷だ。
優れた魔法使いがいるのかもしれないなどと思っていたところに奥からやかましい声が聞こえる。
「おお、シェルネア。ここの『ハンバーグ』は最高だぞ!ああ、追加でソースをあと二つくれ!」
あいつらが食っているものを見てシェルネアは思わずため息をつく。
肉の塊じゃないか。そんなものを私に食わせようと思ったのか……。
言うまでもなく、ダークエルフもエルフと同様、肉を食さない。いや厳密に言うとエルフのように全く食えないわけではない。だがあの血の臭いはなれるものではない。
給仕がオーガ共の応対をしていたからか、奥から別の男が出てくる。
黒髪黒目の男とは珍しいな。シェルネアが最初に思ったのはそれだ。
いないわけではないのだが、絶対数で言えばかなり少ない。珍しい地方から来たものと思えば、この店の中の内装の不思議さにも理解できる。それにしてもここで店をやる気持ちは理解できなかったが。
「お客様。申し訳ありません、まだメニュー表ができていないんです。よろしければ、お客様の要望にあわせて作らせていただきますが、ご要望はありますでしょうか?」
ますます、不思議な店だ。だが、一方で面白い店だと思う。
要望に合わせて作るだと?それがどんなに困難か彼は理解しているのだろうか。まぁいいかとシェルネアは納得した上でこう言った。
「では、肉と魚を使わない料理を頼みたい。あと卵もだ。……乳も無しで頼む。それにできれば野菜の炒めものや生野菜の盛り合わせでなければ理想だ」
「肉と魚に、卵、そして乳を使わない料理ですか……」
彼は一瞬悩み、こう返した。
「かしこまりました。ただスープに関しては、お出しできないのですがよろしいでしょうか?」
ほほう。この注文に乗ってくるか。しかも、スープを出さないと言ってきた。
シェルネアは思わず微笑む。
食材の制限上、野菜を使わざるをえないはずだ。その上で炒めものと生野菜を禁止した。これなら来るとすればスープと踏んでいたのだ。
だが、店主と思える男はそれを自ら否定した。では彼は何を出してくるのか。興味しかない。
「翔太さん、お味噌汁はお出しできませんか?」
「フィーナさん、あれも実はダシでかつお節といりこを使ってるんで厳しいと思います」
オミソシル?
やけにそそられる名前だ、だしということはスープだろうか。
「それをもらえるか?」
シェルネアは思わず注文してしまう。
「魚を使っていますので、無理はなされないほうが……」
「いや、身が入っていたりするわけではないのだろう?ならば大丈夫だ」
これが軟弱なエルフならば、絶対に頼まないだろうが、あいつらが食べているもののように肉や魚が塊で入っていなければなんとかなるのだ。実際牛でとった澄んだスープなどであればシェルネアは好みな方に入るのだ。
そんなものは生涯で一度しか食べたことがなかったが。
「分かりました」
と店主は奥へ消えていく。そしてすぐに戻ってくる。
彼が持った不思議な木の器に入ったのは、茶色に濁ったスープ。
一瞬泥水のように見えたが、そこから伝わってくる香りは落ち着く匂いだ。
「お味噌汁になります。無理でしたらご無理はせず、置いておいてください」
「ああ、ありがとう」
オミソシルというスープに満たされた器の上に鼻を近づける。いい香りだ。少なくとも魚の匂いは少しも感じない。本当に使っているのかと思えるのだが、使っていないのであればこれを出していてもおかしくはないはずだ。
俄然面白いじゃないか。と好奇心を刺激されたシェルネアは器を持ち少しだけ口の中に含む。
――なるほど。確かに魚の味がする。
だが、それはほんの僅かで気にならないかといえば嘘になるがこの味は好みだ。そう、大部分は私が好みな味だ。なんというか故郷の味といえばいいのだろうか、自分が子供だった頃に食べていたような懐かしさを感じてしまう。
だが、こんな僅かな魚の味がこのオミソシルという存在をより深くしている。自分が好みではないだけで、多くの者はこの僅かな味があったほうが良いと思うだろう。
シェルネアにとってもはやこの店が出す料理が楽しみで仕方ない。少なくともオミソシルだけでも自分が住んでいる街の店のレベルなどはるかに超えている。
ならば、この店が出す肉、魚、乳、卵を使わない料理が楽しみで仕方ない。
その時が来るのを今か今かとオミソシルを飲みながら待つ。
「お待たせしました」
金髪の女性が妙な容器に入ったものを持ってくる。
やけに深みのあるその容器の上には茶色、いや黄金色というような物体が乗っている。それはまだ熱を持っているからか湯気が止まらなかった。
「野菜のかき揚げ丼になります」