【特別編】頑張る人とお弁当
随分お久しぶりになります。
今回のお話は特別編という形になります。
時系列が少しおかしいことになっておりますが、ご了承を。
「よしっと……」
この頃になると朝日が昇るのもずいぶん早くなったものだと翔太は厨房の時計を確認する。
普段であれば外で軽く走ってきたりするのだけれど、最近は自粛している。
その分、スマホで流すラジオ体操の動画にあわせて運動することにしていた。
何気にラジオ体操には第3があるとか、「みんなの体操」なる新バージョンがあることを知れたのはなかなかに面白かった。
早朝の運動が終われば、早速今日の分の料理の仕込みを行うことになる。
夜に念入りに掃除を済ませ綺麗な厨房ではあるが、更に念入りに消毒用アルコールを撒いていく。
もちろん、普段でも翔太は髪の毛や虫などの異物混入に対しては細心の注意を払っている。
でも、これから作るものはさらに念入りに気をつけていかないといけないのだ。
(知らないことを知ることはやっぱり楽しいよな)
やってこそわかるものがあるのだと、翔太は再確認していた。
普段の夢味亭であれば、色んな料理に対応するために色んな料理の仕込みをしていく。
ほぼ出来上がっている段階まで終わらせておいて後はちょっと熱を入れ直すだけだったりするものも結構あるのだ。
でも、今から作るものは完成品の詰め合わせ。
――そうお弁当である。
夢味亭においても、最近の騒動の影響からは逃れられなかった。
アルバイトである琉華が通っている専門学校の休業から始まり、ホテルで働いていたころの後輩がやってるイタリア料理店が休業。
物流面にも少しずつ遅れが出てきた。
そんな中で翔太が行ったのはまず夜の営業を中止することにした。
これはこれで痛手であったが、夢味亭はまだランチにシフトしているお店であったのだからまだなんとかやっていけた。
しかし一週間もしないうちに状況はさらに変化する。
店の周りの企業に勤めていてうちにランチに来ていた人ががテレワークなどで来なくなったりすることで客が減る一方、普段行ってる店が閉まっているなどの関係で混みだす時間が出てきてしまった。
こうなってくると、まさに「密閉」「密集」「密接」の条件を満たしてしまう。
昼間には抗議の電話がかかってくるなどということもあったため、ついにランチも取りやめることにした。
完全に休業としてしまうことは容易いのだが、店を営む立場としては全く売上がない状態というのも非常にまずい。
そんな中で琉華と相談した結果、お昼にのみ営業すること及びテイクアウトオンリーとすることにしたのだった。
テイクアウトのみとする方向性を決めた後は細かいところを決めていく。
最初は何種類かのメニューをテイクアウト仕様にしようと考えたのだが、この辺りはオフィスや学校がメインなのでそれならばお弁当とするほうが喜ばれるのではないか。
次に、何種類もお弁当を用意するのは本職ではない以上問題があるのではないかといろいろ吟味していく。
最終的にはお弁当は一種類のみ。メニューは日替わりということになった。
次に価格である。
最初は比較的安めでわかりやすい五百円にしようと翔太は思っていたのだけれど、琉華の案は違っていた。
ワンコインであればチェーン店やコンビニ、スーパー等で売っているものとそれほど違いを出すことが難しいと思う。
洋食をメインとしつつもいろいろな料理を扱ううちの店らしいお弁当を目指すほうがいいのではないか?
