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オーガとハンバーグ ③

ちょっと短いです。

「「ありがとうございました!!」

「――美味かった。」

 そう言って、鬼――オーガの男は店を去っていった。

 初日から初めてのお客さんの満足した笑顔を見れたのはまさに僥倖と言わざるを得なかった。

 その一方で……。


「こ、怖かった……」

 思わず力が抜けてへたり込む翔太。

「ふふ。お疲れ様でした」

 一方でそんな翔太の姿を見て笑うフィーナ。

 こういう肝の座ったところこそ神様というべきところなのだろう。


「す、すみません」

「いえ、素晴らしいお仕事だったと思いますよ?」

「僕は料理を出しただけですし……むしろ、フィーナさんのほうがすごかったです。僕一人だったら……」

 今でもあの鬼の姿を思い出せば体が震えてくる。

 だが、あの緑の鬼が満面の笑みでハンバーグを食べてる姿は見てて嬉しかったのは確かだ。

 それは、フィーナさんの物怖じしない行動と喋りそして、追加のハンバーグを指示した機転によるものだった。

 自分ではあんな発想は出なかったし、失敗していたに違いなかった。

 もし、失敗していたら……。自分の命はなかったかもしれない。


「そういえば、翔太さん。あのハンバーグっていつも出してたものと違ってた気がするのですが」

 フィーナさんの質問で我に返る。


「ああ、うちのハンバーグって3つ味があるんですけれど、肉がお好きそうだったんで、まだ本番では出していなかったんですけれど、4番目の味を出したんですよ」

【夢味亭】においてのハンバーグの味は、まず何もかけない状態で出してお客さんの方でソースや醤油で食べてもらう【プレーン】、次に中にチーズを入れてさらに上にチーズを乗っけた【チーズ】、最後にしそと大根おろしを上に乗っけた【おろしそ】となるのだ。

 勿論、翔太はこの3つを出していたが、やはりハンバーグといえばソースを掛けたものが主流だ。

 ならばソースを掛けたものをつくろうと研究していたのである。


「第4の味ですか?」

「ええ、ずばりですが、あれはビーフシチューを煮詰めたソースをかけたものです」

 そう、ただのソースではなく、【夢味亭】特製の濃厚なビーフシチューをソースに使ったものだ。

 プレーンやチーズでは満足できない方向けのより肉の味を詰めたハンバーグ。

 それが、今回お出ししたハンバーグだったわけだ。

 勿論、何度もテストして試食してたものでは有ったが、ぶっつけ本番だったのは否めない。


「ビーフシチューですか!?」

「はい、お客様に試作品といってもいい物を出してしまったのは僕の判断でした。でもあのお客様にとってあれこそが最適な料理だと思いました」


 親父はよく翔太に試作品を試食させていた。親父が作る試作品はどれも美味いものだったので、いつもうまいうまいと答えていたのだが、その時はいつも怒られた。

『馬鹿野郎、お前が美味いって言っても店には出せねぇんだよ。そのお客にとって一番美味いと思える料理を用意するのが俺たち料理人なんだ、全員の好みは違うんだ。だから全員に等しく最も美味い料理なんてないだからな。だから自分が新しい料理をつくるときは、相手の顔を想像して作るんだ。そいつが美味いと思ってもらえるものが作れたんならそれが初めて店に出せるものになる資格を得るんだよ』

 この言葉は、昔は理解できなかったが、今ではよく分かる。

 だからこそ、親父は常に厨房にいるわけではなく店の方にいたのだろう。

 あのお客様が一番喜ぶ料理はなにか。それをずっと見ていたに違いない。勿論普段の店の営業ではお客さんがおまかせを頼むようなことは殆ど無いので役に立つことは少なかっただろうが。


「翔太さん!」

「は、はい!」

 フィーナさんの声で思わず直立姿勢をとってしまう翔太。

「そのハンバーグを食べさせてください!」

 フィーナさんの率直なお願いに思わず笑ってしまう。

「だって……もうお昼過ぎてますよ」

 恥ずかしがりながら、指摘する女神様。

 よく見ればすでに午後2時を回っている。言われてみればお腹が空いてもおかしくはない時間だ。


「うちの店だとランチタイム2時ぐらいまでやるんで、お昼って大体3時過ぎになっちゃうんですよ」

「3時……!?そ、それを早く言ってください!!」

 確かに言ってなかったのは自分のミスである。

「お客様は来られそうに無いですし……お昼にしちゃいましょうか。あとフィーナさん。晩御飯はどうされますか?」

「ビーフシチューでおねがいします!」

 よっぽど好きなんだなと思いつつ、翔太は残ったハンバーグのパテの空気を抜き焼き始める。

 他の食材はどうしようもないだろうが、せめてハンバーグとビーフシチューは使い切りたいなと思う翔太であった。



 結局、その後お客は来ずに閉店の時間となった。


 とはいえ、最初からお客に恵まれたのは非常に喜ばしい話であった。一方で気になることもあった。

 フィーナさんが境界の扉を置いたところは、【グラドリエル】と呼ばれる人間の大国の近くの山と聞いていたからだ。

 故に翔太も異世界と言っても普通の人もしくはエルフ位だと思っていたわけで、まさかの鬼――フィーナさん曰くオーガと呼ばれる存在らしい――がやってくるなんて思ってもいなかった。

 まぁ、それがなくても驚いてまともに仕事できるとは思えなかったが。


 フィーナさんは「たまたまですよ」といって翔太を慰めていたが、どうも腑に落ちないところがあった。

 だが、今回はうまくいったし、フィーナさんがいればきっとどんなお客さんが来てもきっとうまくいくと思う。むしろどんなお客さんが来ても対応できるようにいろいろな料理、そして接客への勇気を持たないといけないなと改めて兜の緒を締める翔太だった。



次回更新はおそらく金曜か土曜になると思います。


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