とのことだった。
確かに値段を安くしてしまうと品目数を減らしたり、扱う食品の質を考えることになってしまう。
ということでわかりやすい値段且つうちらしさが出せそうな千円ちょうどという形にした。
今日作るメニューはすでに決めてある。いつも夜や早朝に配送してくれる業者さんには感謝するしかない。
お弁当というものを作るにあたって、普段作っている料理とかまた異なるものだというのを翔太は実感した。
例えばいつも人気のデミグラスソースたっぷりのハンバーグのような汁が多いものなんかは避けたほうがいい。その場で食べてもらえる店で出すものと比べると味付けなんかも変える必要がある。
とは言え夢味亭らしさは出さないといけない。
ここで役立ったのはまたしても父のノートだった。
そこにはお弁当・テイクアウト用メニューの作り方が記載されていたのだ。
さらに消毒方法などのお弁当ならではの注意点なども記載されていた。
即時食べてもらえる店で出すものとある程度の保存性を求められるお弁当とでは注意点も異なる。
毛髪などの混入など論外ではあるが、お弁当の場合数時間後に悪臭をし始めるなどということもあってはいけないのだ。
どこで父がこれを実践していたのかは翔太は知らない。
父に感謝しながらそれを再現し、自分なりにアレンジを加えていく。
今日のメニューは、豚肉とにんにくの芽の炒めもの、チーズハンバーグ、ミニオムレツ。
にんにくの芽はちょうどシーズンに差し掛かってきたところだ。にんにく本体を使うよりは匂いもましだし、暑さを感じ始めるこの時期にはスタミナを重視するメニューがいい。
ハンバーグもソースをあまり使わないで済むチーズハンバーグ。
オムレツは色合いを重視したチョイスだ。
更にパスタでアスパラガスとベーコンを加えてバター醤油で炒めたものを追加する。
ナポリタンも良かったのだけれど、昨日使ったメニューだったので、今回はやめておくことにした。
野菜分が足りないので、サラダを別皿で用意しドレッシングもつける。
そしてもう一品。ビーフシチューの準備をしていく。
夢味亭にとって、翔太にとってもビーフシチューは特別な一品だ。
店を象徴するのであればこれを入れないわけには行かなかった。
とは言え、お弁当用の器に入れるには流石に無理があるので、専用のコップを用意し、そこにある程度の分量を入れるという形を取ることにした。
もちろん漏れないように蓋のチョイスなどは慎重に行った。
ライスを含めれば合計4皿に及ぶ夢味亭のお弁当。気軽に外で食べるには難しくして、あえて室内で食べてもらうことを前提にしたお弁当だ。
これを必要分作ることが今翔太がやれる仕事だった。
一人前のお弁当を作ったところで、翔太はスマホのカメラで写真を撮り、琉華に送る。
琉華はいまお店に来ないように指示をしている。所謂自宅待機ってやつだ。
とは言え彼女に仕事がないわけではない。
しばらくすると彼女から『今日のも美味しそうですね。画像もOKです』と返事のメッセージが返って来ていた。
今の彼女の仕事は、夢味亭のSNSアカウントの更新と出前サイトの対応である。
お弁当を売る方法についても最初は手売りを考えていたのだが、それでは結局並んでしまうので意味がないと琉華より指摘を受け、出前サイトに登録し、そこからお客のもとへ運んで貰う形を取ることにした。
仕込みが済み、後は注文が来るのを待つだけになる段階になって翔太は店の中を改めて確認する。
いつもならば、明かりがついて店内用の水を用意する頃だ。
いつもとは違う店内がそこには存在する。
寂しさを感じる景色だった。
「それじゃあお願いします」
「はい、おまかせください」
お弁当3つ分を出前サイトの担当の人に渡し一息をつく。
今でもこの辺りで働いている人が結構いる証拠なのか、注文は順調に来ている。
残りの数も少なく、もうすぐ売り切れという形になるだろう。
なれていないスタイルを急遽やりだしたにしては十分すぎる結果だと思う。
そんな中、ドアを軽く叩く音が聞こえる。
出前サイトの人が戻ってきたのかと思い、ドアを開けると、マスクをした見知らぬ青年がそこには立っていた。
「すいません、中から人出てくるのを見たんで……やってるんですか?」
茶髪に紺の作業服。服が派手であれば陽キャなんて言葉が似合いそうな活発さを感じる青年だった。
「申し訳ありません。今店内での飲食はやってないんです」
「そうですか……」
彼の落胆っぷりがあまりにも悲壮感を出していて、翔太としても申し訳無さを感じてしまう。
「どうされたんです?」
「いや、仕事の合間に昼飯を済ませようと思ったんですけれど、どこもやってなくて、コンビニも売り切ればかりでして……」
確かにこのあたりの店は休業しているケースが多い。いくら人が少ないとはいえコンビニもお昼時ともなれば主要なものは売り切れてしまうのだろう。
「本来は出前サイトの利用からのみなんですけれど、お弁当はいかがですか?」
「まじっすか!? ああ、すみません。1つお願いしていいですか?」
最初の言葉が彼の元々の口調なのかも知れない。仕事の関係なのか丁寧な口調を心がけているのだろう。
そんな彼をそのまま帰すなんて選択肢は流石にありえない。
「すぐに食べますか? でしたら温めますが?」
「あー、お願いします。えっといくらですか?」
「千円ちょうどになります」
「あー、ペイ使えます?」
「大丈夫ですよ、どうぞこちらへ。……はい、ありがとうございます。温めてきますね。少々お待ちを」
最近になって導入した電子決済対応のレジで支払いを済ませてから、温めに行く。
そう言えばこうやってお客と直接話しをするのは久々だなと思いながら。
お弁当が売り切れた後、琉華から来たのは翔太への怒りのメッセージだった。
「感染を防ぐために今の体制にしてるのに翔太さんが直接携わったら意味ないじゃないですか!」
というを見て翔太としても反省する。向こうはマスクをしていたけれど、こちらはしていなかったのも反省点だった。
琉華への謝罪のメッセージを書きながら、書類の作成をこなしていく。
今書いているのは売上減少による家賃補償に関する申請書類だ。
この辺の補助金などの書き方や必要なものは、真田さんが送ってくれたメールを参考にしていた。
彼いわく、店が潰れられたら俺のような奴が行ける店がなくなる。とのことだった。
どうして真田さんがこのようなことに詳しいのかを訪ねたところ、この手の補助金や補償申請というのは不正受給などで申請が複雑化しているのだけれど、複雑だからこそその手の輩が必死になるらしいとかあまり聞くべきじゃないお話を軽くだけしてくれた。
色んな人がこの夢味亭を支えてくれている。
琉華ちゃん、真田さんもそうだけれど、それだけではない。
毎日のように食材やお弁当用の器等を持ってきてくれる運送業者さん、これらを作ってくれている製造メーカーさん。
出前サイトの人たち、注文してくれる人たち。
補助金申請に慣れていない翔太に親切に教えてくれた役所の人たち。
最近の電話では「なぜ休業しないのか?」といった電話も来るが、「いつから店内で飲食できますか?」なんてのも来るようになっていた。
答えられないのが申し訳なかった。今はテイクアウトのお弁当という対応ができているが、これも綱渡りの状態であり、ちょっとしたきっかけで完全に休業をしないといけないことになるだろう。
多くの人が頑張っている。
すべての人が頑張っているなんて綺麗事を言うつもりはない。大多数の人はこの未知の騒動の中、慣れないことに不便さを感じながらも頑張っている。
でもいつまでも耐えるのは厳しいのは明らかだった。
友人や周りの人の中にはもう限界だと店をたたむ人が出てきている。先行きが見えない不安感は自分だけではなく周りの人たちも感じている。
どうか、このみんなのこの頑張りを無駄にしないでほしい。
そんなささやかな思いを翔太は願い続けていた。
そんなことを思っていたら、新規のメッセージとメールが1件ずつ届いていた。
一つのメッセージは琉華ちゃんからのものだった。
『お昼の彼とっても喜んでましたよ』
とSNSを撮ったと思われる画像つきのものだった。
『嫁と子供のために仕事がんばります!!』
とプロフィールとともにアイコンの写真に写っていたのはお昼にお弁当を売った彼だった。
そこには『夢味亭ってお店で、お昼のお弁当売ってもらいました。めっちゃうまかったです!!』と完食した後の画像を上げているものが続いていた。
嬉しい言葉だった。その一方で今度はぜひともお店で食べてほしいなって気持ちが出てくる。
やはりお弁当とお店の味とはちょっと違うのだ。
今は無理だけれど、そんな日が来てほしいと。
もう一件はフィーナさんからのものだった。
異世界の神であるフィーナさんとは最近向こうでの仕事が忙しいらしくメールでのやり取りしかできなかったが、彼女からもらったメールにはこう書かれていた。
『そちらでの出来事は聞いています。とても大変だということも。でも大丈夫ですよ。きっと乗り越えられます。だってこの世界は私達が憧れて目標とする世界なのですから』




